「えっ……!」

「妥当なとこでしょ今日はパパもいるし……ねえ、あなた」

お母さんの言葉をきいて、ヒメハナはびっくりして、なんにもいえなくなってしまいました。『頭の中がまっ白になる』ってきっと、こういうことをいうんです。

でもすぐに、気がつきました。

このままじゃいけません。

カイトがキキです!

あわてんぼうさんパンプディング

「タイヘンっ!」

「あら、ハナ?」

ヒメハナはおおあわてでお母さんのおひざから下りて、カイトとがくぽがいる、二人の部屋に走りました。

部屋のそばまで来て、でもすぐにはとびこみません。まずはべたりと、ドアにはりついて中のようすをうかがいます。

「んー、まあ。今日はちょうど、るたさんがいるしね」

「ああ、だな………趣味を疑うようなデザインのと言ったら、得意中の得意だろうな。特にリュウは普段から、おまえに思うことも多いし……。ここぞとばかり、腕に依りをかけて――って、俺がとばっち……ん?」

「だっ、だめよぉおおおおっっ!!」

ガマンできなくて、そこでヒメハナはさけびながら、お部屋にとびこみました。それだけじゃなくて、ベッドにがくぽと並んで座ってたカイトに、ぎゅううっと抱きつきます。

「だめよっ、だめっ、だめだめだめっカイトだめぇえええっっ!!」

「ま、マスター?!どうしたんですか、今日はご両親が帰っているから、そちらと……」

「だって、だってママがっママがっ、カイトが、ぱ、パパのぱんつ、はこうとしてるってパパの…っ!!」

ヒメハナはちゃんとセツメイしたかったのに、カイトにぎゅうってして、カイトにぎゅうってしてもらったら、勝手にハナの奥がつーんとなって、なみだ声になってしまいました。

ぐずぐずとハナをすすって、べそべそして、うまくセツメイできないヒメハナを、カイトはおひざに抱っこしてくれます。ぽんぽんと背中をたたいてくれながら、カイトは顔をあげました。

「きぃ~わぁ~……?」

「いやぁね、あなた止してちょうだい。どこからどうやって出してる声なのよ、それ?」

よばれてこたえたのは、ヒメハナを追いかけてきたお母さんです。

ぐずぐずしながら顔を上げたヒメハナに、お母さんはこっそりウインクしてくれました。ヒメハナには怒ってないわよって、いうことです。

すぐにカイトに顔をもどすと、お母さんはぎゅうっと眉をしかめて、怒り顔になりました。両手をおっきく広げて、はねみたいに上下にふります。よく、えいがとかで外国のひとが、やってるみたいな感じです。

「ハナに、『変柄おぱんつ大作戦』ってなあにって訊かれたから、あたしは説明の足らないあなたたちに代わって、答えただけだわ。『大したことじゃないのよ、カイトがヘンな柄のぱんつを穿くだけのことだから』ってね!」

大声でいってから、お母さんはちょっとだけだまりました。ぷいっと、カイトから顔をそらします。

「ついでに、『趣味の悪いヘンな柄のぱんつって言ったら、パパに頼るのがいちばんでしょうね』って」

早口でいって、お母さんはまた、きっとしてカイトを見ました。

「でも、それだけだわ。どうよマイアンジェの情操教育に悪いことなんて、ひとっことも言ってないでしょっ?!我ながらうまくぼかしまくって、説明しきったものだわ!」

「まあ、そうかも……だけど」

ぎゅうっと、しがみつく手を強くしたヒメハナを、カイトは困ったように見ました。今のお母さんのセツメイからだと、なんでヒメハナがべそをかいたのか、よくわからないみたいです。

今日は、いつも外国にいるお母さんとお父さんが、おうちに帰って来ました。

お母さんとお父さんがおうちに帰って来ると、カイトとがくぽはヒメハナをふたりにあずけて、ふたりでしかできない、オトナのご用事っていうのをかたづけることにしています。

それで今日は、ちょうどいいから『変柄おぱんつ大作戦』っていうのを、やるって。

でも、なんだか変な名前のそれがどういうご用事なのか、カイトもがくぽも教えてくれませんでした。オトナのご用事なのだし、ヒメハナがあんまり聞かないほうがいいのかもしれませんけど、――

だってとっても、ヘンな名前です!

とってもとってもヘンで、とっても気になったので、ヒメハナはナイショで、お母さんに聞いてみたのです。

そしたら、そしたら……!

なんでカイトは、わからないんでしょうこんなに、こんなにタイヘンなことなのにっ!!

でも、ヒメハナが泣きながら口をひらくより先に、となりに座っていたがくぽがぶはっと思いっきり、吹きだしていました。

「妻公認か、リュウタカコが、それでもおまえに愛想尽かししない、頑強な精神の持ち主で良かったな?!」

「一寸、あなたね……『頑強』とか『精神』とかじゃなくって、愛っておっしゃい、『愛』って。確かにるぅは、父親としてはアレだけど、夫としてはつつき甲斐があって飽きなくて、かなり面白いのよ?」

「ぅっ、うぅっ、ぅうう~~~~~っは、ハナぁ、ハナぁあ~~~~……っ!」」

笑うがくぽに答えたのは、お母さんと、お母さんの後ろで扉にしがみついて泣いていたお父さんです。

カイトのヒメハナを抱く手に、ちょっと力が入りました。ヒメハナもちょっとうれしくなって、カイトにぎゅってしがみつきます。

そうしたら、お父さんの泣き声が、さらにおっきくなりました。

「そんっ、そんなに、そんなにカイトが好きかぁ~~~っ大事なのかぁあ~~~っ!!パパのぱんつ、だめなのかぁあ~~~っっ!!こうっ、こうなったらもう、腕によりをかけた、とっておきをっ」

「だっ、だめっだめったらだめっカイトがパパのぱんつはくなんて、ぜったいにだめっ!!いやっ!!」

ヒメハナは、お父さんのことがキライなわけではありません。でも、カイトとお父さんとどちらが大事でだいすきかってきかれたら、カイトのほうです。そんなのぜんぜん、くらべものになりません。

でも、そういうことは内にしまって外ではいうなと、それがいいオンナの条件だとがくぽにいわれるので、お父さんや、ほかのひとにはいいません。

いいませんけど、ヒメハナはカイトのほうがずっとずっとずーーーっと大事で、だいすきです。

そのカイトが、お父さんのぱんつをはくなんて。お父さんがはいたぱんつを、はくなんて……!

「あー……なんか、わかりました。えっと、マスター。たぶんちょっと、誤解が……」

「かっ、カイト?!」

困ったみたいに笑うカイトに、ヒメハナはガクゼンとしました。

だって、この感じ……!

カイトはきっと、お父さんのぱんつをはくのが、いやじゃないんです。ヒメハナはこんなにこんなにいやなのに、カイトは平気なんです。

「カイト、そんなにパパのぱんつ、はきたいの?!はいてみたいの?!なんで?!」

「あの、いえ、マスター。だから、誤解が……」

「どうして……っ!」

きいてみましたけど、カイトはヒメハナがワガママをいっていて、ききわけなくて困ったっていうふうに、ほわほわ笑っています。

やっぱりです。

カイトは、いやじゃないんです。お父さんのぱんつ。

このままだと、カイトはお父さんのぱんつをはいてしまいます。お父さんがはいたぱんつを、カイトが……!

カイトがいやじゃないなら、ヒメハナがとめるのは、ヒメハナのワガママです。

カイトはいっぱい甘えてくださいっていうけど、だからってあんまりミサカイナクワガママをいうのは、いいオンナではないぞと、がくぽはいいます。いいオンナっていうのは、ワガママのいいどころを知っているものだって。

ヒメハナはまだ、『ワガママのいいどころ』っていうのが、よくわかりません。だからこれが、いいワガママなのかワルイワガママなのか、わかりません。

わかりませんけど、どうしてもどうしても、いやで、だめです。

カイトが、お父さんのはいたぱんつを、はくだなんて!!

「こ……っ、こう、こうなったら………サイゴノシュダンだわっ!!」

カクゴをきめて、ヒメハナはきっと顔を上げました。

「あの、マスター?!ちょっと落ち着いて、俺の話を……っ」

「おや。マスターがヤる気だ。誤解なんだが」

「珍しいわね、万事おっとりさんのハナがこんなに燃えるなんて……そんなに厭なのねえ、大好きなカイトがパパのぱんつ穿くの。誤解なんだけど」

「ぅううぅうっ、ハナっ、ハナぁあ~~~っパパっ、パパはこんなに、こんなにこんなにハナのことを愛しているのにぃいっ!」

みんながなんだかいろいろいっていましたけど、ヒメハナの耳には、はいりませんでした。きんちょうして、心臓の音がどっくんどっくん、ものすごく大きかったからです。

ヒメハナはがんばってカイトのひざから下りると、せなかをびしっとのばして床に立ちました。きっと、カイトを見ます。

カイトはなんだかとっても困ったみたいにおろおろしていましたけど、ヒメハナはココロをオニにしました。

カイトをびしっと指さすと、叫びます。

「かっ、かいちょっますっ、まっ、ましゅたー、めいれいっ、ですっっかいちょはパパのぱんちゅはいたら、ぜっったいにっらめっっ!!」

「はいっ、マスター!」

カイトがびしっと背中をのばして、こたえます。それからはっと我に返ったみたいになって、身を乗り出してきました。

「だからマスター誤解……っ」

「ああ、マイアンジェ伝家の宝刀抜いたわねえ、誤解で……」

「ふむ俺が記憶するに、これがマスター初めての『マスター命令』ではないか誤解だが」

「がくぽっ!!」

なんだかのんびり、お母さんと話しているがくぽも、ヒメハナはびしっと指さしました。

「がくぽもよっ!!マスターめいれいっっ!!」

「ん俺もかまったく今回は、とばっちり……」

がくぽがなにかいってましたけど、ヒメハナはやっぱり、ココロをオニにしました。

オニになってココロの耳をふさいで、がくぽにめいれいします。

「がくぽは、カイトにパンツ、はかせたらだめよっ!」

「あ?」

がくぽはカイトみたいに、ちゃんと返事をしてくれません。だからヒメハナはちょっと不安で、もういっかい、叫びました。

「がくぽは、カイトにぱんつをはかせたら、ぜっったいに、ダメっっ!!マスターめいれいっ!」

「……あ?」

それでもやっぱりちゃんと「はい」っていってくれないので見ていると、がくぽは首をみぎにひだりに、こきこきとかしげました。いっぱいいろいろ、考えているときのしぐさです。

それから、ぽつんとつぶやきました。

「……ふぅん、なるほどそうキたか?」

「あの、だからマスターちょっと、落ち着いて……!」

おろおろしたカイトがベッドから立ち上がって、ヒメハナの前、床にすわろうとしました。

そのカイトの腰を、がくぽが後ろからがっしりとつかんで、自分のひざに座らせます。

「「え?」」

「致し方あるまい?」

びっくりして振り返ったカイトに、がくぽはこっくりとうなずきます。とってもまじめな顔でした。

でもなんだか、なんていうか……手が、カイトのズボンをぬがそうとしてるみたいに、みえます。

「ちょっ、なにしてんの、がくぽっ?!マスターがいる…」

「だからその、『マスター命令』ゆえな?」

「はぁ?!」

ズボンをぬがそうとするがくぽと、ぬがされないようにするカイトと。

ヒメハナはなんでこうなったのかわからなくて、きょっとんとして、がくぽとカイトを見ているだけです。

だって、ヒメハナはがくぽに、カイトのズボンをぬがしてなんて、めいれいしていないです。カイトにパンツをはかせないでって、いったはずです。

「ああなるほど、そういう……」

「ママ?」

お母さんがぽんと手をうって、わかったみたいにいいました。振り返ったヒメハナに、お母さんはにっこり笑います。こしをかがめて、ヒメハナに手をのばしました。

「ヤるわね、マイアンジェほら、ママのとこにいらっしゃい。ちょっとこれから、あんたの情操教育に悪いことになるから、出るわよ。つくづくと今日、あたしたちが帰ってて良かったものよねえ!」

「えママカイト、ぇと、がくぽが………え??」

なんだかお母さんは、ヒメハナをホメてくれたみたいです。でも、なにをホメてくれたのか、ヒメハナにはちっともわかりません。

困ってうごけないヒメハナを、お母さんはよいしょっといって抱っこしました。

ヒメハナもなんだか、たぶんきっと、このままカイトとがくぽの部屋にいてはいけないんだろうなっていうのは、わかります。カイトはがくぽとケンカしてるとき、ヒメハナに見られることを、とてもいやがりますし。

でも、でもでも、でも。

「がくぽっほんっとなに考えてんのっ?!いい加減にしないとっ!!」

「だから、そう言われてもな、カイト仕方なかろうが。マスター命令だぞ『カイトにぱんつを穿かせるな』と。おまえも聞いただろうが、そう、はっきり。なあ、マスターマスターもだそう言っただろう?!」

「え、えと、うんいったわいった………けど」

なにかがちがうような気が、するんです。ヒメハナはたしか、カイトにお父さんのぱんつをはいてほしくなくて、なんとかして、やめさせようとして――

迷うヒメハナに、がくぽはとってもいじわるに、にっこり笑いました。ひざの上であばれるカイトとヒメハナを、そのいじわるな目で、見くらべます。

「いいのか、マスターカイトが、リュウの……」

「だめっそれはだめっだめだめだめよっ!!カイトはだめっ!!ぱんつはいちゃだめっ!!がくぽっ、ガンバるのよっ!!」

おおあわてで、ヒメハナは叫びました。

それはだめです。もちろんだめです。

なんだかギモンでしたけど、がくぽがヒメハナのめいれいをちゃんとわかってくれて、がんばってくれているというなら、ヒメハナはがくぽを応援します。

そのがくぽとヒメハナを交互に見たカイトが、ぱっと目をまるくしました。

「っ、ああそういうこと?!って、ちょ、がくぽ……っ!!」

「わかるだろう、カイトーマスター命令だからなあー俺が好きでたのしーく、おまえを脱がせているとか、誤解もいいところだぞー?」

「んなにをしらしらとぉおっ!!『好きでたのしく』でしょうがぁあああっっ!!」

なんだかカイトの抵抗が、強くなったみたいな気がします。

一度はナットクしたヒメハナですけど、なんだか不安になってきました。

やっぱり、だめな、ワルイワガママだったんでしょうか。ワガママのいいどころを、ヒメハナはまちがえて、それでカイトは怒っているんでしょうか。

「えと、ええと、えええと……っ」

「さあてと、ハナあんたは席を外しましょうねえマイアンジェの情操教育に悪いことしかもう、起こりようがないし……だからカイトも、あんなに抵抗しているんだしね。あんたが見てなけりゃ、あんたの教育に悪いってこともなし、カイトも安心して、がくぽの言うなりになるわよ!」

「えと、ほんとほんとに、ママ?」

おろおろと、お母さんとがくぽとカイトを見たヒメハナに、お母さんはにっこり笑いました。ぎゅうっと、ヒメハナを抱きしめてくれます。

お母さんはお母さんですから、女のひとで、とってもむねが大きいです。そうされると、なんだかむにゅんとしてやわらかくって、カイトとはちがうと思いました。

もちろん、いちばんすきな抱っこは、カイトです。それはぜんぜん、かわりません。でも、にばんめは、がくぽとお母さんと――

どっちも、にばんめにだいすきな抱っこです。それってちょっと、よくばりかもしれません。

でもがくぽはいっつも、いいオンナはちょっとよくばりなくらいがいいって、いいますから。

「さてと、ハナ。ママといっしょに、お風呂にでも入りましょうか。それで、そうねおっぱいがおっきくなる体操を教えてあげるわいいこと、ハナ。自分はまだちっちゃいからなんていって、油断しないことよ。こういうことは、早めはやめでやっておくのが大事なの。今のうちからやっておけば、将来有望よいい女間違いなしね!」

「ほんと、ママ?!」

お母さんの言葉に、ヒメハナはすっかりいろいろな心配が飛んでしまいました。

だって、そうです。カイトはヒメハナのことをいっつも心配していて、それでがくぽに、アマノジャクにすることがありますし、たぶんきっと、今回もそうなんです。

だから、ヒメハナがふたりっきりにしてあげたら、ぜんぶ、うまくいくし……ヒメハナも、いいオンナに近づけるし、いいことだらけです!

「はいるわ、ママとオフロ!」

きゅっとお母さんに抱きつくと、お母さんもまた、きゅうっとヒメハナを抱きしめてくれました。

「きっ、きぃちゃんきぃちゃんっ、俺、おれもハナちゃんといっしょに、おふろ……っ」

その足元から声を上げたお父さんに、お母さんはやっぱり、にっこりと笑いました。

「あのね、るぅ。あたしはほんっっとにあんたのこと、愛してるわでもね――ハナに指一本でも、触れてご覧なさいその指、捻るわよ」