Bravers in the XXX

男四人で住むにはきつきつきゅうきゅうの広さである、1LDKのアパート――その唯一の居室である畳敷きの部屋に向かい合って座ったがくぽとがくの間には、問題のブツが置かれていた。

ただ置かれているだけではない。客用の、ちょっとだけきれいな座布団に鎮座ましまして、いわば賓客扱いだ。変柄ぱんつの分際で。

そう。

変柄ぱんつがここにある。

近所の商店街にある衣料品店で店主に相談し、『それならこれがピッタリ☆』などと勧められて購入したものだが――商店街の底力を知っていたつもりのがくぽとがくだが、まだ甘かったと認識を改めた。

それくらい、変だった。それはもう、変だ。ぱんつ単体であるだけでなにかを吸い取られ、ぐったりしてくる。

が、さらにはこれをカイト――がくぽとがくの嫁が穿くのだ。がくぽとがく、二人の亭主を萎えさせるために。

「言っても、兄者。スラックスごとひと息に脱がせてしまえば、下着など目に入ることもない。問題は解決だ」

『ナエ』回避のための解決策を提案した弟に、兄は物憂げに細めた目を向けた。

「弟よ……『我ら』にとっては、確かに解決かもしれん。しかしどちらかというなら、禁じ手だ。きっと嫁は怒るであろう……『なんだっておまえたちはそう、勢い任せなんだ、なんでもかんでも情緒ってもんがない!!』と」

がくぽは最後の予想されるセリフを、ボーカロイドとしての能力を無為に費やし、カイトの声真似でやってのけた。

が、その評価はとりあえず置くとして、予想自体はきっと、正しいだろう。

「ふむ」

提案を却下されたがくは、顎に手をやって考え込んだ。

「目に浮かぶ。兄者、上達なされたな。七点」

「うむ、弟よ。しかし奢ることなく、さらなる精進を誓おう。いずれ目指すは遥か高み、百点満点の境地だ」

厳かに宣誓したがくぽに、がくはにやりと笑った。いつもは兄に従順な弟だが、今はそこはかとなく、『がくぽ』シリーズらしい負けず嫌いが覗いている。

「応よ、兄者。我とても負けぬぞ」

「ふっ……」

「ふふっ!」

まったくとりあえずとしないまま、しかもなにかしらのドラマ的なものが展開されているようだ。

そしてどうも、がくぽのカイト声真似は、まったく『真似』と言えないレベルらしいことも、なんだか判明した。おそらく、奢るの奢らないのの境地ではない。

それでなぜこうも、前向きに明るくどや顔なのか。

悩ましい兄弟だが、言うなればどうでもいいことだ。本題からずれずれにずれている。

これはいつものことで、二人で放っておくと、どこまでもどこかへ脱線してしまうのががくぽとがくだ。普段であれば、マスターやカイトが間に割り入って話を戻すのだが、今、マスターはいない。そしてカイトも――

そんな救いのない状況であったが、思い出してほしい。

本日ここには、二人以外に変柄ぱんつが居座した。

変柄ぱんつの分際で、小生意気にも来客用座布団に鎮座なさる、賓客だ。ちなみに座布団を用意したのはがくぽとがくだが、なぜと訊かれても困る。今回のイベントの主役の一端であるからとか、おそらくそんなことだろうが、彼らの思考は計り難い。

計り難いのでそこは無視し、だからこの賓客だ。

いわば単なる物体に過ぎないというのに、存在感の主張が半端ではなく、とてもではないが無視しておけない。

仕方なく、がくぽとがくは座布団に居座す変柄ぱんつへ、再び視線をやった。

変だ。とても。

これを、かわいいかわいい嫁が穿くのだ。愛して止まない嫁が穿くのだ。ヤる気漲ってスラックスを下ろすと、このぱんつが今度は、嫁のコカンに鎮座――

「兄者、考え方を変えてみてはどうであろうつまり、こうだ。この下着を身に着けた嫁が、我らの目の前に現れるのだ。この下着のみを――ああ、否。下着と、コートくらいにしておくか」

「なんだ、弟よ?」

検討しながら口に出すため、文脈が飛んで判読しにくいがくに、がくぽは胡乱な目を向けた。

自覚もあるのだろう。もごもごと口の中で言葉を転がしてまとめてから、がくは兄へと顔を戻した。

ぴっと、人差し指を立てる。

「この下着を穿き、上はコートを羽織っただけの嫁が、我らの前に現れる。それも、得意げにだ。そしてさらに、非常に得意げに言う。つまり、自分の思いつきがうまくいくものと信じて疑わぬ、純真無垢な心映えでということだが――『いくらおまえたちがおばか亭主だって言っても、これで今日は、僕にイタズラなんかする気にならないだろう大人しく、いい子に過ごすよな!』と」

「………っ」

切れ長の瞳を見開き、がくぽはがくを見た。生き生きと語る、弟を。その声真似のレベルは――

がくぽの右手が上がる。がくの右手も上がった。ぱんと、打ち合わせる。

「「アリだ」」

同意して、がくぽとがくは打ち合わせた手をぎゅっと握り合った。声真似の評価など、すっ飛んでいる。もはや逃避の必要性などないからだ。

先とは打って変わり、二人は興奮の面持ちで座布団上の変柄おぱんつを見た。

「意気揚々と変柄ぱんつを穿き、無謀にも下着姿を見せつけに来る嫁!」

「我らが思う通りになると、きっといい子になると信じて疑わぬ、あまりにも愛らしい心映え!!」

口々に言い立てると握り合った手を解き、がくぽとがくは競うように座布団上のぱんつを掴んだ。二人で固くきつく、ぎゅっと握りしめ、台所を振り返る。

そこには件の、カイトがいた。エプロン姿で、片手には包丁を構える、料理中のかわいい愛しい嫁が。

「おまえたち、………」

片手に包丁を構え、壮絶に眉をひそめて見返してくるカイトにも、がくぽとがくがめげることはない。期待に爛々に輝く瞳で、ぱんつを握り締めた手を突き出した。

「というわけで、さあ穿け、嫁!」

「むしろ穿いてください、嫁!!」

いっそ無邪気とすら言える様子で強請る亭主二人に、カイトは持っていた包丁をだんとまな板に突き立てた。

ずかずかと歩いて来ると、がくぽとがくの頭を素早く掴む。

「このおばか亭主どもイベントの内容、理解してないだろう?!こーふんしてどうする、こーふんしてナエろ!」

「がっ!」

「ごんっ!」

二人の額を容赦なく打ち合わせたカイトは、すぐさま手を離すと腰に当て、ぷんと横を向いた。痛みにうずくまるがくぽとがくを、横目の涙目でちらりと睨む。

「でもナエたら泣く。っても、おまえらはナエないだろうけど、もしかしてナエられたらヤだから、ぜっっったい穿かない。あと、あと、あとっ………」

言い募り、カイトはぐすんと鼻を啜った。ぺしょんと、頭上のねこ耳を寝かせ(*註:幻覚)、吐き出す。

「あと、ひとのこと『嫁』呼ぶな。いつまで経っても学習しない、おばか亭主ども……っ!」

「すまぬ、カイト!」

「泣くな、カイト!」

「ふわっ?!ゃ、んん……っ!」

あっという間にありとあらゆる意味で立ち直った亭主どもは、べそを掻くカイトの足を払い腕の中に抱え込むと、交互にくちびるを降らせた。顔だけでなく、全身隈なく――