餌は用意した。

一義の好きなマンガの作者の、廃版になった過去作品。

ウィキで調べて、ネットオークションを巡って、ようやく手に入れた。

全二十二巻とちょっと長めだから、しばらくは一義を誘う口実に悩まなくていい。

探索型ウォーカロンSIDE春木

「一義、ここ」

放課後の数学資料室。

俺が管理しているこの部屋には、滅多に人が訪れないというメリットがある。昔は単に人を避けてここに篭もってたんだけど、最近は違う。

「…春木ぃ…あのねぇ」

物凄く胡乱な目つきで、一義が俺を見下ろした。腰に手を当てて、説教寸前の口元。

生徒のくせに、担任教師にお説教することに躊躇いがないところとか、もう、その漢気に惚れ惚れなんだけど。

「一義」

膝をぽんぽん叩いて、座ってとお願い。うれしすぎて、笑いが堪えられない。

必要以上ににまにましてしまうから、一義には余程だらしないやつとか思われてるだろう。

まあ、担任教師が教え子に手を出してるって時点で、評価はこれ以上下がりようがないので、あまり気にしない。

「…」

説教の言葉をぐるぐる舌の上で吟味していたっぽい一義は、しかしなにも言わずに大きくため息を吐いた。

天を仰いで、ふるりと一回頭を振る。そして、俺とパソコンの間にその細い体を滑りこませて来た。

俺は頻繁にこの部屋で仕事をしているけれど、机や椅子は持ちこんでいない。そういうものを持ちこむと、必ず誰かしら生徒が隠れ処にすると経験上知っているからだ。

俺の隠れ処なのに、なんでどうでもいい生徒のために居心地を整えてやらなければいけないんだ。

そういう考えで、俺は床座。パソコンも床に直置き。

だから実は、一義を抱えると、パソコンの画面はほとんど見えないし、作業もまったく出来なくなる。

一義は俺の体を横断して、横抱き状態で座った。利き腕のほうに背中を預けて、反対側からは足をぶらんと出して。

床に積んだマンガの一冊目を手に取ると、ちょっとだけ震えて、さらに密着した。

「一義、寒いか」

「さむーいぃ。暖房ない部屋で作業するおばかのせいでぇ」

カスタードクリームみたいな甘い口調で詰られると、すぐにも理性が蕩けそうになる。

甘いのは詰る口調ばかりでなく、ねめつけてくる瞳もだ。潤みながら煌めく瞳は、忍耐力を極限まで試してくれる。

俺は背広を脱ぐと、一義の腰に掛けた。

ねめつけていた瞳がちょっと見開かれ、それから細くなる。

「…あんたねえ。担任が風邪で率先して休むとか、なしにしてよぉ?」

わずかに滑らかになった声は、心配してるときのもの。

優しい一義。

俺は下心満載で動いてるのに。

「一義があったかいから平気」

答えると、一義のくちびるから艶めかしいため息が零れた。心配し甲斐がない、とか呆れているんだろう。

少しでも俺をあっためようとする優しい体は、ちょっとの隙間も埋めるようにさらにぴったりくっついてくる。

ああもう、これ以上好きになれないの限界がない。

限界だろうと思っても、実際に一義と過ごすと、どんどん好きが膨らんでいくばかりで、萎むことがない。

利き腕には一義が体を預けているので、反対の手でマウスを弄る。

といっても、液晶はほとんど見えない。だが、特に急ぎの仕事があるわけじゃない。むしろ、仕事などないに等しい。

そもそも一義が来る時点で、仕事になんかなるわけない。

くっついていたって離れていたって、一義とふたりきりなのに一義以外が目に入るとか、そんな器用なこと有り得ない。

ポーズにしか過ぎない仕事の姿勢を、それでも数分くらいは続けてみせる。

ちらちら目をやる一義は、真剣にマンガを読み耽っている。これがポーズだったらいいけど、一義の場合、本気でマンガ>俺のことがある。

真意を計っていると、一義の足がわずかに動いた。乗り越えている俺の腿を撫で、脇腹を押す。

「…」

一義の誘い方は天下一品だ。経験値で比べたら俺のほうが圧倒的に有利なはずなのに、全然敵わない。

利き腕にマウスを持ち変えることに成功。

空いた手を、背広の下、一義の足へと伸ばす。

骨ばった腿を撫でると、誘うように足が開いていく。どこでこんな誘い方習ったのか、心が尖る。

「…っは」

小さな吐息。それだけでもう、尖った心が挫けた。

直接触れた肌の滑りとか、熱さとか。蘇る感触を、実際のものでさらに上塗りしたくて堪らなくなる。

ファスナーを下ろして下着の中に手を突っ込む。まだやわらかいそれを取り出して、握りこんだ。

「ぁん」

一義のくちびるから、嬌声が零れた。

俺が手を蠢かすたびに、一義は惜しげもなく声を閃かせる。いつも甘いのに、さらに熱さを増した、とっておきの甘え声。

「ぁあん、ふぁう」

細い体が、びくびく跳ねる。縋りつくみたいにすり寄って来られて、咽喉が鳴った。

一義は男の悦ばせ方を知っている。

こんなふうに素直に啼かれて、しがみつかれたら、物凄く欲されているみたいに思ってしまう。

旋毛にキスを落としたけれど、それだけでは全然足らなくて、マウスを離した手を一義の顎に回した。

声を聞いていたい気持ちは十全にあって、それでもそのくちびるの中を荒らす欲求にも抗えず、舌を伸ばす。

「失礼します」

ごんごんごん、とノックの後、数瞬。

返事も待たずに扉が開かれ、腕の中の一義が大きく跳ねた。――色っぽい意味では全然なく。

相手によっては生き地獄送りだ、と憤激して見つめた扉のところに立っていたのは、担当しているクラスの生徒のひとり、柴山だった。

…そういえば、数学の苦手を克服したいと相談されて、特別問題集を作って渡してやったんだった。

答え合わせと解説を入れて返してやるから、終わったら放課後持って来いって。

ついでに、仕掛けておいた悪戯のことも思い出して、機嫌が直った。

「柴山じゃん。探した?」

一瞬で縮み上がってしまった一義のものを名残惜しく撫でてから手を抜き出し、戸口に立つ柴山に手を振る。

いつもいっしょにいる、友人の域を超えて、どっちかっていうと守護者になってしまっている過保護な友人の姿はない。

これなら、期待通りに悪戯に引っかかってくれたはず。

悪戯は簡単だ。

職員室に来いよ、と言っておいて、俺は数学資料室に来る。俺がここの主ということはごく一部の人間しか知らないことで、他人に無関心な柴山では絶対に思いつかない。

その職員室の俺の机には、換置法で読み解く暗号文が置いてあって、それを解くと俺の居場所を伝言しておいた人物のヒントが得られる。このヒントを元にその人物を探し当て、――という。

勉強一辺倒で、人生の楽しみをすべて排除してしまっているこの生徒に対する、担任教師として出来るささやかな生活指導。

四角四面な彼のことだから、下らないとは思っても与えられた問題は解かずにはいられない。

問題全体は大して難しく作っていないから、たとえば一義だったら五分くらいでここに辿りついてしまうだろう。

でも、勉強以外に興味がなくて、他人に関心がない柴山には超難問だったはず。

過保護な友人が傍にいないときのデフォルトで、鉄面皮の柴山は淡々としていた。

「探しません。田野内先生に伝言を残したでしょう」

「田野内センセに辿りつくまでの探索の過程も含めて言ってるんだけど」

「…そうですね。田野内先生、俺たちとなんっの関係もないですからね」

なんの、に物凄く力を込めて言った柴山だが、態度は落ち着いている。あ、嫌な予感。

「机の上に残した謎のダイイングメッセージの解読から始まる超推理ゲーム。愉しかっただろ?」

訊いてみると、ちょっとだけ顔が綻んだ。あ、これはますます嫌な予感。

「…期待に副えず申し訳ありませんが、解読してません。ゆえに愉しんでいません。一瞬です」

「…なんだ。郷田がいっしょだったのか」

嫌な予感的中。

怠慢でうちくらいのレベルにいるあの生徒なら、あの程度の暗号なんて一瞬で読み解く。それどころか俺がここに篭もっていることを知っているはずだから、そもそも田野内先生経由してないだろう。

ゲーム不成立。

がっかりしていると、腕の中の一義が呆れたようなため息をついて身を凭せ掛けてきた。

すっかり醒めたようで、またマンガに興味が移っている。

こういう物馴れた態度が、いちいち俺の嫉妬心を掻きたてるとか、わかってないんだ。いったい誰に仕込まれたのか、もう誰にも触らせずに閉じこめて、俺色に染め直したい。

「郷田は部活だろうから、柴山ひとりで来ると踏んで仕掛けたのに、誤算だな」

「計算が甘いことでご愁傷様です」

二重に苛々した俺にあくまで淡々と言い、柴山はプリントの束を渡す。きれいな字で読みやすい。

プリントを眺めてざっと答え合わせをしていると、柴山が一義になにか話しかけた。応える一義の声にわずかな驚きが滲む。

「柴山、読んでるのぉ?」

一義はどこか恐る恐ると訊く。

柴山がマンガの話を振ったんだろう。一義が読んでいるのは少女マンガだ。そうでなくても、柴山はそういった娯楽と縁遠いイメージだし、驚くのも無理はない。

「読んでない」

柴山は取りつく島もない口調で否定したが、すぐに声を緩めた。

「うちのジャ○アンが和田に借りて読んでるだろう。続きが読みたいとうるさいんだ」

「ああ、郷田がぁ。なぁる」

弾む一義の声に、俺の機嫌はさらに降下した。

一義が読むのは少女マンガだ。

高校生男子が飛びつきにくいジャンルなので、同好の士はほとんどいない。俺はそこに付けこんで一義に近づいたし、近づかれることに無防備になるくらい一義も話し相手に飢えていた。

一義が俺を赦しているのは、数少ない同好の士だと思い込んでいるからなのに。

郷田のいちばんはあくまで柴山だとわかってはいるが、面白くない。あれは妙に人を惹きつけるし、同い年でもある。

俺よりずっと一義と近い位置に――。

一通り会話して、柴山が出ていく。適当に声を掛けて見送るが、心の中がもやもやし過ぎて吐きそうだ。

「あんた、なに仕掛けたのさぁ。柴山はまじめなんだからぁ」

虐めちゃかわいそうだよ、とでも続けるつもりだったんだろう一義の言葉は尻すぼみに消える。

しばしの沈黙。

「…ちょっとぉ」

甘い声が、常にも増して甘くなった。他人が入ってきたことで離れた体が、猫のようにすり寄る。

「なに不機嫌になってんのぉ、おばか。教師の分際で生徒より先にぃ」

遠慮なく詰りながら、声がやわらかい。

言葉こそきついが、声音はそれを裏切って俺を気遣っている。なにより、俺の機嫌を窺っている瞳は信頼に染まっていて、堪えようもなくかわいい。

他人に迎合することのない一義は、他人の機嫌など窺わない。ましてや、機嫌を直せとゴマを摺ることなどない。

その一義が、俺の機嫌を窺っている。

「…えー…」

一瞬で機嫌を直した俺に、一義は嫌そうな声を上げた。上がったり下がったり忙しい男だと呆れられているかもしれない。

柴山から受け取ったプリントをとりあえず放り出し、俺はさっきの続きへ戻る。

背広の下に手を回し、すっかり萎えた一義のものを掴んだ。

「ちょ、その前に鍵」

「だいじょうぶ。もう誰も来なーい」

だって、約束していたのは柴山だけで、あとは忙しい時期でもないから探してくる人間なんていないし。

あやすように保証してやるけれど、一義は抵抗を止めない。

「そんな保証ないでしょぉが。あんたもう少し自分の立場とか考えてぇ…」

優しい一義。

心配して瞳を潤ませて睨んでくるのが、もうかわい過ぎて堪らない。

さっきお預けされたキスをすると、一瞬だけ抵抗した。だが、すぐに舌が伸びてきて、俺の舌を迎える。

一義は快楽に素直だ。ついでにとても感じやすい。

すぐに痺れて動きの鈍くなる舌と、上がっていく息。

びくびく震える体は、まだ制服の下に隠されて見えないけれど、暴けばきれいに色づいているだろう。

「ぁん、春木ぃ」

甘える声で名前を呼ばれて、下半身が素直に反応した。

いつ呼ばれても堪らない声だけど、こういうときに呼ばれると尚更くる。

「うん。名前。ちゃんと呼ぶこと。達くときは特にな」

「ぁう、おばかぁ、ぁあんっ」

「それも好きだな」

一義が「おばか」と呼ぶのは知っている限り、今のところ俺だけだ。そういうときの、無防備な甘える姿勢とか、それだけで全部赦してしまう。

「どっちがいいかな」

達くときに呼ばれるなら、どっちのほうがいいだろう。どっちも堪らないけれど、口はひとつだから、言葉もひとつ。

あ、だけど、「春木のおばか」だったらいける感。

一義が意識しているわけではないけれど、ぴったりくっついている体は、跳ねるたびに俺の局所も擦りあげる。一義の痴態とも相まって、煽られることこのうえない。

これで、「春木のおばか」って詰られながら達かれたら、もう最高だ。

「両方とかどうだ」

囁いたけれど、ちょっと遅かった。一義はもう、達く寸前で頭が沸騰していて、俺の言葉が理解できる状態ではなかった。

「イくぅ、イかせてぇ、春木ぃ」

涙声で強請られて、息が詰まった。このお願いを無視できるのは、男じゃない。

俺は一義の弱点のひとつである耳に噛みつき、激しく水音を立てる先っぽに爪を割りいれる。

「ひぁあぅんっ」

泣き声にも似た悲鳴を上げて、一義が手の中に吐精した。受け止めきれなかった分が、腰に掛けた背広に引っかかる。うれしさに背筋が粟立った。

「ぁはぅ、春木ぃ…」

達った余韻で茫洋と掠れる一義の声は、俺を煽り立てた。

ひくひくと震える全身は、一義を襲った快楽がどれだけのものか雄弁に物語っている。きちんと気持ちよくしてやれた、満足と達成感。それから。

「ぐちゅぐちゅだ、一義」

もっと、ぐちゅぐちゅにしてやる。

そう暗に込めて囁くと、わずかに目を見開き、背広の端をつまんだ。

「背広ぉ」

汚したことに気がついて、戸惑っているようだ。

いいんだ、おまえが困ることなんて一個もないんだ。

笑ってやると、目を眇めた。

「ちゃんとクリーニング出してよぉ?」

…まさかそんな勿体ない。

ちょっと呆然としたけれど、所詮まだ子供の一義にここら辺の心理をわかれというほうが無理だと思い直す。

言い訳も説得も難しいから、俺は手を後ろへと回した。期待にぴくぴく痙攣する窄まりを押す。

「ぁん」

案の定、快楽に素直な一義はお説教を後回しにしてくれた。

抱えていたマンガを放り出して、入口を揉むだけの俺の手に自分の手を添わせる。

「はやくぅ…」

熱に浮かされた顔で、強請られる。

理性なんてとうの昔に吹っ飛んでいるけれど、さらに壊滅状態にされた。

すぐにも突っこんで掻き回してやりたい欲求に駆られながら、しかし状況も忘れてはいない。

渇くくちびるを舐めて湿しながら、さっき無遠慮に開けられた扉を見つめた。

「誰も来ないけど、さすがにこれ以上は鍵を閉めよう」