ふ、と双魔が顔を上げる。

その数分後。

as a dog

「…………ちっ、起きてるのか」

「ぁああっ、神無っ!!三日も行方知れずだった神無じゃないかぁあああ!!いったい今までどこにっ!!」

「うぜぇっ!!」

「ぎゃぶっ!!」

リビングに顔を出した神無に、涙をちょちょぎれさせる父親が飛びつき、いつも通りに殴り飛ばされた。

学習しないおとーさんだなと、ソファに座って雑誌を読んでいた双魔は他人事のごとく考え、扉口に立つ神無を見る。

三日ほど行方知れずの音信不通だった神無だが、服がよれているとか、汚れきっているということもない。またどこか適当な人のところに、転がり込んでいたのだろう。

なんで帰って来るのかなと、考える。

外に世話をしてくれるひとがいるのに、どうして家に帰って来るのだろう――

「人のことに口出すんじゃねえよ!!」

「神無ぁああ~」

「うぜえ!!」

叫んで、神無は父親を蹴り飛ばす。

一見無体だが、あれでいて手加減している。当てても痛くない場所を、適度に狙っているのだ。伊達の喧嘩馴れではない。無意味な学習ともいうが。

持っていた雑誌の陰から父と兄の乱暴な対話を眺めていた双魔は、ふと神無と目が合って、大きな瞳を瞬かせた。

「ったく、気分悪ぃオレは寝るからな!!」

「ぁああ、神無~っ」

泣き縋る父親を置いて、神無は足音も荒く自分の部屋へと向かう。

双魔はソファから立ち上がると、ぐすぐすと洟を啜る父親の傍らに行って膝をつき、にっこり笑った。

「おとーさん。神無、無事でよかったね」

「そ、そーま……」

「元気そうだし、ケガもしてないみたいだし」

にこにこ笑って言う下の息子は、父親にとっては天使そのものだ。

洟を啜りながらも、にっこりと笑い返した。

「うん、よかったよ。安心した」

「ね」

兄とは違って父親と穏やかに笑い合い、双魔は立ち上がった。

「じゃあ、ぼくも寝るね」

「ああ、うん。双魔、おやすみ」

「おやすみなさい、おとーさん」

天使の息子はにっこり笑顔で父親に手を振って、リビングの壁に激突した。

「い、ぃたい………」

「双魔、歩くときは前を見ようね………」

涙目で鼻を押さえる双魔に言い聞かせつつも、父親にはわかっていた。

前を見ていても、無駄だ。双魔は必ず転び、必ず壁に激突する。

そういうところも含めて、彼は天使なのだから。

***

こんこんと、扉をノック。

けれど、返事は待たずに。

「…………んだよ」

「………」

扉を開けば、ベッドに足を伸ばして座り、バイク雑誌を広げていた神無がぎろりと睨んで来る。

双魔は曖昧に笑い、部屋の中に入った。中学時代からほとんど帰ってこない神無の部屋は、きれいというより、生活感が薄い。

ぱたりと扉を閉めると、双魔はベッドへと歩み寄る。神無は鋭く睨み据えてきて、歓迎されている空気はない。

けれど、出て行けとも言われない。

「ん」

「……」

双魔はベッドに乗ると、神無の傍らに横になった。座る神無の腰元に、両手でぎゅっと縋りつく。

「………ばぁか」

「ん……っ」

神無は低く罵ると、ベッド端で落ちないように闘う双魔の体を引き寄せ、半ば自分の上に乗るようにした。膝の間に華奢な体を落としこみ、頭を腹の上に導く。

「………」

「おい」

ふわんと笑って、双魔は顔をねこのように擦りつけた。

殴りだこが出来て硬い神無の手が、その双魔の頭を掴む。

「変なとこに頭を擦りつけんじゃねえ。ぶち込むぞ」

言う通り、双魔の顔の下にある神無のものが、わずかに硬くなっている。

――そんなやわな経験値ではないくせに、たかが弟からの頬ずりで。

双魔は笑って、けれどそれ以上擦りつくことは止めた。ただ神無の腰に手を回し、ぎゅっとしがみつく。

「やさしくして」

「ふざけんな」

つぶやく双魔に、神無はぶっきらぼうに吐き捨てる。それでいながら、頭を掴んでいた手がひどくやわらかな動きで、双魔の髪を梳いた。

撫でられるねこの気持ちを味わって、双魔は笑って目を閉じる。

「………っとに、ふざけんな、このバカ」

ややして、神無は小さくぼやいた。

なんのために部屋に『呼んだ』と思っているのだろう。

神無に縋りついて、双魔はすっかり熟睡している――その顔の下には双魔を泣かせる凶器が形を整えているというのに、その感触を感じていながら。

どうしてこの状態で、熟睡されてしまうのか。

意識されていないこと、甚だしい――それこそ肩を落として項垂れても、まだ足りないほどに。

体が疼いて双魔を求めるから、家に帰ったのだ。

どう暴れても誰を抱いても、一度双魔を求め出すと体の疼きは決して治まらないから――

帰って来るというのに。

「…………オレは『ねんね』か」

自分に縋りついて、熟睡する。

その双魔に、寝ていようが構わず『ぶち込む』ことより、安らかな表情を見ていて、十分に満たされてしまうとか。

募って息も出来ないほどだった疼きが、簡単に治まっていくこととか――

「…………まったく」

誰にかわからぬ呆れの言葉をこぼし、神無は腰に絡みつく双魔の腕を解いた。

傍らに体を滑り込ませると、改めて抱き直す。そうすると寝ているはずなのに、双魔はますます縋りついてきた。

「………明日の朝、覚えてろ……」

自分が思っているより遥かに甘くやさしくささやき、神無は双魔の頭に顔を埋め、目を閉じた。