ループヴェルト

神無の部屋で、双子の兄弟は対峙していた。これは必然だ――怪しい魔導グッズで、足の踏み場もなく散らかる双魔の部屋では、くつろげるスペースもない。

それに神無は昔から、そもそもあの部屋にあまり入りたがらなかった。

というわけで家で二人となれば、リビングやダイニングといった家族の公共スペースか、さもなければ神無の部屋で過ごすことが多くなる。

ことに話題が『秘密』の香りを持てば、父親が在宅だろうが不在だろうが、大体が神無の部屋だ。

そんな感じで今日も、神無の部屋に揃った双子だったが。

「何年兄弟をやってると思ってる」

「えっとぉ……」

ベッドに座った神無からの、非常に冷たい声で落とされた問いに、その前の床に正座する双魔は、記憶を遡る上目となった。片手の指を折る。

しかし神無と双魔だ。双子だ。何年もなにも、数えるまでもない。本来であれば。

「じゅ、うごえと、え、ろく?」

「なんで疑問符つきで、しかも確定できない?!」

「ぅえーんっ!」

がしっと頭を掴んで脅され、双魔はべそ掻き声を上げた。とはいえ、心底から恐れているわけではない。頭を掴む手はそれほど痛くないし、すぐにわしゃわしゃと、髪を掻き回す動きに変わったのだから。

「まあ、おまえだしな……」

――しかも即座に諦められている。

本来ならあまりおめでたい状況ではないが、双魔は気にしない。それこそ神無と何年、兄弟をやっているのかという話だ。

周囲から見ればキレどころのわからない恐怖の乱暴者でも、双魔にはタイミングもわかるし、機嫌の良し悪しも、非常によくわかる。

ことに、これほど近くとなれば――

「で?」

「『で』じゃねえよ。少しは反省しろ、反省」

「んーーーっ!」

さっくり流して話の続きを促した双魔を、神無はじろりと睨み下ろした。掴んでいた手にわずかに力を入れて頭を下げさせ、双魔に『ごめんなさい』ポーズを取らせる。

抵抗もせず頭を下げた双魔は、そのままことんと、神無の膝に懐いた。すりりと一度、頬を擦りつける。

「止めろ。甘えるな」

「うん」

頭から手を離した神無は、こつりと軽く双魔を小突いて、横を向く。退ける動きにはならないから、双魔は頭を上げない。

「で?」

「だからな」

再度促され、口を開いて神無は止まった。言いたいことが多過ぎる。しかもループ状に。

神無は微妙に憤りを浮かべた目で、無邪気な瞳を向けて来る双魔を見下ろし、――勝手に『ガンつけ』合戦をくり広げると、勝手に負けた。

はあと、敗北者の口から小さなため息がこぼれる。

「だからな。オレとおまえが何年、兄弟をやってるのかって、話だ」

「うん」

「オレが萎えたことがあるか、おまえ相手に?」

「うん?」

続いた問いに、ほわほわ和んでいた双魔がぴたりと止まった。きょとっと瞳を見開き、記憶を漁る顔になる。

「ええと、神無」

「萎えたことがあったか?」

「ぅえぇえと……っ」

こそっと頭を起こそうとした双魔だったが、出来なかった。神無の手が双魔の頭に掛かり、逃がさないとでも言うように押さえたのだ。

といっても、先のように力いっぱい掴んだわけでもなく、添えられた程度の力だ。

それでも双魔は、身動きが取れなくなる。

周囲にとっては、キレるタイミングも不明な恐怖の大魔王が、神無だ。双魔は違う。双子だからか、タイミングがある程度、わかる。機嫌の良し悪しも。

わかる。

――ために、逆にこの程度で、動けない。

「あー、えと、かんな」

「大体どこで仕入れてくるんだ。この間の、アレだ、クトゥルフ柄のトランクスだとか!」

「え、ちがうよ、神無あれはクトゥルフじゃなくて、蛇王ざっはー……」

神無が言う柄にすぐに思い至り、双魔は勢いよく頭を上げて主張した。

もちろん、最後まで聞いてもらえることはなかった。

「どうでもいい!!」

一刀両断という。

鋭い怒気とともに遮られ、双魔は床にぺたりと腰を落とした。おどおどと、神無を見上げる。

「でっ、でもっ、クトゥルフとザッハークじゃ、そもそもの……」

「どうでもいい」

懸命の反論も、大事なことだからと念を押され、潰される。

双魔はますますしゅんとして、力なく項垂れた。

対して神無はベッド上でふんぞり返り、双子の弟のつむじを睥睨する。

「大体おまえの下着は、いつもそんなだ。やれ蛇だ悪魔だ触手だと、趣味の悪い絵柄の。どこで仕入れるんだ、あんなもの」

「えと、お店……」

「どこの」

双魔のもごもごとした言葉は、俯いているせいもあって、非常に聞き取りにくかった。が、神無はすぐさま拾う。

双魔はしゅんとした態度まま、そろそろと上目で神無を見た。かわいらしい顔で、しぐさだ。飼い主に叱られて項垂れる仔犬のような。

つぶらな瞳で、きゅんきゅんと鳴らす鼻音が聞こえそうだ。

しかし今日もきっと、その服の下、下着はアレだ。

タコだのイカだのをモチーフにした趣味の悪いバケモノ柄か、ヘビだカエルだといった爬虫類系をモチーフにした趣味の悪い悪魔柄か。

なんであれ、アレだ。かわいくない。

「魔導グッズの………。魔導書とか魔法グッズとかといっしょに、売ってて……」

「詐欺だろうが、そんな店?!まともなグッズがあるか出入りするな、そんな怪しいところに!」

「ぅええーーーんっ!」

叱られて、今度双魔が上げた声は本気で泣きが入っていた。あの手のショップに通えなくなったら、双魔の人生の愉しみが半減する。いや、全減だ。全滅だ。

だから、何年兄弟をやっているのかという話だ――神無もわかっているので、本気度もそれほどではない。

この話題を続けて双魔を追い詰めるようなことはせず、押し殺したため息とともに、三度目の問いを放った。

「で。これまでオレが、それで怯んだり萎えたりしたことが、あったか」

「………」

ぐじぐじと洟を啜りつつ、双魔は神無をちらりと見た。

答えは決まっている。考えるまでもない。

考えるまでもないが、ちょっと冷静に考えてみるに、ひとつ疑問がある。

神無と双魔は男同士で、そして双子の兄弟だ。

萎える萎えない以前の問題で、そもそも盛り上がったらまずくないだろうか。

「双魔」

「ない。……です」

厳然と促され、双魔は観念して答えを吐き出した。

吐き出してから、ことりと首を傾げる。とても偉そうな態度の双子の兄を、きゅるんと無邪気な瞳で見つめた。

「あのさ、神無。………神無ってつまり、シュミ、悪いの?」

「なんだと?!」

――この場合、双魔が問いたいのは神無が『兄弟にサカる』ことについてだ。まあ、それとてもずいぶん、勇気のある指摘ではある。

しかしここまでの話題だ。

双魔の趣味の悪い、否、もはや変柄を通り越して極悪と言っていいほどの柄の下着を見ても、決して萎えることなくコトに及び続けた神無の、その無法ぶりだ。

つまり神無が趣味の悪い下着で萎えないのは、同じく神無の服装の趣味が悪いからではないかと――

そう、神無が取り違えても仕方がない。

確かに神無と双魔は双子で、以心伝心することも多いが、それはぼんやりとした雰囲気のようなものだ。誤解もすれ違いもある。

「誰の趣味が悪い?!オレの下着は普通だろうが、いつも!!」

「ヤンキーなのにふっつーの下着っていうのがちょっと意味わかんないけど、えと、そうじゃなくて、神無っ!」

案の定で誤解して怒鳴る神無に、双魔も負けじと叫んだ。ここの疑問はなんだか、今後のためにも解消しておいたほうがいいような気がしたからだ。

だが、言い返した内容だ。あまり良くなかった。

「たまにおまえは妙に舌が回るようになるな?!それも要らないところでそんなんだから、変なのに目ぇつけられて、いいようにされるんだろうがオレのもののくせに!!」

ぶつっとキレた神無が叫びながら、床に座る双魔に手を伸ばす。

「ええと、だからそれっその、『それ』あの、かん……んん……っっ!」

神無と双子とは思えないほど、小柄で華奢な体格の双魔だ。

軽々と抱き寄せた神無は、時として要らない方向へ非常によく回る双魔の舌禍を止めるべく、乱暴にくちびるを重ねた。