ぺけ×ぺけ

メイコのマスターである未那は、服飾系専門学校に通っている。

――と言うと、大抵「ああ、未来のデザイナーさんね」という反応が返って来るが、少し違う。

未那が目指しているのは、パタンナーだ。デザイナーが作成したデザイン画をもとに、パターン、型紙を起こす。

初めは未那も、デザイナー志望だった。しかし専門学校に入り、パタンナーの授業を経験し――結果、彼女はパタンナー専攻に変わった。

友人や親戚などは驚いたり、デザイナーの夢破れて……などと同情したりしたが、違う。

未那の性格や嗜好とパタンナーの仕事というものが、合致したのだ。驚くほど相性が良かった。

パタンナーというものの役目を知れば知るほど、そして親しければ親しい者ほど、彼女がパタンナー志望へ転向したことに、あっさり納得した。たとえば、未那の兄の十波や、所有するロイドであるメイコ――

いや、前振りが長くなった。

言いたいのはつまり、未那はそもそも服飾系の専門学校生で、日々、斬新なデザインのファッションに囲まれている、いわばセミプロだということだ。

というわけで。

「『不可』です~」

「ちっ!」

『なえなえ変柄おぱんつ大作戦』に参加するべく、メイコが用意した『変柄ぱんつ』(*註:『パンティー』ではない。『ぱんつ』だ)を見た未那の判定は至極冷静で、かつ、辛いものだった。

しかもその判定理由には、『大好きなメイコさんに、なえなえヘン柄ぱんつを穿かせるなんてぷんぷん!』という、色めいた感情からの反抗心や抵抗は、一切ない。

あくまでもファッションに関わるものとして、業界に携わるものとして、たとえ学生であっても譲れないところからだ。

ある意味、さらに深く重く、ツライ。

「まずですね~……TバックOバック、紐パン等々、単純に『形』だけとっても、『ヘン』、つまり一般的ではないと称される下着は多いですけど、これはどこでもよく、見る型ですよね~オーダーや下着の専門店のみでの取り扱いということではなく、ご近所のショッピングモールやコンビニでも買える、いわば汎用型です~。誰でもひと目見れば、『これはぱんつです*定型文*』と答えられますよね~。じってん」

「10点っ……」

ところは未那の部屋だ。

しかし主である未那が床にちょこなんと正座しているのに対し、メイコは未那のベッド、それもど真ん中に膝を組んで腰かけていた。どう見ても考えても、メイコのほうが偉そうだ。

その状態でも未那は特に気にすることもなく、メイコが用意した変柄ぱんつを評価していく。口調こそ、いつもとまったく変わらずにおっとりぼややんとしているが、点数は辛い。

忌々しさを隠しもせずにかしりと爪を噛んだメイコに構わず、未那は裏に表にと返して、描かれた柄を再度確認する。こくりと頷くと、再び口を開いた。

「それで、『なえなえ変柄おぱんつ大作戦』の主題である、肝心のガラですけれど……はっきり言って、思いきりが足らないです~。『中途半端なピカソ』ですね。前衛芸術家気取りの作品の、あるあるです~。原色で補色を使えば~という発想が安易ですし、その使う色の選択も含め、原色補色も結果、全体を通して見たときに無難に治まるよう、配置されてます。それから……」

――中略。

たかが学生と、侮ることなかれだ。

ことファッションとなれば、言うべきことは山ほどある。プロから見れば、その評価や着眼点に多少の甘さがあったり、マネジメントまで含めて考えたときに現実離れしていたりもする。

が、まったくの考えなしで、曖昧に流されて目指している道ではない。

日々の生活で目にするものは、=で教材だ。常に分析にかけ、念入りに評価し、己の中に少しでも蓄えを増やそうと奮闘する。それはむしろ、業界を囲む超えられない壁を知ったプロなどより、余程に貪欲に、辛辣に――

「で?」

うんざりとして、メイコはベッドに半身を倒した。疲れ切って濁る瞳に、評価を終えてぱんつを膝に置いた未那を映す。

「結局これじゃあ、あんた、萎えないってことね?」

「『不可』です~」

結論を確認したメイコに、未那は初めと同じ評価を返した。返してから、無邪気な笑みを浮かべる。

「でも、ある意味では『ナエ』に違いないですよこの程度でヘン柄を称するなんてって」

「そっち方向のナエは、求めてないの!」

きっぱり言ってから、メイコは太腿をもぞもぞと蠢かせた。片手で、めくれかかっていたスカートの裾を引っ張る。あまり意味はないしぐさだ――メイコの好むスカートはとても丈が短く、きれいな足のほとんどが常に見えている。動き方を間違えると、すぐにも下着が覗きそうな代物なのだ。

裾を直しつつ、メイコは軽く目を眇めると、にこにこ笑って上機嫌な未那を睨んだ。

「まったく……やっぱり最初っから、あんたに選ばせときゃ良かったわ。なんだかとんでもないのを選びそうだから、わざわざ自分で苦労したけど、骨折り損もいいとこよ!」

「え、だって、穿くのはメイコさんですよねいくら私でもそんな、とんでもないものなんて……」

「自覚が足らないあんたはそのつもりでも、こっちにはとんでもないのよ!」

そもそもの基準が違うんだからとぼやき、メイコは体から力を抜いた。

転がるのは、未那が普段寝るベッドだ。

カバー類の洗濯もこまめにしているし、日に干すということもやっているが、やはり『未那』のにおいがする。

甘くて、やわらかで、――

『マスター』の香りだ。

全身が『マスター』にくるまれている感覚は、ロイドにとってはひどく安心する瞬間だ。

どうしても心が和んで解けるし、だからメイコは、未那のベッドに転がって本を読むだのといった、くつろぐ時間を過ごすことが好きだ。

「……参考までに聞くけど。あんたがこれまで、いちばんヘンだと思った下着って、どういうのだったの」

「これまでにいちばん、……ですか?」

だらけきったメイコが放った問いにきょとりとしてから、未那は上目になって考えこんだ。

真剣に考えている証拠に、鼻の頭に皺が寄っている。問いを放ったメイコはだらけきっているというのに、マジメな『マスター』だ。

指を当てて皺を伸ばしてやりたい気もするし、なんだかかわいいから、ずっと見ていたい気もする――

自堕落にベッドに懐き、メイコはそんなふうなことをぼんやりと考えながら未那の結論を待った。

ややして未那の視線が、メイコに戻る。きっぱりと、言った。

「『のーぱん』です~」

「は?」

とろりと蕩け出していたメイコの目だが、未那が出した予想外にも予想外に過ぎる答えに、ぱっちりと開いた。

驚愕とともに未那を見つめ、上から下から観察して、もう一度、つぶやく。

「は?」

「『のーぱん』です~」

聞き間違いかと思ったが、そうではなかった。

のーぱん――ノーパンツ、下着を穿いていないことを示す造語で、俗語だ。そう、『下着を穿いていない』。

それは『変柄ぱんつ』だろうか。いやそもそも、『ぱんつ』だろうか?

「『ノーパン』?」

眉間に皺を刻んでつぶやいたメイコへ、未那はこっくりと頷いた。

「そうです、のーぱんです~。だって、ヘンじゃないですか~。のーぱんって、だってもう、下着の一形態みたいな表現をされてますけど……でも実際、下着はなんにもつけてないわけですよねだから、下着としての形態らしい形態なんてないわけですけど、でも下着の一種みたいに語られて、『のーぱん』って言ったら誰でもすぐ形態がわかる的な、いわば市民権を得ているんですよ~ぐるぐるコンランで、ヘンです~!!」

「ちょ……っアタマいたいいたい………っ」

未那は余程、腹に据えかねるものがあるのか、珍しくも熱弁を振るってくれる。しかしなんだか、ぐるぐる回るような説明だ。

メイコも釣られてぐるぐると思考が回り、眉間を軽く抑えた。

ことはそこまで複雑ではないはずだ。単に『穿いていない』というだけのことだし――

「ああ、でも、それならちょうどよかったわ。あたし今、ノーパンだし」

「え?」

ぐるぐる回った挙句に口走ったメイコに、未那の動きがぴたりと止まった。メイコは気がつかない。未だに思考と視界をぐるぐるさせている。

床に正座したままの未那は、無邪気なしぐさで首を傾げた。

「メイコさんそうなんですか穿いてないんですか、ぱんつ?」

「そうよ。あんたが『合格』出したら、それを即座に穿いて即行で終わらせてやろうって思ってたから。変な間を持たせるとあんた、ロクでもないんだもの。すぐに穿けるように………ん?」

そこまで言って、メイコもなにかに気がついた。なにか、自分がひどく余計なことを口走ったような――

メイコは胡乱な目になると、無邪気に小首を傾げている未那に視線をやった。

「あのね、あんた。一応、訊いておくけど……今の、『まんじゅうこわい』じゃないわよね?」

「まん……なんですか、メイコさんおやつですか固いおまんじゅうおまんじゅうはやっぱり、やわらかいほうが……」

「この物知らずの駄マスター!」

「ぁたっ!」

訊き返してくる未那の頭を軽く払い、メイコは体を起こした。いや、正確に未那の言葉を考えると、まったくもの知らずというわけではないのだが――

起きたメイコは、どうしてもずれるスカートの裾を押さえ、足らずに引っ張った。

だから、メイコのスカート丈は短い。動きを少しでも間違えると、そう。

つまり、そうだ。

「まあ、いいわ」

「まあいいです」

異口同音に言って、メイコは覚えた予感にひくりと固まり、未那はにこにこと笑いながら腰を浮かせた。

いや、――未那の笑みはにこにこというか、曰く表現し難い。少なくとも、先までの単純な無邪気さは失われている。

そして手がわきわきしている。未那の手が、両手が、わきわきと。わきわきわきわきわきわき………

「マスターちょっと、………ねえあんた、」

「とりあえず、メイコさんイベントに参加ですぅ~!!『なえなえ変柄おぱんつ大作戦』開始ですよぅうさあ、見せてください、メイコさんのヘンな下着のーーーーーーぱんっっ!!」

「のーぱんは下着じゃ……っしかもちっともナエてっていうかあんた、やっぱり『まんじゅう』ね?!『まんじゅうこわい』だったわね?!よくもっ……」

「固いおまんじゅうはよくわかりませんけど~、ハダカの王さまなら、小さいころからよく知っていますよ~大好きなお話です~!」

「固いじゃなくて、こわ……ってか、誰がそんなは………っっ、や、ゃんっ、まって、ちょっ、まち………っ、ひぁあああああんっっ!!」

未那は小柄だ。

そして人間で、メイコはロイドだ。確かに『マスター』相手だが、その気になればメイコのほうが余程に力強い。

しかし、びっかんびっかんに目を光らせて迫る未那の、わきわきわきわきとする手から逃れることはできず――

後日。

――小さいころからやっぱり、ファッションへの興味が強かったんだよな、たぶんきっと。

未那の兄である十波がそんなようなことを言い、疲労困憊したメイコをさらにぐったりさせた。