体内にセットしておいたアラームが作動。

聞き逃すことも無視することも出来ないのは、なによりもオラトリオがアラームと同じ、プログラムの存在である証拠。

くるねこ

けれどプログラムだというのなら、目覚めにこうまでの不快さを感じるようにしないで欲しかった。

快も不快もなく、端然と目覚める。

そういうふうに、組んで欲しかった。

――もちろん、そういうふうに組んであるぞ?

なにかのときに、冗談に混ぜて苦情を申し上げたら、オラトリオの『おとうさん』は、困惑したようにそう言った。

――そういうふうに組んだというより、そもそも物思うように組んでいないと言おうか。

ならばこの不快さはなに。

まるで自分というプログラムの脆弱性を突きつけられたような気持ちになって、以降、この手の話を研究者とはしていない。

ただひたすら、自分ひとりで耐えてたえて――目覚める。

「………」

目を開いて、飛び込んでくるのは見慣れた天蓋。

体を包む、やわらかな布団の感触。

それから――

「………?」

半身が微妙に重く動かしづらくて、オラトリオはそちらに顔を向けた。

電脳空間に叡智の結晶として名高くそびえる<ORACLE>――その管理者専用の、彼らの製作者たちにすら内密の、プライヴェート・エリア。

そこに鎮座ましますベッドは、利用する管理者たちの規格外の体型を加味して、特注サイズとなっている。

オラトリオが大の字になってもまだ余る、その大きなおおきなベッドの、端。

いつの間に来たのか、オラクルがちょんまり横になって、眠っていた。

「あー…………」

なんとも言えず、オラトリオはぼりぼりと頭を掻きながら体を起こす。

オラトリオよりは全体にわずかに華奢なつくりになっているものの、オラクルの体もそこそこの大きさがある。

その体を、ベッドの端、落ちるか落ちないか微妙なところに置いて、すやすやと熟睡中。

確かにオラトリオはベッドの真ん中に寝てはいたが、もう少し余裕というものがある。

なによりオラクルだったら、もっと積極的にオラトリオにくっついて寝てくれて、まったく構わないというのに。

なにを考えて、この遠慮がちな距離。

――どうしてこう、微妙な距離を開けてくれてしまったのだろう。

「くそー………………」

ぼりぼり頭を掻いて、オラトリオは体を折る。

かわいい。

なんで遠慮なんかするんだという思いはあれ、それ以上に、この遠慮がちなところに、ぎゅうっとハートを絞り上げられた。

これ以上惚れさせてどうするんだ、などというおばか極まりないことを考えながら、オラトリオは眠るオラクルに見入る。

<ORACLE>に来るや、カウンターで仕事中だった相棒にろくな言葉も投げずに、プライヴェート・エリアに直行し、ベッドに倒れ込んだ。

疲れているときにはよくあることだから、おそらくオラクルはそれほど気分を害していないはずだ。

それでも、起きたら埋め合わせはするとかなんとか、暗闇に呑まれる意識で考え――

起きてみたら、その埋め合わせをしたい相手が、同じベッドの端っこでちょんまり添い寝をしていた。

いつ来たのかは、わからない。

とりもなおさず、相手がオラクルとなれば。

これがオラクル以外の相手だというなら、部屋に入って来た瞬間に目が覚める。たとえ誰あれ、『敵』だからだ。

けれどオラクルは、決して『敵』とは成り得ない。

この世界でただひとり、どうあっても敵とはならない絶対の相手。

オラクルだと認識した瞬間に、オラトリオの睡眠は健やかに続行されてしまう。

大事な話があったとしても、珍しくもただ、構って欲しいというワガママからだったとしても。

「……………あー」

眠るオラクルのくちびるは拗ねて歪むでもなし、ひたすらに健やかだ。

おそらく今、仕事は多少、余裕があるのだろう。

暇がなければ、ここにこうして来ることも、ましてや眠りこむことも出来ない。

オラクルだとて、眠るときにはアラームをセットしているはずだ。

オラトリオが起きても目を覚ます気配がないということは、オラクルはまだしばらく、寝ていられるということ。

いつ来て、いつ眠りについたかもわからない――起こさないように、そっと。

そっと、ベッドから出て、そっと、部屋から出て――

「…………………未熟者」

自分で自分を罵倒して、オラトリオは眠るオラクルへと体を傾けた。

無防備に晒されているくちびるに、くちびるを寄せる。

軽く触れて、そのままやわらかに辿って撫でた。

伸ばした手で腰を捉えると、微妙な位置にいる体をベッドの中心へと招く。

「んん………」

むずかるような声を上げたくちびるを、オラトリオはてろりと舐めた。

「ん、ぁ………」

小さく呻いて、オラクルの瞼が震える。

気が遠くなるほどにゆっくりと瞼が開いて、眠気に茫洋と霞む瞳が露わになった。

「オラクル」

「ォ、ラ…ト………んくっ」

覚束ない舌で呼ばれようとした名前を飲みこみ、オラトリオはオラクルのくちびるを貪るように味わう。

驚いて跳ねる体を押さえこみ、潜りこませた舌からプログラムを解いて混ぜた。

「ん、ぁ、う…………っ」

揺さぶられる感覚に、抵抗を示していたオラクルの体から力が抜け、伸し掛かるオラトリオに縋りつく。

思う存分に堪能して、それでもまだ名残惜しいまま、オラトリオはくちびるを解いた。

「…………おはよーさん、オラクル。また寝るか?」

自分の行動の子供っぽさと堪え性のなさに気まずさを抱きつつ、オラトリオはすっ呆けたことを言ってみる。

それで怒られるなら本望というものだし、引っかかれたり叩かれたり、ファイルの雪崩に遭うことも、甘んじて受け入れよう。

覚悟を決めているオラトリオを見上げ、オラクルはぱちぱちと身に纏う色を激しく入れ替えた。

経験からいってこの色の入れ替えは、怒っているのではなく、困惑。

「オラクル?」

「寝ちゃってたんだ………」

「は?」

どうした、と訊いたオラトリオに、オラクルは呆然と言葉をこぼした。

ぱちぱちと色を入れ替えながら、オラクルは困ったような笑顔でオラトリオを見上げる。

「……………寝る気なかったんだ。ちょっと、オラトリオの顔、見ようと思っただけで」

「………はあ」

ちょっと、のつもりが、またどうして。

伸し掛かったまま首を傾げるオラトリオに、オラクルはほんのりと目元を染めた。視線を逸らすと、自分のローブをつまんで、いたたまれないように弄る。

「でも、ちょっと見たら、離れがたくなって。仕事も立て込んでないし、あとちょっと、あとちょっとって………。オラトリオが起きる前に、気がつかれないように戻るつもりだったのに………」

「ああ………なるほど」

そういうことなら、オラトリオにも間々ある。

ちょっとだけ、と言い訳しながらやり出したことが、結局は時間いっぱい――

だとすると、オラクルはアラームもセットしていなかった可能性がある。

起こして良かった、と微妙な免罪符を手に入れながら、オラトリオは恥ずかしそうなオラクルへ笑いかけた。

「寝顔も見惚れっちまうくらい、いーオトコだもんな、俺♪」

「うん」

茶化したのに、オラクルは真面目に頷いた。

真面目に頷いてから、自分のくちびるにそっと人差し指を当てる。

まともに返されて照れるオラトリオを見つめると、身に纏う色をおねだり色に変えた。

「ナイショのつもりだったんだ、オラトリオ。………私がここに来たこと、気がつかなかったことにしてくれ」

「ぶっ?!」

ここまでやっておいて、なんという無茶なおねだり。

思わず吹いたオラトリオは、胸元を押さえてオラクルへと倒れ込んだ。

そんな無茶苦茶言われて。

ハートがぎゅぎゅぎゅうと、絞り上げられてしまった。