「んぎゃぁああああああっっ!!」

「ひとの顔を見て絶叫した挙句逃げるな、このクソガキがっっ!!」

ぷちはろ2D

「んぎゃっ!!」

コードを見た途端に、シグナルは絶叫して逃げ出した。

しかし相手はコードだ。現実空間でも勝ち目はないが、彼が長く暮らした電脳空間ともなれば、シグナルは赤ん坊も同然だった。

ダッシュしたにも関わらず一瞬で追いついたコードに、なにをどうされたものか、べちゃりと頭を踏まれる。そのまま床に倒されて腰の上に跨られ、自由を奪われたシグナルは涙目でもがいた。

「こ、コード!」

「じたばたするな!!俺様まで化け物扱いしよって、この未熟者がっ!」

「コード、頭っ!!頭の上!!」

「頭………っ……………」

叫ばれて、コードは頭の上に手をやった。ふにゅんとした感触が応えて、思わず動きが止まる。

忘れていた。

頭の上に、みにまむトロルを乗せたままだった。諦念とともに受け入れてから馴染んでしまい、すっかり存在を失念していた。

年々要らない学習を積んでいく電脳図書館<ORACLE>の管理人、オラクルは今年、<ORACLE>の中いっぱいに、愛らしくデフォルメ化されたモンスタープログラムを放った。

これが、見た目が愛らしいに止まらず、行動も愛らしい。らしい。

少なくとも、コードの溺愛する妹によれば。

コードとしては意味不明以外のなにものでもないデフォルメキャラクターだが、無邪気な彼らに異様に懐かれた。払っても払っても取りついてきて、挙句登られる。

無意味かつ疲労の極致に追いやる静かな戦いの末、コードはちびっこくされたことで怖さもへったくれもなくなったトロルを頭に乗せたままにすることで、敗北と、これ以上の無益な戦いの回避の両方を得た。

「………」

とはいえまさか弟子に、こんな恥ずかしくあほらしい姿を見られてしまうとは。

微妙に赤面しつつ、コードは頭の上のトロルの首根っこをつまんで持ち上げると、目の前にかざした。

かわいいもの好きのオラクルが作っただけあって、おどろおどろしさの欠片もない、愛らしいばかりのキャラクタだ。

だというのにシグナルは、<ORACLE>に来てからというものずっと絶叫し、館内を無闇と走り回って逃げ続けている。

こんな些細なキャラクターですらだめなのが、シグナルという新世代ロボットだった。

「こんなものの、なにが恐いんだか」

「だってお化け………っ」

トロルを眺めつつのコードの言葉に、尻に敷かれたままのシグナルが涙目で振り返る。

『ちゅう』

その瞬間、吊り下げられていたトロルが、コードのくちびるにちゅっと吸いついた。懐かれていたのではなく、愛されていたらしい。

あまりに予想外過ぎて、コードは呆然として咄嗟に行動出来なかった。

シグナルが、ぎょっと瞳を見開いたことだけは確認した。

「………っ」

『ぷち』

「……………………」

次の瞬間、愛らしいキャラクタがあまりシャレにならない擬音とともに、コードの指から跳ね飛ばされてプログラムを潰され、消えた。

つまんでいた指先から消えた感触を呆然としたまま追い、痕跡も残さず消されたプログラムの残滓をそれでも探してから、コードはゆっくりと下を見た。

青褪めたシグナルはコードの下に敷かれたまま、壮絶な形相で自分の手と、トロルの消えた先を見つめている。

「…………シグナル」

「だ、って………っコードに、キス…………する、から」

「………」

切れ切れに吐き出された、震えて弱々しい声に、それでも怒りが見える。

相変わらず腰に跨ったまま、コードはちょこりと首を傾げた。

「だが、アレはオラクルが作ったものだぞ。<ORACLE>のものを消しては、怒られるだろうが」

「ぅ………っ」

シグナルにとって、オラクルは唯一と言ってもいい、絶対の味方だ。

そんなことはない、とコードなどは思うが、とかく厳しい態度の周囲に囲まれているシグナルにとって、常にやさしく穏やかなオラクルは、オアシス的存在なのだ。

そのオラクルを敵に回すようなことは――敵に回さないまでも、怒らせるようなことをするのは、シグナルにとっても本意ではないだろう。

ひく、と引きつってから、しかし、シグナルは強情な顔に戻った。

コードからぷい、と顔を逸らして、床に伸びる。

「コードにキスしたアイツが悪い」

「………」

言い張る。

呆れたように見下ろしていたコードだが、ふいに、そのくちびるに笑みを刷いた。

シグナルの腰の上で体を震わせて、くつくつと笑う。

「コード?」

訝しげに見上げてきたシグナルへ、コードは体を倒した。怒りと怯えを微妙に残す頬を撫で、くちびるを寄せる。

「バカが。そんなことくらいで逆上しおって。だからおまえは、未熟者だと言うんじゃ」

「こー……」

シグナルの言葉は、重なったくちびるに消える。コードは軽く舌を伸ばし、シグナルのくちびるをちろりと舐めた。

シグナルは素直に、倒れてきたコードの体に腕を回す。後頭部を撫でられて、コードはくちびるを重ねたまま笑った。

「……『そんなこと』、じゃ、ない…よ、コード。僕にとっては、全然、『そんなこと』じゃ…」

「ひよっこが」

体を辿られてわずかに震えつつ、コードはあくまでも強気に笑う。濡れたシグナルのくちびるを撫でて、とろりと瞳を蕩けさせた。

「拗ねる前に、俺様のくちびるをきちんと『消毒』しろ。そんなことにも気が回らんで、俺様のパートナーと名乗るな」

「コード」

偉そうに吐き出され、シグナルはコードを抱き寄せた。その手が、プログラムを透かして肌に直に触れる。

甘く熱っぽい息を吐き出し、コードはシグナルの頬を軽くつねった。

「………こんなことばかり、手が早くなりおって………ん」

腐すくちびるが、シグナルに塞がれる。

舌で辿られて、甘噛みされ、コードは瞳を細めた。ぶるりと震えた体が、さらに探られる。

「シグナル」

「先に消毒するんだろ。………どこまで触られたかわかんないから、全身」

「………バカが」

深部など、他人においそれと触らせたりはしない。自分の体も思考も心も、すべてはサポートすべき相手のためだけのものだ。

シグナルだけが開き、触れられる。

罵りながらも抵抗しない体にシグナルが触れ、プログラムが解かれていく。

コードは堪えきれずに甘い声で啼きながら、溶け崩れた。