「………寒いと思ったら」

窓の外を眺めて、オラクルはぽつりとつぶやいた。

シナモン・グレーズ

街が白で埋め尽くされている。

そうそう雪に縁のある地域でもなし、ひどく珍しい光景だ。

絵に描いておこうか、と首を傾げながら窓の外を眺めて、なんだか気が乗りきらない自分に気がついた。

雪が嫌いか、と言われれば、そんなことはないと答える。

雪が降ったとはしゃいで外に飛び出すことはなかったけれど、新雪の中に埋もれて空を眺めるのは、好きだった――だいたいの場合、従兄弟に怒られて終わるのだけど。

――そんな薄着で、雪に埋もれてるヤツがあるか!!

ぶくぶくに着ぶくれて、それでいながら鼻の頭を真っ赤にして、いつも従兄弟は怒った。

そう。

オラクルは大抵、いつものズボンとシャツ姿で雪見に出て、そのまま雪に埋もれていた。

いや、たまにだったらコートを着ていることもあった――しかしどちらにしろ、長時間、外で過ごす恰好ではない。

けれど、オラクルがそれで風邪を引いたということは一度もない。

怒ってオラクルを連れ戻す従兄弟のほうが、なんだかんだといって熱を出して寝込んで――

「…………雪だるま」

ぽつんとつぶやいてから、首を傾げた。

「………ちがう…」

足らない景色は、雪だるまではないようだ。

雪景色を描きたいと、ひどくぼんやりと思うのに、なにかが足らなくて、ペンを取れない。

それでいながら、なにかを足せば描けるのだから、描きたいと思ってしまって、窓辺から動けもしない。

「雪………雪だるま、かまくら、……………雪うさぎ」

並べ立てていって、オラクルはふいと窓辺から離れた。

キッチンを漁って、お盆を取り出す。

小さな丸盆を持って窓辺に戻ると、ベランダへと出た。

柵の上の雪を掻き集め、盆の上に乗せてぺたぺたと固める。きれいな半球体が出来上がったところで、眉をひそめた。

「南天………と、柊………だったっけ?」

ご近所に、南天の木などない。あったとしても、すでに実が落ちている。それ以前に、わざわざ取りに行く気もない。

「代わり………代わりになるもの………丸くて、小さい……」

つぶやきながらオラクルは家の中に戻り、キッチンを見渡す。

しばらく。

スパイス棚から、月桂樹。

冷凍庫から、冷凍ブルーベリー。

二つずつ取り出すと、再びベランダに戻った。

盆の上の半球体に、ぽこぽこと嵌めていく。

「……………ん」

出来上がったものを見て、オラクルのくちびるは笑みを刻んだ。

月桂樹の耳。

ブルーベリーの目。

少しばかり基本とは違えども、きちんと愛らしい雪うさぎの完成だ。

「………」

笑みを刻んだものの、オラクルは首を傾げた。

出来には満足なのだが、どうも――描きたいという意欲には繋がらない。

作ったことが無意味とは言わない。造形もまた、芸術のひとつだからだ。

「………描くより、造りたかった。………の、かな」

納得しかねつつもつぶやいて、オラクルは家の中に戻った。

思いついたことがある。

たっぷり生クリームを乗せた、ホットココア。

焼きマシュマロを乗せたビスケットをおつまみにして、雪見。

ほかほかに暖めた家の中で、ほかほかのおやつと共に雪見をしたら、なにかアイディアが浮かぶかもしれない――単に、おやつが食べたいだけ、という話もある。

「ココア……っと?」

キッチンに立ってココアパウダーを探そうとしたところで、オラクルは玄関へと顔を向けた。

ややして、インターフォンの音。応えも待たず、がちゃりと勝手に鍵が開く。

「よーっす。雪の日に、オラトリオおにーさん特製おやつの速配便ですよー」

「オラトリオ」

コートにマフラー、帽子に手袋と、そうでなくても大きな体をさらに巨大化させるほどに着込んだ従兄弟が、それでも鼻の頭を真っ赤にして入って来た。

その手には、体との比較でひどく小さく見えるバスケット。

「雪の日にはなんだか食べたくなるねスイートポテトと、こたつでぬっくぬくアイストッピング焼き林檎」

「わあ!」

茶目っ気たっぷりに中身を紹介したオラトリオに、オラクルは素直に歓声を上げる。

バスケットを受け取りながら、伸び上がって、キス――そのくちびるが、歩いて五分の距離の外出とも思えないほどに冷えて、乾いていることに、わずかに眉をひそめた。

「……もしかして、雪遊び、した?」

上目遣いに訊いたオラクルに、オラトリオは肩を竦めた。

「ちびと信彦がな。やっぱ、子供は雪遊び好きだわ………たぁ言っても、誰もいないと危ねえだろ。付き合った」

「やっぱり」

そう思って聞けば、オラトリオの声はわずかに掠れている。

風邪を引きやすいのは、こうして着ぶくれる従兄弟のほうだ。

生クリームたっぷりのココアは、取り止め。

替わって、しょうがをたっぷりすり入れた、葛湯。

甘いもの嫌いの従兄弟だから、はちみつは少なめに――けれど、体にいいものだから、ちょっとはやっぱり。

キッチンでオラクルが飲み物を用意している間に、オラトリオは着ぶくれたコートやマフラーを取り外し、壁の定位置に掛ける。

その途中、何気なく、窓から外を見た。

「――」

たっぷりすり下ろしたしょうがを入れた、葛湯。

それに、甘くてほくほくのスイートポテト。

あたため直した焼き林檎には、仕上げでアイスをトッピング。

「取り合わせが変だ!」

二人して笑って、ぴったりくっついて体温を分け合って、たっぷりしょうがのおかげもあって、体も心もほかほかにあたたまって。

「んじゃな」

「ん」

弟たちの夕飯を作るために帰る間際、お別れのキスを落としたオラトリオのくちびるがわずかに艶を取り戻しているのを確認して、オラクルは満足して微笑んだ。

寒いから早く入れ、と顔をしかめられながらも、名残惜しく背中を見送って――

戻る家の中のほうが、気分的には、寒かったり。

そのひとがいた余韻があって、掻き立てられる愛おしさと、その分、身に沁みる不在の現実と。

「ん」

こういうときは、絵を描いて気分転換。

気が乗ろうが乗るまいが、雪景色を描こう。

決心して、オラクルはスケッチブックを取ると窓辺に――

「………」

きょとんと、瞳を見張った。

ベランダに、放り出していた丸盆。

その上に、雪うさぎ――が、二羽。

一羽は、月桂樹の耳に、ブルーベリーの瞳。

オラクル作。

その隣に、もうひとつ。

キューブキャンディの瞳に、たばこの――耳?

「………ぷっ」

吹き出して、オラクルはしゃがみこんだ。

間近から、並ぶ二羽のうさぎを眺める。

「…………うん。そうだ」

ただ、雪景色では、寂しい。

ただ、一羽きりの雪うさぎでは、寂しい。

白に鎖された世界。

そこにいつでも、二羽並んでいること――二人でいること。

「…………うん」

描きたかったものはこれだと、オラクルはペンを取った。