所は引き続き、杉崎家リビングである。インテリアこそ、なにかの平均値を極めようと奮闘するも、収容ブツこと住家族によって最終的には失敗に終わっている、以下略。

洗剤少年の洗濯式ヲト心-02-

きりりとオトコマエな顔(*当社比)になったへきるは、吐き出した。

「今さら言うのもなんなんですが、実のとこ、俺の下着はすべてヘン柄です!」

「なんの主張ぢゃしかもなにゆえ敬語ぢゃ、三等兵か?!」

ある意味、律儀にツッコんでから、がくぽは記憶を漁るように軽く、上目となった。

しかしへきるだ。へきるの――

カイトの下着なら、普段用からコスプレ用まですべてもれなく把握しているし記憶もしているが、へきるだ。

確かに『マスター』ではあるが、だからといってへきるの下着を把握する趣味は、がくぽにはない。ついでに、へきるの下着を記憶するために時間を費やしたり容量を空けてやるのは、きっぱり無駄だと断じる。

ということで。

「とんと覚えておらんの?」

「んぎゃぁ?!って、んぎゃぇわぁああっっ!!

さっぱり悪びれることなく言い切ったがくぽは、そのまま流れるようにへきるのズボンに手をかけ、勢いよく脱がせた。

当然ながら予測もしていなかったへきるは驚声を上げるが、――それが悲鳴に変わったのは、がくぽの勢いが良過ぎたせいだ。

ズボンどころか、肝心の下着まで諸共に脱がせてしまった。

「む。キタナイ」

即座に手を離すとぺっぺっぺと振り、がくぽはぽそっと吐き出す。むしろもう、なんだか無邪気でかわいいくらいの雰囲気で、言い方だった。現状、格好が大草原のいぢめっこ少女であることもある。

しかしもちろん、こういった場合の対応として最悪であることは言うまでもない。

慌てて下着とズボンをずり上げつつ、へきるはちょっぴり涙目となってがくぽを睨んだ。

「がっくんがっくんがっくんっっ!!ヒトのこと脱がしておいて、そのひと言ですかっ断りもなくヒトのオズボーン(→)とパンツー(↑)を突然脱がしておいて、そのひと言で終わっていいと?!」

「どこの国のナニを脱がしたんぢゃ、我は?!」

かてて加えて、未だに敬語だ。

呆れたように腐したがくぽは、相変わらずぺっぺっぺと手を振りつつ、肩を竦めた。促されたひと言を吐き出す。

「ゴメンクダサーイ?(↑)」

なぜ外国訛りで、そのうえ疑問符付きなのか。しかもよくよく考えるにこれは、謝罪ではなく訪問の挨拶ではないか。どこの国の生まれ育ちでやらかす誤解かという話だが。

「よしいいこ、がっくん!!」

「うむ。淀みなく憐れなマスターぢゃの………」

――気がつかなかったのだと思われる。

なにしろへきるは、軽い恐慌状態だった。ジッパーを上げたままかつ、ボタンを嵌めたままのズボンが下着諸共腰に引っかかって二進も三進もいかなくなり、大事なところをなかなか隠せないでいたのだ。これを脱がせたのだから、がくぽの器用さと勢いが知れる

それはそれとして、そうやって『謝罪』として受け入れてくれた鷹揚かつ包容力のあるマスターを、がくぽはとてもやさしい目で見ていた。それはもう、やさしい目だった。

生まれる前から極限的なオタクであり、万年やさしさに飢えているへきるが思わず、顔を上げる程度には。

顔を上げてやさしさの元を辿ったへきるは、とてもやさしい目をしているがくぽに気がつき、ひっと咽喉を鳴らして仰け反った。

強調しておくが、今回のがくぽの目は比喩ではなく、嫌味や皮肉でもなく、真っ向真面目に本気でやさしかった。

「がっくんがっくんがっくんがっくんなにその憐れみの目ちょぉ憐れまれてるけれども俺?!まさかがっくんに本気で憐れまれるとか、もしかして俺の人生終わった?!詰んだ?!」

「主の人生なぞ、始まる以前に疾うに終わって崩れておる。今さら焦るでない」

救いようのないことを言ってから、がくぽはへきるへと手を振った。

「いいから、ボタンを外してジッパーを下ろし、そのキタナイモノをとっとと仕舞え」

「ひと言余計だけど、なんかのナゾがすべて解けた!!」

懇切丁寧に説明してやったがくぽに、へきるはようやくエウレカを叫び、ズボンのボタンを外した。ジッパーに手を掛け、――しかしふと悪寒に襲われ、振り返る。

「じーーーーーーーーー……………」

――リビングの扉に張りついて、中を覗きこんでいる子がいた。

「ひぃっ、黒い黒い瘴気カイト!!瘴気黒いカイト?!ちょっ、カイトが?!どどどどういうこと?!」

カイトといえば、おっとりほややんの代表格だ。加えて言うなら、杉崎家カイトはことに、その傾向が強かった。包み隠しつつ言葉を飾っても、緩み過ぎてどうにかなりそうなほどだ。

そのカイトが、ホラー映画よろしく、瘴気を吹き出しながら扉に張りついている。もしくは、昼ドラだ。一昔前の昼ドラでよくあった、ヒロインと夫との浮気現場を見てしまった本妻が見せる、ホラー一歩手前の嫉妬の――

「ああそっちか?!って、なんで?!」

「さて、なんでぢゃろうの?」

カイトの瘴気の理由に思い当たったへきるだが、わからないのは経緯だ。いったいなににどう反応して、カイトが嫉妬に身を焦がし、瘴気を吹き上げるに至ったのか。

がくぽにしても、心当たりがない。へきるの下着を把握したり記憶したりする趣味がない以上に、がくぽにはへきると『浮気』する義理など、欠片もない。ゆえに今回に関しては、まったくなにもやらかしていないと言い切れる。

そう。

補記するなら、杉崎家カイトはおっとりぼややんさんだったが、がくぽが絡むと途端に嫉妬深くなって、瘴気をまき散らしながらライバルに向かっていくという癖があった。

認識しているライバルが、やはりおっとりぼややんとしているせいで常に多少、ズレているという致命的な欠点はあれ、――

今回の場合、ロックオンされている『ライバル』はへきるだ。マスターだ。大丈夫、カイトは構わない。『だいすきながくぽさん』を取るなら、マスターであってもヤる気満々だ。

実行に移るまでに、おっとりぼややんな傾向が足を引っ張り、ヤる気が霧散して大過なく済むのが常なだけだ。

が、しかし。

「ちょ、カイトえっと、……」

「だからとりあえずその、キタナイモノを仕舞え、マスター」

ジッパーを下げる手前で止まってしまい、結果として未だに『ぶらぶら』させているへきるを、がくぽは無碍に促した。

そのうえで、扉に張りついている子へと手を上げ、ぷいぷいと振って、招く。

「いいところに来たの、カイト一寸、我のそばにおいで!」

「っ!」

呼ぶがくぽの表情はにこやかだ。爽やかとも言う。胡散臭いことこのうえない。

が、招かれたカイトの顔はぱっと輝き、瘴気が消えた。一瞬。

一瞬のことで、すぐにまたカイトはぷくりと膨れたが、瘴気の濃度は確実に下がっている。あと一歩だ。

がくぽは招く手を下ろし、ねこの咽喉でもくすぐるような指先での招き方に変えた。笑みも、爽やかなものから滴るようなものへ、どろりと蕩けさせる。

含み笑う声が、カイトを呼んだ。

「カイト。我に抱かれにおいで?」

「がくぽっ、さぁあん……っ!」

背中を押すひと言に、カイトはあっさり崩れた。ぽわっと目元を染めると、ぱたぱたと駆け寄って来る。

ちなみにカイトは先ほどまで、ぶらぶらさせていた。ちょうど、今のへきるのような感じだ――コート一枚羽織っただけで、下半身をぶらぶらと、フリーダムに遊ばせていた。

が、今は違う。

諸々決着がついて着替えに行って、――思い出したいのは、今日のがくぽが大草原のいぢめっこ少女であるということだ。

がくぽは毎日、なにかしらのテーマを決めたコスプレ、もとい女装だが、カイトは違う。デフォルトの服や、現代的カジュアル服の日のほうが、まだ多い。

しかし時には、がくぽとテーマを揃えたコスプレをする日もある。今日がそうだった。

がくぽには、わかっていた。

『変柄ぱんつでがっくんを萎えさせるなんて、やらせてゴメンねお詫びに、がっくんとお揃いのお洋服を上げるわしかもこの衣装なら、がっくんがまた、カイトちゃんにモエモエむんむんになること、間違いなしよ!』

――おそらくほぼこういった内容のことを母親は言って、今日のカイトをコスプレデイにさせたはずだ。ポイントは『お揃い』だ。がくぽと、カイトのだいすきながくぽさんと、お揃いであると。

さてがくぽは現在、大草原のいぢめっこ少女だ。

対するカイトだ。こちらは正統派の、大草原で主人公を張れる素朴かわいい少女だった。髪は短いままなので、活発な少女という感はあるが、まあ、つまりそうだ。

どちらにしても『少女』だ。がくぽもだが、カイトも男声型――男だが。

「惜しいの!」

ぴょんこと抱きついたカイトを受け止めてやりつつ、がくぽはつぶやく。

がくぽのワンピースが小花柄であるのに対し、カイトは無地のワンピースだった。色は薄水色で、それにがくぽと同じデザインのエプロンを合わせている。

これだけ聞くとよくある『アリス』のコスプレのようだが、母親のテーマは『開拓時代の大草原ほにゃらら』だ。ワンピースにしろエプロンにしろ、型の取り方でうまく大草原化している。

ついでに、この時代のスカートの特徴で、膝を隠せる丈だ。

がくぽといえば、常にスカートであっても足首あたりまで隠す丈なのだが、カイトのスカートとなると、今にも下着が覗きそうな短さなのが常だ。

おかげで今日のカイトは、非常にすんなりとスカートの自分を受け入れていた。じたじたしていない。なぜならスカートの丈が長く、下着も楽に隠せるが、足もいっぱい隠れているからだ。これをして不幸馴れという。

がくぽとしては、カイトのちらちらする太ももや、じたじたする様子も併せて愉しみとしている。ために、確かにかわいいと思いはするが、多少、残念な感は否めないという――

「がくぽさん?」

「下着はどうしたのぢゃ?」

「ぁ……っ!」

ふわりと頬を染めて目を逸らしたカイトへ、がくぽはふっと笑った。抱いていた手を滑らせると、まずは生地の上から撫でる。下着の形を確かめるようにして、がくぽの笑みはますます深くなった。

撫でる手がさりげなく、しかし確かにスカートをたくし上げていき、――

「っぁ、がく……っ」

「ふぅむ……一寸ばかり、時代考証が甘いかののう、カイト……これは主が選んだのか?」

「ぁ、だめ……ゃっ、がく、さ、ゅび、はぃ……っ」

「まだ俺がいるんですがお忘れですかがっくんさんっ!」

真昼間だが、雰囲気がいい感じに爛れ始めたところで、ようやくオズボーン(→)とパンツー(↑)を元の通りに穿けたへきるが叫んだ。敬語だ。そしてさん付けだが、さん付けで呼ぶならそもそもの呼称を改めるべきではないのか。

諸々ツッコミどころの多いへきるを、がくぽはあからさまにうるさげに見た。しつこく註釈するが、へきるはマスターだ。大丈夫、がくぽは構わない。

「空気を読んで、こっそり出ていくというスキルはないのか、主」

「オタク空気読ない!!」

「然もあらん!」

悪びれることもなく、むしろ胸を張って堂々主張したへきるに、がくぽも叫び返した。

確かにそうだ。空気が読めるなら、そもそもオタクなどやっていない。それも極致やら末期やらと言われるような。

叫びつつ、しかもこちらもこちらで悪びれることなく、がくぽはカイトに『触れ』たままだ。カイトはがくぽの腕の中にがっしりと抱え込まれ、肌を真っ赤に染めてあらぬ悶え方をしていた。くちびるからはやんやんあんあんと、かわいいさえずりがひっきりなしに上がる。

空気は読めないものの、目の前で展開されていることは見えるし、意味もわかる。

じりじりと下がって扉という脱出路への距離を測りつつ、へきるはがくぽを睨んだ。

「がっくん、童貞の前でやっていいことと悪いことってのが」

「キタイナイモノに触りかけたからの。消毒中ぢゃ四の五の言うな!」

キタイナイモノというのは、アレだ。へきるのズボンを下着ごと脱がしたときの――

「ひでぇな、がっくん!!」

へきるは叫んだが、実はその酷さをきちんとは理解していない。

ポイントは、『触りかけた』ということだ。つまり、触っていない。触れてはいないのだが、それであっても消毒が必要だと。

しかしがくぽが酷いのなど、いつものことだ。馴れきっているへきるは、ことに取り沙汰することもなく、さっくり流した。空気を読むスキルに対し、スルー能力はオタク必須のスキルだ。スルー能力を磨くことで、空気を読むスキルをさらに退化させていくという意味でも。

一方、それでわずかに理性を取り戻したものもいた。カイトだ。

「んぁっ、そっ、がくぽさんっ!」

「ん?」

嬌声と区別がつかないが、明らかになにかを思い出し、がくぽを呼んだ。

スカートの中に入れた手を抜くことはないまま顔を向けたがくぽを、カイトは蕩けて迫力のない目で――別方向での威力には満ち満ちていた――睨んだ。

「ますっ、ますた、の……ますたの、ずぼん、ぬがし……っ」

「事故ぢゃ」

「ぱんつまで……ぜんぶっ、したっ」

「事故ぢゃ!」

誑かすだの誤魔化すでもなく、あれは真向、事故だった。誰にとっても不幸な。

珍しくも真実を主張したがくぽに、カイトは涙目で、きゅっとしがみついた。

「がく……っ、がくぽさ、が………っぱんつ、ぬがしても、いーの、は……おれ、だけっ!」

「事故ぢゃ!!」

「そうだよカイト事故だって、アレは完全にっがっくん、『そんな気』ゼロナッシングだよ!!」

とうとう三度目を言ったがくぽに、へきるも叫ぶ。

擁護したいわけではないが、誤解は解いておかないとまずい。なにがまずいといって、おっとりぼややんと焦点を間違える瘴気の行方的に。

おっとりぼややんと焦点がずれるので、がくぽもまた、他人事ではない。放っておくと、実は被害が甚大だ。

さすがに誑かす顔になると、ぐずぐずと洟を啜るカイトを見た。

「そうぢゃぞ、カイト。マスター相手になぞ、いくらお色気ぱんつを穿いていようが、そんな気になろうはずがない。ましてや見えたのはキタナイブツぢゃし、しかも本来は変柄ぱんつを穿いておるというし」

「キタナイ連呼すんな、がっくん俺童貞がっくんよりずっときれいぐふぅっ!!」

オウンゴールが華麗に決まった。へきるは床にがっくりと膝を突き、項垂れる。

「き、きれい……きれいくない、きたな………ああでも、童貞のキタナイの方向性はぐふぅうっ!」

「まったくツッコミたくない以前に触れたくもない方向で、衝撃を受けているようぢゃの!」

吐き出して、がくぽはきょろりと目を回した。一瞬で記憶を漁って、未だに四つん這いでぶつくさつぶやいているへきるへ目を戻す。

「心配せぬでもマスターは、『そういう』意味では汚くなかろ。押しかけの専用デリヘルが……」

「ごぶぅっっ!!」

「佳し。トドメた」

珍しくも慰めるそぶりを見せたがくぽだが、やはりがくぽだった。へきるは魂を吹き出して、完全に沈没する。

へきる専用の、頼んでもいないのにやって来るデリバリーヘルスといえば、アレだ。幼馴染みにして腐れ縁、男の娘にして、永遠の十七歳を標榜する、自称職業魔女っこ。

肩書きは山ほどあれ、なにより重要なことは、へきるを相手に次元をも超越するサイコストーカであるという、秋嶋せつら――

「がっくん俺のぱんつ見ろっむしろ見てくださいっ!!カイトは目ぇ閉じててねっマスターお願いっ!」

「どちら方向にネジを飛ばした?!」

「ぇええっ、ぇうぇう、ぎゅぅううううっ、でもでもがくぽさ、ぇうーーーっっ!」

さすがに震撼したがくぽの前で、へきるは勢いよくズボンを下ろした。今回は下着ごとではない。きちんと、下着は身に着けている。

が。

「キタナイ以上に、アタマがおかしいのか、主?!なにゆえそれだけのものを手に入れるスキルがありながら、先のカイトの変柄ぱんつ選びを、母御殿に任せたのぢゃ?!」

元々ツッコミ属性のがくぽだ。常から隙あらばツッコむが、隙がなくともツッコみたければツッコむが、今回は鬼と化した。

それほど、へきるが見せたぱんつの柄は変だった。まともではない。先にカイトが母親に渡された下着もアレだったが、勝るとも劣らない。珍しく、被服関連でへきるが母親に並んでいる。

とりあえず、先の変柄ぱんつを『かっこいい』と歓んでいたカイトに迂闊に見せようものなら、笑劇的な悲劇は必須の代物だ。

がくぽさんが見ていいぱんつは自分のだけ、でもでもマスター『お願い』だしと、腕の中でじたじたしているカイトを力の限り押さえこみつつ、がくぽはへきるを睨みつけて答えを待った。

「ヘンだよな大丈夫だよなヘンだよな?」

「大丈夫なものか。『大丈夫』の意味がわからぬわ、むしろ」

訊くへきるに、がくぽの声は珍しいほど冷たかった。酷いことは言うし、虫けら相手のような目線も向けるが、ここまで冷たい声を出すことは、逆に滅多にない。それだけ衝撃的な柄だということだ。

へきるはしょぼんと項垂れた。だが、がくぽの態度ゆえではない。がくぽの態度が悪いのなど、今さらだ。

そうではなく――

ため息とともに、へきるは自分が穿くぱんつをしみじみと眺めた。

ナエないんだよ、なあ……ぜんっぜん、まったく。これまで、一回も……。一切ちっとも、効果ないんだわあ………あのアクマ、ほんっとまじで、どういう構造になってんの………?!」