ふりふりスカートがいつまで似合ってしまうのか、我ながら恐ろしいと思う。

仕事の都合で変装する必要が出て、一樹のために選ばれた衣裳が女子○生の定番、セーラー服だった。

ここらへんの迷いのなさっぷりが、所長、若菜のさりげない鬼畜ぶりを表していると思う。

くるりくふわ

「お、着替えたか、一樹。似合うにあうー」

着替えて奥の部屋から出てきた一樹に、若菜が能天気な声を上げる。隣で菓子をぱくついていたトオルがわずかに目を見張ったあと、震えながらそっぽを向いた。

こうなったらもう、ヘタに恥ずかしがるのはNGだ。ますますオモチャにされてしまう。

こういうのは、思い切ったほうが勝ちと決まっている。

「やだぁ、若菜ぁ。カズキじゃなくて、カズコって呼んでよね☆」

シナを作って、精いっぱいかわいい声で言って、ウインク。

トオルが声もなく所長机の後ろ側へ倒れた。ごろごろ転がっている音がするから、爆笑を堪えているのだろうと推測し、わずかに顔を引きつらせる。

若菜のほうは、穏やかに苦笑した。

「慣れてきたなあ、一樹。でも間違いなく、本物の女の子に見えるしな。これなら、あちらさんも完璧騙せるわ」

若菜の、爽やか笑顔できっぱりそう言い切ってしまうところが、天然鬼畜王だと思う。そんなふうに褒められて(?)も、一樹はちっともうれしくない。

だがとりあえずはにっこにこと笑って、スカートの裾をつまんでくるりと一回転。

その様子を眺めていた若菜が、ふと思いついた顔になった。

「そういえば、一樹。そういうときって下着、どうしてんだ?」

一樹はストリップショーよろしく、すす、と微妙なラインまでスカートを上げ下げした。

「若菜のえっち☆」

「いやあのね…」

若菜はますます苦笑する。

若菜は一樹に対して思うところがまったくないので、これはただの好奇心だったのだが。

「大丈夫です、若菜さま~。桐子の仕事に手抜かりはございませんよ~。きちんと下着まで、完璧にコーディネイトしております~」

「「「っ?!」」」

思わぬところからの思わぬ返答に、男三人は吹いた。吹いた意味はそれぞれ違うが。

人数分のお茶を淹れていた桐子が、悪気もなくのほほんと笑う。

「下着まで、一式揃えさせていただきました~」

確かに、一樹が着る衣裳一式を用意したのは桐子だ。「一樹女装させるから、服用意して」と若菜が桐子に命じて。

だが、命じた若菜としては、上っ面がそれっぽく見えればいい、くらいの気持ちだったのに。

「えええええ?!ってことは、てことは、まさか一樹?!」

「ぎゃあああああっ、ちがうちがうちがううううもう桐子、なに言ってんのなに言ってんのつか見ろ、ほらふっつーにトランクス!」

叫ぶ若菜に負けない勢いで叫び、一樹は色気もそっけもなくスカートを捲った。

捲ったのは主に、叫びもしないで目を血走らせたトオル対策だ。ヘタな誤解をさせると、仕事どころではなくなる可能性大。

ばさっと捲ってから、桐子の目を気にして一瞬で戻す。

しかし、きちんとわかったはずだ。妙ちきりんな下着など着けておらず、中身は男ばりばりだと。

若菜がほっと安堵したように額を押さえ、トオルが痛烈な舌打ちを響かせる。

おまえは俺になにを期待してるんだ、と一樹は頭痛を覚えた。

桐子が悲しそうなため息をつく。

「まあ、そんな~。せっかくご用意いたしましたのに~」

「いや桐子あのね…そこまで凝る必要ないから…」

悪気がないとわかっているだけに、始末が悪い。これが少しでも面白がっているなら、もうちょっと突っぱねようもあるのだが。

「いや、凝ろう」

「げふっ?!」

瞬間的に目の前に迫ってきたトオルに爛々と光る目で言われ、一樹は仰け反って退路を探した。

「今度の相手は色情霊だ。やつらを舐めるなよ中身まで完璧に整えて初めて…」

「「その前におまえが仕事にならなくなるだろーが!」」

若菜と一樹の声が揃う。トオルは悪びれることもなく、にんまりと笑った。

「ちょっと色気をプラスしてやるだけだ。なにもしてないのとナニをした後じゃあ、普通にしてても空気が全然違う。大丈夫だ、最後まではやらん」

ナニを?!

言葉にならないツッコミに、トオルは色情霊よりよほど性質の悪い、淫猥な笑みを浮かべた。

「ほどよく煽ってしばらく置いておくと、おまえは美味さ倍増だからな。仕事前にちょっと触っておけば、仕事中に熟成されて、終われば食べごろだ」

「俺はなんの食い物だーーーー!!!」

顔を真っ赤にして叫び、一樹はトオルの頭に渾身のチョップを喰らわせた。

妄想に浸っていたトオルは素直に受けて、床に沈む。

桐子の耳を塞いでいた若菜が、深いふかいため息をついた。

「うんほんと。凝らなくていいから。そのままの一樹でゴウ」

「当たり前だ!」

一樹はぎゃんぎゃん吠える。

トオルに言われてその状況を想像して、ちょっぴり体が疼いた、などということは内緒だ。認めない。

そんな一樹の足首を、床に沈んだトオルが、がしっと掴んだ。そのまま、容赦なく引っ張る。

「んぎゃ?!」

突然のことにバランスを崩して倒れる体を、すばやく立ち上がったトオルが抱え、抵抗を許さない特攻で奥の部屋に向かう。

「桐子、下着一式は服といっしょに用意したんだよな?」

「はいです、嵯峨様~」

「ちょ、トオル?!」

いやな予感に体を強張らせる一樹に、トオルは悪魔そのものの笑顔を浮かべた。

「大丈夫だ。おまえの体のことなら、俺がいちばんよく知っている」

「~~~っっ!!」

だから大丈夫じゃないんだろ?!

声も出ない一樹に代わり、若菜は諦めのため息を吐いて手を振った。

「ほどほどにな~、トオル。仕事に差し障らない程度に~」

「任せろ」

いやそもそも任せたくないですが。

ツッコミは心の中だけにして、若菜は桐子を促すと、出掛ける準備を始めた。

この事務所はそれほど防音に気を使っていない。このままだと、アレやコレやソレやの音が筒抜けだ。

自分ひとりならともかく、大事な大事な「妹」である桐子に、そんなものは聞かせられない。

足掻く一樹の悲鳴と怒声を無視して、若菜は桐子とともに事務所を出た。

親友のテクに疑いはない。

ほんの数秒で、一樹は甘く啼くだろう。その結果として、仕事場に現れた一樹が使い物にならなくても、トオルがなんとかするはずだ。

「桐子…ちなみに、どんな下着を用意したわけ?」

純粋な好奇心で訊いた若菜に、今の一幕を理解していないだろう桐子は、無邪気に笑った。

「ごくふつうの下着ですよ~女子○生ということでしたので、ちょっとかわいくリボンなどついた、白レースの」

「…」

それはマニア心直撃だ。

桐子はあくまで女の子目線で、男の反応など考えもしないで用意したのだろうなあ、と遠い目をしながら、若菜は小さく合掌した。