位置のアクマ

常に朗らかしくすべての『難事』を躱すキヨテルだが、今日は暗かった。それはもうちょっとばかり本気で、暗かった。

生徒会室に置かれたソファに座っているのだが、項垂れ過ぎて、うっかりすると体がめりこんでいきそうだ。

「えっとぉ、……せんせー?」

「なあ、おい……」

自他ともに認めるキヨテルのお気に入り、リンとレンも、さすがに声を潜めていた。ソファの前に遠慮がちに立ち尽くすばかりで、いつものように膝に乗り上がることもない。

といっても、原因はこの双子だ。

この二人が、あろうことか『なえなえ変柄おぱんつ大作戦』とか言い出した。

そして迷うことなく断言可能な『変柄ぱんつ』を穿いて、キヨテルに見せつけたのだ――ちなみにキヨテルは高等部の教師で、お気に入りの中等部の双子、リンとレンは、だから中等部在籍の生徒だ。

生徒が変柄とはいえ、教師におぱんつを見せつけて良いわけがない。

が。

「実のところ………」

深いふかい、内臓まで出て来そうなほどに深いため息を吐いて、キヨテルは重い口を開いた。

「こういうことは、あんまり言いたくないんですが。だってなんというか、こう……邪道感ええ、邪道感的なものが、こう……っ!」

「テルせんせっ、だいじょーぶよ!」

わなわなと震えるキヨテルの手を、身を乗り出したリンががっしと握った。年頃少女とはいえ子供らしい、きらきらしい無垢を宿した瞳で、信頼とともに教師を見つめる。

「『ろりしょたに萌え萌えな学校教師』っていう時点でもう、救いようもなく邪道っていうか、むしろ外道だし!」

容赦はなかった。

「リン………反論も擁護もなんもねえけど、りーんー……」

傍らに立っていたレンだが、勇気あり過ぎる双子の姉妹に若干、足を引いた。

しかしすぐに我に返って足を戻すと、半ば八つ当たりも含めてキヨテルを睨みつける。

「つか、言い淀むとか、今さらじゃね言い淀んだり言い繕ったりするべき場面って、結構他になかったか?」

たとえばキヨテルがまだ、初等部の教師であったころだ。理事長に呼び出され、『キミが萌えなくなる年齢っていくつなの?』とか、真顔で訊かれたときなどのことだが。

しかしレンのこの皮肉には、キヨテルはむしろ無邪気な表情ではてと、首を傾げた。

「そこはまったく心当たりがありませんが」

「「そうだろうと思った!!」」

双子のシンパシーというわけではなく、リンとレンの声が揃った。そういう人間なのだ、キヨテルは。

呆れる二人の視線に構わず、キヨテルは覚悟を決めるようにぐっと、拳を握った。撓んでいた体も起こす。

「確かに外道も邪道も今さらと言われれば今さらですので言ってしまいますが、リンちゃんレンくんありがとう!」

「えー、せんせのためだもん別にお礼なんかいいのに、ね、レン?」

「いやリン?!礼はいらねえってかむしろ、叩き返せよ?!意味わかんねえし、これ以上ヘンタイ告白されても困るし!」

のんびりと歓ぶリンに対し、慌てて遮ったレンだが、どのみちキヨテルの耳には届かなかった。

勢いまま、吐き出す。

「実は、白ぱんつより、変柄ぱんつを穿いたろりしょたのほうが、萌えます。激萌えです!!」

「だから言わなくていいって言ったのにっ!!」

「やーんもう、テルせんせほんっっとダメ教師ぃ~っ!!」

――双子だが、リンとレンは性別が違う。同性の双子ほどのシンパシーはなく、今回もそれがくっきり表れた。

キヨテルのどうでもよく、ついでにアレな告白に対し、レンはちょっとだけ涙目になった。なんでこんなオトコがそれでも好きなのか自分はという、微妙な悲哀感からだ。

だがリンといえば、大量のハートマークを飛ばしていた。

といっても、現実空間にハートマークは飛ばない。雰囲気からの推測だが、飛ばせる能力があったらきっと、生徒会室が埋まるほどのハートマークを噴出させていただろう。そういう雰囲気で、勢いだった。

一方のキヨテルといえば、最大の告白を済ませてすっきりしたらしい。

撓んでいた体もまっすぐ、半ば埋まっていたソファからも浮上した。ほとんど、いつもと変わらぬ様子だ。

「つか、なんで変柄でモエるんだよシュミ悪ぃの?!わかってたけどよ!!」

「コドモだからですよ!」

――自棄を起こしかけのレンの問いに返って来たのは、予想通りではあるがナナメ上を行く、救いようのない回答だった。

きっぱり言い切ったキヨテルは、握っていた拳にさらに、ぐぐっと力をこめる。

「オトナであれば間違いなく、ドン引きバイバイどんの変柄ッしかして忘れてならないのは、コドモ独特の感性です……!!オトナと成って失われ、もはや理解も及ばぬ、あの……コドモならではの視点と着想によって再評価され、むしろ個性の一環、自我の主張とばかり、どや顔で変柄ッ」

「どや顔なんかしてねえよイヤイヤだよ!!」

熱弁を振るうキヨテルに、レンは本格的な涙目で叫ぶ。

実際、レンは嫌々ながらだ。子供コドモと言うが、十四歳――年頃少年としては『カッコワルイ』変柄ぱんつなど、全力でご遠慮申し上げたい。

それでも穿いたのは『リンには逆らえない』という、双子であっても厳然と存在する上下関係ゆえだ。

その逆らわせない双子の姉妹、リンだ。

叫ぶレンにきょとんとして、自分の制服のスカートをぺらりとめくった。穿いた『変柄おぱんつ』を確認する。

記憶より確かに、変だった。

そうとはいえ、しかし。

「リンはたのしーけど……。たまのイベントくらいだったら、だけど。毎日はヤだけど。お祭りのハッピとか、結構ヘンだけど、たのしーじゃない?」

「いや、リンっ法被と……」

「そうなんです!!リンちゃんもレンくんも、どちらも正解ごーーーかっくvvvです!」

レンの反論は、キヨテルの『勝訴宣言』に遮られた。

きょっとした顔を向けたリンとレンの前で、キヨテルはすっくと力強く立ち上がる。きりりとした、授業中の教師顔でこっくり頷いた。

「そうです、そうなんですよ……イヤイヤだと叫びながら、ちょっぴり得意げなしょたっことか」

「フシアナかっ、このダメ教師っ本気のまぢでイヤイヤだっつのっ!!」

「普段ならスカートめくりもぱんちらも拒否するろり娘が、イベントだしと、わざわざチラ見せしてくるとか!」

「えーリンわりといっつも、ぱんつ見せたげてるよねね、レン?」

「だめだろほんとのことだけどほんとのことだけどだめなんだぞ、ほんとは!!」

そういうふうに、双子が横からツッコミの嵐を入れていたが、教師には届かなかった。

熱弁を止めるには至らない。

ぐっと握った拳を体に寄せ、キヨテルはわなわなと震えつつ、感に堪えるように瞼を落とした。

「萌えのカタマリ……っびばろりしょた、びば変柄ッむしろもう、ガラが変であればあるほどっ……ぉおおっ!」

――最終的に感極まって言葉にならなくなったキヨテルに、リンとレンは互いの顔を見合わせた。そっくり同じしぐさで、首を傾げる。

「まあ、なんつーかさ、リン………」

「うん。そうね、レン。えっと、なんてゆーか」

呆れを含んでいた少年少女の顔が、どろりと甘く蕩ける。チェシャーキャットのような笑みを浮かべると、二人は同時に口を開いた。

「「ほんっと、だめだめなせんせってことは、よっくわかったし!!」」

叫ぶと二人は、ハートマークを量産しつつ、キヨテルにぴょんこと抱きついた。

***

「むしろ意外性がない。予想の範囲内にオチたことが、逆に意外だ」

愕然としたようにつぶやいたがくぽに、向かいに座って没収品のマンガに読み耽っていたカイトは、ちらりと目をやった。

ちなみに、このマンガを生徒から没収したのはカイトではなく、風紀委員であるグミだ。

こういったものが出回っているのだがと、苦情がてらの参考品として持ちこまれたものを、生徒会長殿は資料として目を通している最中であり――

即座には立ち直れそうにない風情のがくぽに、カイトは軽く肩を竦めると、再びマンガへと目を戻した。

「馴染んだね、がくぽニンゲンってやっぱり、諦めが肝心だよね……。それはそうとこれ、続きが気になるから、グミちゃんに続きを強請りに行くか、帰りに自分で本屋に寄るかが悩ましいとこなんだけど。どうしよっか、がくぽ?」