うちのおとーとは、ちょっとウソツキです。

四月一日だ。

「がくぽっえとっ、おにぃちゃんねっおにぃちゃんねっ、あのっ、おにぃちゃんほんとは、がくぽの『おにぃちゃん』じゃ、ないのっ!!」

「えっ、兄様?!」

――そうとはいえ非常に脈絡もなく、突然のことだった。

がくぽとソファに並んで座っていたカイトだが、急に決意が固まったものらしい。両拳をぎゅっと握ると、顔を真っ赤に染め、あっぷおっぷ状態で懸命に吐き出した。

がくぽは花色の瞳を丸くし、隣に座る兄を見つめるしかなかった。いったい何事なのかと、応じる言葉が咄嗟には出て来ない。

ちなみに、ところは壱岐家のリビングだ。

カイトとがくぽ、二人のマスターである夷冴沙もいて、彼も目を剥き、反応しかけた。

なにしろ夷冴沙は、普段はカイト――KAITOシリーズも真っ青のおっとりぼんやりさんで、逆にカイトをしっかり者に育てたという猛者なのだが、こと『きょうだい』というものに強く、歪んだこだわりを持っていた。

それが如実に表れての、壱岐家のカイトとがくぽというロイド兄弟の仲だが、つまりいくらかわいいロイドの発言であろうと、聞き逃せない、赦してはおけないものが、はっきりとある。

しかし幸いなことに、諸々のことに非常に敏い同居人である餌儀もまた、この場にいた。

餌儀はカイトの意図をきちんと汲み、そんな夷冴沙をうまく止めてくれた。

そのため、唐突に始まったこの『茶番』が、なし崩しに潰されることはなく――

というわけで、『四月一日』は続行中となる。

そこで問題となるのがカイトに迫られ中の、当事者たるがくぽだった。

カイトはしっかりしているが、それはそれのこれはこれで、とても素直な兄だ。このあっぷおっぷな怪しい態度で唐突に、脈絡もなく言いだしたことは、きっと間違いなく、今日という日の茶番だ。

突き抜けた甘ったれだが、がくぽもまた、機微に敏い『がくぽ』シリーズではある。マスターである夷冴沙のように誤解することもなく、餌儀と同様、きちんと兄の意図を汲んだ。

しかし意図は汲めるが、先まで読めるわけではない。

この茶番のオチまで、わかっているわけではないのだ。

大好きな兄様が、自分はがくぽの兄ではないという――

このぐだぐだでダイコンなシナリオのオチ、最後の最後の締めが、四月一日らしいアレなアレのお約束で、『ウッソでーす☆』なのだと、今の時点ですらわかりきっているとしても、だ。

『がくぽなんか兄弟じゃない。赤の他人だ』といった意味のことを言われたなら、がくぽはオチまで持たない。その瞬間に、正気がすっ飛ぶ。

狂気に陥って兄を抱え上げ、スクラップ工場に駆け込むだろう。そして抱き合ったまま二人、強制的に熔接路へ飛び込む、無理心中一択だ。

――といった、実は非常に危険な、なにかの水際に立たされていたカイトだった。

カイトはKAITOシリーズ――スペックの如何だけにも因らず、もともとがおっとりさんで、ひとの機微に疎いタイプだ。だから普段から、弟が醸す細かなニュアンスや諸々は、きれいに右から左、するするっとスルーする傾向にはある。

しかも苦手分野で、あっぷおっぷのあぶおぶ状態となっている今は、いつも以上にニブくなっていた。

かわいいかわいいと溺愛し盲愛を注ぐ弟が、緊張とともに醸し出しているかなりまずい気配に、さっぱり気がつかない。

目先のオチに辿りつくことだけに、必死だ。

なのでそういった意味では躊躇うことなく、カイトは続けた。

「おにぃちゃんねっ、おにぃちゃんねっ………がくぽの『おにぃちゃん』じゃなくて………ほんとはがくぽの、おとーとなのっっ!!」

「なるほど、納得しました!!」

「えええっ?!」

「おやまあ。そう来たかえ………」

夷冴沙を羽交い絞めにしている餌儀は淡々とつぶやいたが、肝心のカイトが悲鳴を上げた。力強く頷く弟を、震撼して見つめる。

そう、弟だ。弟――がくぽはカイトの『弟』なのだ。

がくぽは甘ったれだが、敏い子だ。兄が用意した『嘘』への反応が早いのは予測通りだが、その方向性だ。いったいなににどう反応し、返されたのか。

実のところ、やっているカイト自身ですら、はっきりと自覚していた。演技があまりにヘタクソで、ばればれだと。

極度の甘ったれではあっても、頭脳は冴えているがくぽのことだ。兄が四月一日、エイプリルフールのイベントとしていきなり、当たらないダイコン芝居を始めたのだと、きっぱり見抜いているだろう。

きっぱり見抜いたうえで、きれいな顔をほんのりと困惑に染め、反応に迷いつつ、『ウソですね、兄様?』とでも。

返してくれると思っていたら、納得された。肯定だ。しかも真剣だ。真向まじめのど直球だ。

「えっえ……っ?!が、がくぽ?!」

おろおろのあまり腰を浮かせるカイトに構わず、がくぽは力強くうんうんと頷く。きゅっと拳を握ると、じっと見つめて続けた。

「前々からおかしいと思っていたんです、兄様。兄様は、兄様にしてはあまりに愛らし過ぎるし、それってもちろんお顔もですけど、それだけでなくて背丈とか、体つきとか………全部ぜんぶ、がくぽよりずっとずっとちっちゃくて、かわいらしい造りですし!」

「がっ、………っがぁああああんっ?!」

興奮ままに並べ立てるがくぽの、その言葉ひとつひとつによってカイトの衝撃は容赦なく積み上げられ、ゲージが削られていく。言葉のすべてが痛恨の一撃だ。しかも連打攻撃だ。どこまで非情な弟なのか。

もちろんこれは、今初めて、言われたわけではない。ある意味で聞き慣れた言葉ばかりだ。

『兄様はかわいい』とは日常的に言われるし、小さいから運びやすいとばかり、肩に担がれたり抱っこされたりというのも、よくある。それだけ頻繁に、がくぽが兄の意思を無視して運びたいところに運んでいるということでもあるのだが、カイトにとってそこはどうでもいいことだった。

かわいいと言われればさすがに、『兄なんだから、かわいいと言うな』程度の返しはするが、ぷんすかぷんと地団駄を踏んだりもするが、『かわいいのはがくぽのほうだし!』とか、盲愛も過ぎるブラコンさ加減を発揮したりもするが――

いくら四月一日とはいえ、――否。

これは、『四月一日』なのだろうか。

カイトはあからさまにはっきりと、『四月一日』だった。嘘だ。嘘なのだ。カイトはがくぽの兄で、決して、決して、決して絶対に、がくぽの『弟』ではない。兄だ。『おにぃちゃん』なのだ。

しかしがくぽだ。

カイトの言葉が今日という日のイベントで、嘘だとわかっているはずなのに――

日常的に言われていることをくり返されている時点で、『四月一日』ではまったくなく、本音そのものではないのか。

嘘偽りない、真実ではないのか。

わかっていると思っていたが、実はわかっておらず、本気でカイトをがくぽの兄ではなく、弟だと。

あまりに納得できる内容であったため、逆に嘘として受け取れず、この日に紛れて本当のことを告げられたのだと。

「な、なっとくでき………?!なっとうたべ………っが、がくぽっ!」

どこかの水際に立っている兄に構わず、がくぽはとても明るく、にこにこと笑っていた。含むところのない、無邪気な笑みだ。

その笑みで、きっぱり続ける。

「あっ、もちろん見た目だけでなく、兄様は性格も考え方も、存在すべてが愛らしいですよ、兄様!」

「ぎゃ、ぎゃふん……っ!!」

「もしかしてさすがにそろそろ、タオルを投げるべきかえ?」

傍観を続ける餌儀がぼそりと、つぶやいた。投げるべきかもしれない。なにしろ、

「まさか現実に、『ぎゃふん』なんて口で言うったぁね……追いこまれ加減が知れようよ」

とはいえ投げてやりたいが、餌儀の両腕は塞がっていた。余裕がない。餌儀より遥かに小さく力ない夷冴沙なのだが、今は彼が力いっぱい抑えないといけない状態だったのだ。

カイトが始めた茶番は、受け手のがくぽによって茶番を外れた。敏く、歪みの少ない餌儀の目で判断しても、ずいぶんな寸劇だと呆れるのだから、歪んで偏った夷冴沙の目には、寸劇とすら映らないだろう。

しかし言ってみれば、カイトに夷冴沙にと、ミニマムかわいくてもこの家の二大柱であるふたりが、まずい状態なのだ。

せめてもとっとと終わらせろと睨む餌儀は、容貌こそ人智を超えて美しいが、過去にはちょっとした暴れん坊を気取っていたことがある。

本気で怒ると工業用ロイドであろうとも素手でスクラップにしかねないのだが、だからといってがくぽが怯えることはない。

がくぽのマスターは夷冴沙であって、餌儀ではない。そして餌儀は最終的に、夷冴沙に逆らえない。

ヒエラルキーをきっちり理解している末っ子はだから、いろいろ崩壊している兄にも焦ることなく、悠々と笑った。

「でも『弟』なんだったら、これからはがくぽが兄様のことを甘やかして差し上げないといけませんよねそうでしょう、兄様がくぽが兄様に甘えるんじゃなくて、がくぽが兄様のこと……。ね、兄様。これまでの分も遠慮なく、どーんとがくぽに甘えてくださいね!」

「がくぽっ!!」

とうとう堪え切れず、カイトは金切り声を上げた。今にも泣き出しそうな顔で、けれど懸命に涙を散らしながら、がくぽを見据える。

「ウソでしょ?!」

「はい。嘘です」

「がっ……がぁあああんっ?!」

――とてもあっさり認められて、カイトはうっかり真っ白に燃え尽きた。

「だから言ったろうに、このわからんちんのおばかたれめ……にーは腕が痛いよ。それがおまえさん曰くの『兄』の遣りようかえ、いち?」

「さ……さるよりふかーーーく、………はーんせーいなのだー……おひゃくどーー………」

「本当に反省しておいでだろうね?!」

一方、寸劇が終わったことでようやく正気に戻り、解放された夷冴沙だ。

最終的には餌儀より強いのだが、最終局面ではない今は、さすがに項垂れていた。夷冴沙は未だに学生と間違われる童顔で、そうやって素直にしょぼんとされると、まるで子供でも虐めているような気になる。

大して痛むわけではない腕をこれ見よがしにさすっていた餌儀だが、ちっと舌打ちをこぼすと、床にべったり懐く夷冴沙から顔を逸らした。片腕を伸ばすと乱暴に夷冴沙の頭を掴み上げ、己の膝に乗せる。

顔を上げようとした夷冴沙だが、動けなかった。餌儀は潰そうとしているとしか思えない力で小さな頭を掴み、己の膝へと押さえこんでいたからだ。

「にー……」

小さな声を上げた夷冴沙を、餌儀は見ない。ただ、ふんと、鼻を鳴らした。

「煩いね。反省するってんなら一寸、大人しくしておおき。にーの腕はまだ、痛いんだよ」

「うむ。いちの頭もごりごり、今まさに激痛い感じだが、大人しく堪えるのだ……それがにーをいぢめた、いちの罰で、反省なのだ………甘んじて受けるのだ………おしおきどーんと来いなのだ、にー」

「いいからおだまり、いち。その口を閉じて、一寸静かにおし………」

どっと疲れた餌儀が力を緩めても諦めた夷冴沙は膝に懐き、目を閉じたところで、――うっかりシロカイト化しかけたカイトが、意識を取り戻した。

とはいえ白化からは回復したが、涙はすぐに引っ込まない。新たにこみ上げる感情で、引っ込みようがないという話もある。カイトの青い瞳は未だにうるうるに潤み、今にも泣き出しそうな顔ままだった。

オチが判明したことはしたのだが、まったく感情的にハッピーエンドに辿りつけていない。

そんな兄に対しがくぽは、珍しくも媚びへつらうへらりとした笑みを浮かべ、そっと声を掛けた。

「兄様だって兄様………がくぽずっと、兄様のこと『兄様』って、呼んでたでしょう?」

『兄』らしくカイトの名前を呼び捨てにもしていないし、がくぽは確かにずっと、不自然なほど『兄』と連呼していた。

わかっていましたよねと、わりと逃げ腰で念を押す弟を、カイトはうるうるに潤んだ瞳できっと睨んだ。

「がくぽ………っ!」

「………はい、兄様」

いつもいつも甘く蕩けてやさしい兄に厳しく見据えられ、がくぽは殊勝な声で返事をした。視線だけで軽く、天を仰ぐ。

仕方ない。諦める。

自分にとってもどうしても受け入れられないことがあるように、この穏やかで、弟を甘やかすことが大好きな兄にとっても、決して認められないことがある。

そういうことだ。

心ばかり姿勢を正したがくぽに、カイトはずびびっと大きく、洟を啜った。威厳の欠片もないべそ掻き顔だが、兄として弟を愛すればこそ、言わねばならないことがある。

だからカイトはきっぱりと、吐き出した。

「ウソついたら、めっ!!」