Parsley,Sage,Rosemary,& Thyme-13-

弱々しくつぶやいたオラトリオは、すぐさま顔を上げた。

「だったら、尚更だ。おまえの頭ん中はどうなってんだ。俺にあれだけいろいろされて、なんにも自分に都合よく考えないのかよ言っとくけどな、俺は相当なことをしていた自覚があるぞ」

「…」

鬼気迫る様相で迫られて、オラクルは首を傾げた。

「…いろいろ?」

いろいろ、って、なにをされてただろう。

相当なことをした、って、なにをされたんだろう。

咄嗟に思い当たらないオラクルに、オラトリオが愕然とした顔になった。

「あのな、オラクル…おまえ、俺のことが好きで、その好きな俺に触られて、なんにも感じないのか?」

「うれしいよ?」

うれしいから、いつも、触るに任せていた。

ほんとうは自分からも触り返したかったけれど、オラトリオはひどく注意深く触れるから、怯えさせないように、できるだけ息を殺して。

もっと触ってほしいとは思っても、いつでもオラトリオの瞳には享楽といっしょに恐怖が滲んでいたから。

肝試しみたいなものかもしれない、と思っていた。

甘やかす従兄弟が、どこまでを受け入れるか試す、チキンレースみたいなものなのだろうと。

腹も立つし、そんなでも嫌いになれないことに自己嫌悪を覚えもするけれど。

「…俺って」

絶句して、オラトリオはがっくりと肩を落とした。

ずるずる、倒れて行って、オラクルの膝に顔を埋める。からだが完全に床に伸びた。

ひどく熱いのは、アルコールが巡っている証拠だ。

オラクルは赤い耳を引っ張った。

「寝るならベッドに行け」

「…そういうやつだよ、おまえは…そうだよ、そういうやつだよ…わかってるだろ、俺…」

意味はわからないが、失礼なことを言われているような気がする。

酔っ払いを慰めたところでキリがないので、オラクルは膝の上の頭をぺしぺし叩いた。

「ほんとうなら、追い出したいとこだけどな。こんな酔っ払いを真夜中に放り出したらいろいろ怖いから、泊めてやる。だからせめて、布団に入れ」

これでも、風邪を引くことを心配してやっているのだ。

神経が細いとからだも弱くなるのか、昔から風邪を引きやすいのは、どちらかというとオラトリオのほうだった。

それでも、家事をこなすのは俺しかいない、とか言って無理やり起き出したりするから、いつも快復に時間がかかる。

二重三重に厄介なのだ。

「…俺ってさあ、ばかみたいじゃねえ?」

膝に懐いたまま、瞳を閉じてぼんやりと訊かれて、オラクルは首を傾げた。

「オラトリオはばかじゃないと思うけど…」

むしろ、とても頭がいいと思う。

とても頭がいいが、こう言ってよいなら。

「考え過ぎなんだよ」

「…ぐぅ」

唸って、オラトリオは黙りこんだ。

このまま放っておくと、酔っ払いは見境なく寝る。

だからといってこの大きなからだを運ぶのも億劫だし、布団を運んできてやるしかないのか。

面倒くささに、オラクルはため息をこぼす。

つ、とオラトリオの手が伸び、そんなオラクルの頬をつまんだ。

「そういうおまえだって、考え過ぎじゃねえか」

「ん?」

見下ろすと、暁色の瞳は晴れ晴れとオラクルを見返した。

「もっと素直に俺の行動を読めよ。俺のことを信じろよ」

「んー」

素直に読んだ結果が、今なのだが。

酔っ払いに言っても通じる気はしないが、酔っ払っていないととても言えない。

しばし悩んでから、オラクルは上気するオラトリオの頬を撫でた。

「だって、おまえいっつも、なんだか痛そうにしてるから。これ以上、傷つけたくない」

「…」

「傷つけたくないんだ。好きだから」

言い聞かせて、さて、と思いきる。

これだけ相手をしてやれば、この酔っ払いもそろそろ気が済むだろう。なんとかしてベッドに運ばなければ。

そんなオラクルの手を、オラトリオは掴んだ。

「痛いさ。そりゃ。好きなやつに触ってんだぞ。どこまで赦してくれるのか、いつも戦々恐々だ。これ以上触ったら嫌われるかも、嫌がられるかも、って、いっつもびくびくだ」

「…」

声がわずかに震えている。掴まれた手に、縋る力が篭もる。

「好きだから、好き過ぎて、…」

「うん」

微笑んだオラクルに、オラトリオは黙りこんだ。

ややして、がば、と起き上がる。

「やめた」

「…ん?」

打って変わってさっぱりした声になったオラトリオの変わり身の早さに、オラクルは面食らって瞳を瞬かせる。

そのオラクルを見やり、オラトリオはいつもどおり、強気なおにーさん顔で笑った。

「俺、今、酔っ払ってるんだったわ。なに言ってもしょーがねえわな」

「…」

ほんとに酔っ払ってるのか?

今日何度目かの疑問が浮かびながらも、本人が酔っ払っていると認めているものを、否定するだけの根拠もない。

オラクルは微妙に歪んだ表情で、オラトリオを見つめた。

オラトリオは悪びれもせず、にっこりとオラクルを見つめ返す。

「寝ようぜ。な」

「…そうだな。寝ろ」

「違う。おまえもだ。いっしょに寝るんだ」

言い切られる内容は、予測の範囲内だ。酔っ払いのオラトリオは、オラクルを抱えこんで寝るのを好む。

「ほら、寝るぞ寝るぞ」

「わかったから」

手を引っ張られ、ほとんど抱かれるようにしてベッドへと連れて行かれる。

雪崩れこむように布団に潜りこむと、オラトリオは当然のようにオラクルの腰に手を回し、きっちりと抱えこんだ。

体温が上がっていて、暑苦しい。

「寝ろよ」

耳朶に吹きこまれ、ちょっと背筋が粟立った。

逆らっても意味がないので、オラクルはオラトリオの頭をぽんぽん、と軽く叩き、大きなからだに手を回す。

鼓動が早い。呼吸が荒い。

間違いなくアルコール漬けだ。

しかししばらく待っても、寝息にならない。

戸惑うオラクルに、オラトリオが腰に回した手に力を込めた。

「寝ろって言ってるだろ」

「ええと…」

いつもなら布団に倒れこんだ時点で爆睡するくせに。

仕方なく、オラクルは不自由な半身を起こし、皓々と明かりの点いたキッチンを指差した。

「電気。消さないと」

「…ああ」

オラクルのことになら几帳面になるくせに、そのほかのことには大雑把な酔っ払いは、初めて気がついた顔でキッチンを見やった。

起き上がるオラクルを布団に沈め、のっそりと立ち上がって電気を消しに行く。

危なっかしい足取りにオラクルははらはらと見守り、しかしどうにかオラトリオは転ぶこともなく無事に電気を消して戻ってきた。

乱暴に布団を剥いで潜りこんできたからだは、すぐにオラクルを抱きこむ。

「これで眠れるよな」

「…まあ」

実際は、夕方まで寝ていたせいで、あまり眠くない。

そもそも夜型だから、酒も入っていない今は目が冴えているのだが。

そのうえ布団の中は蒸し暑く、からだにきっちり絡んだ腕は痛いくらいだ。

この劣悪な環境で眠れるとしたら、それは随分な剛の者だろう。

文句が山ほどあったが、暗闇でも炯々と光る瞳になにを言うこともできず、しばらく見合う。

ふいに、オラトリオが瞳を伏せた。顔が近づいてきて、反射的に閉じた瞼にくちびるが当たる。てろりと、熱い舌に舐められた。

「おまえの目さ。たまにすごく舐めたい。どんな味なんだろうな」

瞼にくちびるを押しつけたまま、吐息のように囁かれる。

瞬間、身を強張らせてから、オラクルは小さく笑った。

首を伸ばすと、オラトリオのくちびるに触れるだけのキスをする。

「おやすみ」

ぴく、と揺れたからだに腕を回す。ぴったりくっつくだけでは足らず、身をすり寄せた。

力強い鼓動がからだじゅうに響いて、オラトリオと一体になったような錯覚に陥る。満足の吐息がこぼれた。

「…おまえなあ…」

オラトリオが小さくため息をついて、オラクルのうなじを撫でた。

「もう少し、警戒してくれ…」

「どうして?」

「…」

一瞬、力の抜けた腕は、すぐさまさっき以上の力でからだを締めつけた。

苦しい。とても眠れない。

そう思ったが、二日続けて酔っ払いの相手をした精神は思いのほか疲弊していたらしい。

それほど苦痛の記憶もなく、夢の中へと潜りこんでいた。