愚者の正道

暴れん坊星人の困ったちゃんだったが、そもそもがくぽは『基本』があってのことだ。

基本――つまり幼いころから厳しく武道を叩きこまれ、並々ならず鍛えていたという。その実力は、きちんとした大会に出場したなら、全国規模であったとしても優勝候補になっただろうほど。

その程度の経歴と実力を備えたうえでの乱暴星人で、罷り間違えば拳は凶器認定され、反論しようもなく鑑別所送り――

だったわけだが、今は過去のことだ。

カイトという、最大の理解者にして最愛の相手を得て、がくぽはすっかり落ち着いた。

今でも多少の血気盛んはあれ、しかし『若者』の範疇に治まる程度。

もはや無闇やたらに喧嘩を売って回るだの、爆買いしてくるだのというようなことはない。

そうなると残るのは、武道によって鍛えられた、飛び抜けた姿勢の良さだ。

同じく武道で鍛えられた、均整の取れた美しい体つきもある。ぴんと背筋を伸ばしてまっすぐ前を見据え、拳を膝にきっちり正座などすると、うっかり若武者降臨。

「処はヨーロピアンアパートメントのリビングで、洋装ってか、ラフカジファッションのはずなんだけどね……!」

ソファに腰を下ろしたカイトは殊更に姿勢も悪く、猫背気味に体を撓めてぼやいた。気分がナナメなのだ。それが姿勢にも表れている。

カイトは姿勢だけでなく、表記するなら『ふっへっ』というような、非常に自棄に満ちた笑いもこぼした。

目の前には若武者ぶりっこもとい、がくぽがいる。板敷の床に敷き布もなく、直接正座だ。しかもカイトに向けるのが、完全に据わった、なにかまずい覚悟を固めたアレな目つきだった。

正直、まったく目を合わせたくない。

「がくぽ」

「いいか、カイト」

アレな目で凝視されながらのひたすらな沈黙行に堪えかね、カイトは先に声を上げる。そうなってようやく、がくぽも口を開いた。

こぼれるのは見た目に相応しい、重々しく抑えた低い声だ。殊更に漢らしく見えて、カイトはうっかり、ときめきかけた。

一軍の将もかくやという状態で、がくぽは聞き逃しや聞き間違いなど赦さぬとばかり、殊更にゆっくりはっきり、一語一語を発する。

「たとえ今日がどういう日であり、オチがオチであったとしても、だ。キ、っっ」

「ぁあああっ、このおばかわんこはっ、もぉっなんでこう、どこまでも残念なんだ、この子はっ!!」

そこまでしても結局がくぽは、最後まで言い切ることが出来なかった。意思に因らず、瞳から滂沱と溢れた涙によってだ。

もちろんそれだけの量の涙がこぼれれば、――鼻も無事とはいかない。

せっかくの美貌を遠慮も容赦もなく台無しにして、がくぽはひたすら滂沱と『涙』をこぼす。目と鼻から。

一方、喚き散らしたカイトだ。実のところこのオチは、予測済だった。伊達の付き合い年数ではなく、関係ではない。

カイトは用意よく、膝上に待機させていた箱からティッシュを数枚取り出すと、そんながくぽの鼻に当てた。

「はい、ほらっちーんしてっ、『ちーーーん』!!まったく、ほんっっとに、おばかわんこなんだから……仮定の要望ですら口に出せないとか、それでわかんなくてやらかしちゃっても、俺はぜんっっぜんっ悪くないからね?!」

「がいど………っ」

「はいはいはいはいっ!」

残念さを増すだみ声で呼ばれ、カイトは自棄に満ちて返した。がくぽの鼻に新たなティッシュを当てつつ、叫ぶ。

「たとえ今日がエイプリルフールで嘘オチだってわかりきっていたとしても、『キライ』も『リコン』もぜっっったいに、口に出しませんっそのネタだけは、がくぽだけでなく、他人相手にもやらかしませんやらかしませんよっやらかしませんともっ!!おらっ、三回言ったったし!!聞こえたね、わかったね、がくぽっ?!」

恥も外聞もなく号泣するオトコにもよくよく理解できるように、くり返して念を押してから、カイトは急激にぺそんと力なく、肩を落とした。

こうなってすら背筋を伸ばし、美しい正座姿を保つがくぽをちろりと見る。

「ほんとまったく、この子は………頭がいいくせに、こと俺が絡むとシャレも遊びも通じない、イシアタマがっちんごっちんのおばかわんこで………」

ぶつくさとこぼしたカイトは、内臓まで出て来そうなほどに深いふかいため息をこぼした。

ソファの上で撓めていた体を力なくぐらりと倒すと、床に座るがくぽへ、伸し掛かるように抱きつく。

「んもうほんっっっと、わんこかわぃいぃ……っっ!」