TRiCK & CAKE

「お菓子をやるからイタズラさせろ!」

布巾を掛けた菓子皿を持ってオラクルの家に来たかと思えば、従兄弟が叫んだのがそんなことだ。

瞳をぱちくりさせたオラクルは、きらきらと顔を輝かせているオラトリオを、ちょっと呆れたように見た。

「なんだか、開き直った犯罪者って感じだな」

「失礼だな!」

失礼だろうか。

絵筆を置いて、オラクルは菓子皿の置かれた食卓へと行った。

「つまり、お菓子を持って来たんだよな?」

それと引き換えに、イタズラさせろ、というのなら。

オラトリオの言う『イタズラ』が、『一歩間違えば犯罪』ではないという可能性はほとんどない。それはつまり、オラクルと恋人同士であるという前提のもとに、犯罪が回避されているだけの。

「さあさあ、見なさい。オラトリオおにーさん渾身のハロウィンスイーツ」

偉そうに言いながら、オラトリオは皿の上に掛けていた布巾を取る。

「わあ」

不穏な発言はこの際脇に除けて、オラクルは素直に歓声を上げた。

菓子皿の中には、プチサイズのシュークリームが五つ、ちんまりと入っていた。

「かわいいおいしそう!」

これが貰えるならイタズラされてもいいかな、と考えるオラクルは、そう、結局のところ、オラトリオのことを至極最上に愛している。

表情を輝かせたオラクルに、オラトリオがにんまり笑ってシュークリームの上を撫でた。

「この五つのシュークリームの中に、ひとつだけ、『当たり』がある」

「…あたり?」

きょとんとして顔を上げたオラクルを、オラトリオはイタズラ小僧そのものの楽しそうな顔で見返した。

「中に、カスタード以外の物が入ってる」

「…うわあ」

それはあれか。テレビなどでよく見る、一個だけ大量のワサビが、とか、カラシ入り、とかいう。

「…イタズラって、それか……」

若干引き気味につぶやいたオラクルに、オラトリオは怪しい笑いを浮かべた。気持ち悪く身をくねらせる。

「いやだねえ、オラクル。いったい『なに』を考えたのかなあ?」

「なにって…」

まあ、真昼間から言葉にはしづらいようなあれやこれやだ。

さすがに言い淀み、しばらく目を白黒させてから、オラクルは開き直った。

「おまえの普段の行いが悪い」

言いながら、鍛えられた腹筋に軽く拳を入れる。

オラトリオは笑って、そのオラクルの拳を掴むと、優雅に口元に運んでキスした。

「どうするイタズラされてくれるか?」

「んー」

わずかに考える。

プチシューは食べたい。かわいいし、オラトリオがこうして自分のところに持ってくるからには、きちんとおいしいもののはずだからだ。

だが、ひとつだけあるという、『当たり』。

「…中身、なにカラシワサビ?」

「食べてのお楽しみ~♪」

オラトリオはどこまでも楽しそうだが、わけのわからないものを口に入れるのは相当な勇気がいる。

それが『イタズラ』であるというなら悲劇的な結末は予想されてしかるべきで、さすがにそれくらいの予想はオラクルでもする。

考えこみながら、プチシューとオラトリオを見比べる。

「♪」

楽しそうな、オラトリオ。

イタズラを仕掛ける側なのだから、当然だが。

そこに見える、わずかな緊張。

「…ま、いっか」

オラトリオの弟たちが聞いたら、「いのちをだいじにぃいい!」とでも叫びそうな結論をつぶやいて、オラクルはあっさり笑った。

普段、世話になるだけなっているのだ。

オラトリオがなにか企んでいるときには、多少のリスクがあっても付き合ってやるのが、せめてもの恩返しというもの。

それに、そう。

オラトリオが、自分にそうそうひどいことをするわけがない。

その程度の信頼感は、ふつうにあるから。

「四個は当たりなんだよな」

「ちっがーう、オラクル。一個が『当たり』なんだよ」

オラクルの拳を握って振りながら、オラトリオはどうでもいい訂正を厳粛に行う。

オラクルは適当に頷くと、拳を取り戻した。

食卓の椅子に腰かけると、菓子皿へと手を伸ばす。

「とにかく、四個はふつうのシュークリームなんだろじゃ、なんとかなる」

言うや、躊躇いもなくひとつを取り、ぽい、と口の中に放りこむ。

「…いくらなんでも、おまえって無駄に男前だよな……」

あまりに迷いのない仕種に、オラトリオが呆れてつぶやく。

イタズラを仕掛けた側としては、もっとこう、いやーんどうしよーうこわぁーいぃ、な反応を愉しみたいというか。

オラトリオのつぶやきはきれいに聞き流して、オラクルはもごもごとシュークリームを咀嚼する。

出来立てのシュークリームは、皮がサクサクしていて、香ばしい。

噛むと、中からとろりとしたクリームが口の中いっぱいに広がって。

「…かぼちゃ?」

「当たり♪」

「へえ…」

中身は、カボチャ風味のカスタードらしい。ほっくりした香りと、独特のざらつきがある。

「ハロウィンだからな。オラトリオおにーさん特製カボチャカスタードだぜ」

「おまえってほんと器用だな」

感心しながら、オラクルはまた皿に手を伸ばす。ひとつを取ると、ぽい、と口の中へ。

「ん、おいし」

「…」

こうと決めたら迷わないのがオラクルだとはいえ、『イタズラ』されている最中とはとても思えない。

オラトリオは微妙な表情で、躊躇うこともなくシュークリームを口に放りこんでいくオラクルを見つめる。

「…私って、強運かな」

「さあ次で決まるだろ」

残りふたつとなって、さすがにオラクルは手を止めた。

イタズラに引っかかるのはいやだ。辛いものも不味いものも食べたくない。

だが同時に、引っかかってやりたくもある。

イタズラなどというものは、引っかかってもらってなんぼだ。それがどんなに悲劇的な結末であろうとも、やーい引っかかったという瞬間を愉しみに、仕掛けるものなのだから。

痛い思いも辛い思いもいやだけれど、オラトリオががっかりするのもいやだ。

「…辛いもの苦いもの?」

眉間に皺を寄せて訊いたオラクルに、オラトリオは明後日のほうを向いた。

「な・い・しょ」

「…」

それくらい教えてくれたっていいと思う。あまりに衝撃的な味過ぎて、吹き出したらどうするのだ。

ちょっとでも覚悟ができていれば、そう無様な姿を晒さずに済むというのに。

考えてかんがえて、その結果、オラクルはどうでもよくなった。

オラクルはごく直感的に生きている。なにかをするときに、あれやこれやと迷ったり慎重に考えて石橋を叩くことはない。

壊れかけのつり橋でも、渡ると決めたら足を踏み出すことを躊躇いはしないのだ。

オラクルはもう、ゲームを始めた。

ひとつ、口に運んだときから、いずれこうなることは見えていたのだから、今さら降りるという話もない。

降りる選択肢がないなら、ここで結果を思い悩んでいても仕方ないのだ。

要は、神様を味方に付けられたのがどちらかというだけのこと。

「ん」

オラクルは手を伸ばすと、残りふたつのうちのひとつをつまみ、口に放り込んだ。

もたもたすることもなく、勢いよく歯を立てる。

「いっ?!」

がりっと盛大な音がして、オラクルは脳まで震えるような激痛に硬直した。

なにか硬いものを噛んだ。

それも、思いっきり!

「よし!!」

オラトリオが快哉を叫ぶ。

痺れた脳は、舌に広がるのが、先と変わらぬ甘みであると小さく告げた。

だが、それにしても。

「ぁに…?!」

痛みに涙を滲ませながら、オラクルは口の中を探り、異物をくちびるに渡した。

「…メダル?」

「貸してみ」

纏わりつくクリームを舐め取って舌に乗せた小さなメダルを、オラトリオがつまんでいく。シンクでさっと洗うと、痛そうに顔を歪めてシュークリームを咀嚼するオラクルに渡した。

「ほい。幸運のメダル」

「…幸運のメダルって……」

「言ったろ。『当たり』だって。よくあるじゃねえか、食べもんなかに一個だけ入れといて、貰ったやつに一年の幸運が約束されるってやつ」

それはクリスマスプディングでやるものではなかっただろうか。しかも口の中に入れる前に発見可能。

オラクルは痛みに顔を歪めたまま、手のひらの上の小さなメダルを見る。

直径二センチにも満たないような、小さなメダルだ。金の縁取りで、中央にはスミレの花の絵が埋めこまれている。全体的にかわいらしいつくりだ。

だが、思いきり噛んだのだ。見事な歯型が刻まれてしまっている。

「よかったな。これを持ってれば、悪いもんは寄って来ねえぜ」

「…はあ……」

悪いもんが寄って来ないかもしれないが、歯医者行きになるところだ。

オラトリオは鼻唄をうたいながら、オラクルの描きかけのカンバスのほうへ行ってしまう。

ちょっと恨みがましく思いながらメダルを矯めつ眇めつしていたオラクルは、あることに気がついた。

ただのメダルではない。

開く。

「…」

指先でつまむと、爪を入れて、閉じられたメダルを開いた。

中は、丸くくり抜かれて写真が入れられるスペースがある。そのスペースに、紙切れ一枚。

"ORATORIO LOVEs ORACLE"

「…」

オラトリオなら、米粒に写経するくらいやってのけそうだ。

オラクルは妙な感心をしながら、極小スペースに書かれた、針で引っ掻いたような細かい文字を眺めていた。

――オラトリオは、オラクルを愛す

「…おまえ、もしかして、あほじゃないか」

「言ってろ」

笑ってメダルを振ったオラクルに、絵を見ているかと思いきや、緊張してこちらの様子を窺っていたオラトリオも笑う。

オラクルは残りひとつのシュークリームを口に放り込むと、立ち上がった。

雑多な画材道具が置いてある仕事机へと行くと、適当な紙とハサミを取り出す。

指でメダルを撫でて大きさを確かめると、迷いもなく紙にハサミを入れた。それから、筆入れを漁って、極細のペンを取り出す。

「んー」

眉間に皺を寄せると、オラクルは息を詰めた。

「…よし」

なんとかかんとか満足いく形にすると、紙をつまんでメダルのもう片方の空きに埋めこむ。

いつの間にか傍に寄ってきて様子を見ていたオラトリオが、笑いながらオラクルの髪を引っ張った。

「おまえもあほじゃねえか」

「そ」

メダルには、あほのような文言がふたつ。

"ORATORIO LOVEs ORACLE"

"ORACLE LOVEs ORATORIO"

――オラトリオは、オラクルを愛す

――オラクルは、オラトリオを愛す

仲良く並んだその文言は、なにより最強の。

矯めつ眇めつしてそれを眺めてから、オラクルは髪を弄ぶオラトリオを笑顔で振り仰いだ。

「オラトリオ。私は今とっても、おまえに『イタズラ』されたい気分だ」

「…」

きょとん、と暁色の瞳を見張ったオラトリオが、ややして笑って腰を屈めた。

つまんだ髪にうやうやしく口づけると、オラクルの首を撫でる。

「俺にとっては、おまえがなにより甘いお菓子だ」

囁きに、オラクルは笑ってオラトリオの首へと手を回した。