「息をしろよ」

わずかに不機嫌に言われて、オラクルはくるりと瞳を回す。

電脳空間で息をすることに、どれほどの意味があるというのだろう。

というか、こんなタイミングで?

God Bless

「………」

首を傾げて見つめるオラクルは、来客用ソファに座ったオラトリオの膝の上だ。

久々の逢瀬に、腰を抱いて招かれて、静かに感覚に沁み渡るようなキスを交わして――

「……出来ないわけじゃねえんだからよ」

不可解を宿して揺らめく、オラクルの雑音色の瞳から気まずく目を逸らし、オラトリオはぼそりと吐き出す。

「まあ………」

確かに、出来ないわけではない――する意味がわからないから、頻繁に忘れるだけ。

思いつつも言い訳を口には出さず、オラクルは静かにプログラムを呼び出した。

「す…………ふ…………」

「………」

試しに吸って吐いて、オラクルは自分を抱いたままソファにふんぞり返って座る守護者を見る。

「…………」

「………………」

見た感じ微妙でわかりづらいが、伊達のリンクでもない。

機嫌が少しばかり、上向いたよう。

なんでこんなことでと思いつつも、オラクルはオラトリオへと顔を寄せた。

「ふ…………」

「くすぐってぇよ」

耳元に息を吹きかけると、機嫌のいい声で腐す。

代謝するでもない、生き死にに関係があるでもない――

言われる通りにはしても、不可解は不可解のまま。

「………」

「オラクル」

訝しい色を消せないまま瞬くオラクルに、オラトリオは笑って顔を寄せる。

触れる寸前、くちびるに吐息がかかった。

「…っ」

くすぐったい。

首を竦めたところで、くちびるが塞がれる。

潜りこむ舌――と、送り込まれる吐息。

「ん………ふ、ぁ………………?」

なんだろう、これは、とオラクルは考える。

相棒とのキスに溺れて融け崩れながらも、自分にまといつく、不可解な感情を追う。

揺らされるプログラム。いつものこと。

くすぐられて、開かれて、感覚を掻き混ぜられる。

くるしい、に似ている。

けれど止められないんだ、と言ったら、相棒は笑っていた。

オラクルを苦しめるものに、なによりも憤る守護者が――

「は………………ふ」

「ふ………」

くちびるが離れて、互いに吐息が漏れた。

仕事のときの重苦しさもなく、甘やかな幸福に満ちた吐息。

「………ふ……」

もう一度。

なにかが名残惜しくて、吐き出す――

「………あとついでに、体重も忘れてるったた!!」

「注文が多い!」

兆した感情を追う前に要らない茶々が入って、オラクルはオラトリオの頬をつまんで捻り上げた。

***

「じゃあな」

「ああ、気をつけて」

束の間の逢瀬を愉しんでも、すぐさま仕事で引き離される。

辛いのはお互い様だから、オラクルは微笑む。

――別れるときにヘンな顔されると、ずっとずっとこころが痛ぇんだ。

以前、そうこぼしていたことがあるから。

「………あー…」

「オラトリオ?」

オラクルの微笑みを見ていたオラトリオは、微妙な表情で自分の顔を撫でた。

出て行こうとしていた体を反すと、オラクルの顎を掴む。

「オラ…っ」

ふ、とくちびるに吐息がかかって。

塞がれる――送り込まれる、息吹。

伝わる、想い――

「じゃな」

さっと離れると、オラトリオはオラクルの返事を待つことなく、電脳空間から現実空間へと戻っていった。

「……………ん…」

ひとり。

永劫の広さを持つ鳥籠に立つオラクルは、感触の残るくちびるを、そっと撫でる。

ふ、と。

こぼれるため息。

切なく甘く染まるそれは、幸福の色をしていた。