どうしよう。コイビトが清らかすぎてナニがどうにもなんない。

門前の小僧と押し問答

「おい」

だってよく考えてね俺たち健康な高校生男子。ヤリたい盛りと考えて問題なくありません?

なのにキス止まり。キスも口にちょんってやるだけの、ヘタすれば挨拶で済まされる軽いやつ。

「おい」

抱きしめるとか、撫でるとか、ちょっと触ろうもんなら鉄拳制裁。

「聞けてめえ!」

「ぐがっ」

そうこんなふうに!

乱暴星からやってきた乱暴星人のコイビト、達樹はまたも俺の後頭部に平手を叩きこんでくれた。

今、効果音でなくナマ音でべしって音したからね!

「なによ!」

「なによじゃねえよ、この駄犬。コンビニでエロ本握りしめて凝固してるとか阿呆なことやめろ」

「は?」

言われて現状を確認。

場所は俺と達樹の住んでいるマンションの近くのコンビニ。

の、エロ雑誌コーナー。

で、両手にがっしり握っているのは、女の子のヌードグラビアが麗々しい成人指定雑誌。

あらいやだ、いつの間に手に取ったかしら。

「手垢つけたから買うべき?」

「見るからに『中学生』のおまえにそれを売ったら、俺はこのコンビニの良識を疑う」

「ちょ、俺は高校生だよ?達樹さんと同い年なのに忘れちゃうなんて、それはボケの始まりこの場合ボケは老年性のボケと漫才のボケツッコミのボケを選択できるけど」

「どっちでもないからできなくていい。だからそれから手を離せ。中学生だろうが高校生だろうが俺の評価は変わらん」

達樹は氷点下の声音で切って捨てる。

ああ、この零下な態度がなんか最近癖になってるとか、俺の変な耐久性が鍛えられてる感がたまんないよね。

俺は手に握った雑誌を心持ち伸ばす。あんまシワシワにしちゃうとちょっと恥ずかしいし。

「達樹は買い物終わったの?」

「とっくの昔に。そもそも消しゴム一個買うのに、何分かかると思うんだ」

「コンビニ来たら消しゴム一個がお菓子と雑誌に化けてるなんてよくあることでしょ」

少なくとも俺は消しゴム一個で出てこられたことがないけど。

達樹はあからさまにバカにした様子で、小さく鼻を鳴らした。

まあね、質素倹約とか、しつ、しつじ――ええと、そう、執事豪腕とかのスキルが身についてる達樹はそんなことないだろうけどね。執事豪腕そりゃ有能そうだわ。すげえよ達樹。さすがだ。

感心しながらスナックコーナーに行き、今気に入ってるポテトチップスの期間限定味を手に取る。

「おい」

ついてきた達樹が、やたら低い声。

つか、達樹って俺のこと「おい」とか「おまえ」とかって呼んでばっかりで名前って滅多に呼んでくれないんだけど、もしかして忘れられてたりとかする俺は聡くんですよーあなたのすてきコイビトの郷田聡くん、小学校のあだ名はジャ○アンです。

「あ、達樹、ガム食いたいいちご味」

達樹がかわいいのは、いちご味のお菓子が大好きってことだ。滅多に笑いもしないし、怒ってばかりのくせに、いちご味のものを食べてるときはものすごく無防備な顔になる。

そういうのってほかのやつに教えたくないし、見せたくない。

反面、見せびらかして自慢したくもあり。

コイゴコロって複雑だわ。

「別にいらない。じゃなくて」

「したら、チョコ。いちごチョコね。じゃあ、これでレジ行ってくるから」

「――」

達樹は至極複雑そうな顔をしていた。

別にお菓子奢るくらいなんでもないじゃん。

それともチョコはいやだとか。実はガムがいい『別にいらない』は『それがいい』っていう天邪鬼語だったりするとかちょっと天邪鬼の生態には詳しくないから、解読が難しいわ。

「なん?」

首を傾げてチョコを掲げると、達樹は深くため息をついた。

「いい。行って来い。俺は外で待ってるから」

「あそんじゃ」

俺は店員のお姉さんが暇そうにしているレジへ行く。

お姉さんはレジ打ちが不慣れな感じで、ちょっぴりもたついたけど、それほど時間もかからずにお会計終わり。

決まった調子で言われる決まり文句に送られて外へ出ると、達樹はきりきりと眉を逆立てていた。

「コンビニに良識を求めた俺が間違っていた」

「まあ、大手チェーン店になればなるほど良識なんてなくなるもんだよ。売り上げ第一だから」

「しれっと言うな!」

意味がわからないながら応じた俺に、達樹はハイキックを放った。意味がわからないまま乱暴されるんだから俺も大変だ。

とりあえず避けて、さらに飛びすさって十分な距離を取る。

基本的に達樹は当たるか飽きるまで攻撃を続けるから、避けると一撃で終わらない。

しかし今日の達樹は鼻を鳴らすと、さっさと歩き出してしまった。俺のことを見もせずにコンビニの駐車場から出て、マンションへと向かう。

「たーつーきーさーん置いてかないでよー」

「大声出すな、駄犬!」

コンビニの袋を振り回しつつ追いかけると、ごく間近に来たところを見計らって裏拳が飛んできた。予想の範囲内の攻撃なので、これも避ける。

「どうかしてる」

「はあ?」

なんかぷりぷりしてるけど、理由がわからない。まあ、達樹はわりと沸点が低いので、いつも大したことでもないのにぷりぷりしてんだけど。

「高校生に成人指定本売るなんて。なんのための成人指定なんだ」

「ああ」

俺の本日のお買い物。

ポテトチップ期間限定味、いちごチョコ、手垢つけたエロ本。

つまり、俺がすんなりエロ本買えたのが気に入らないと。

「でも俺、本屋ならともかくコンビニで断られたことないけど」

「――」

裏拳。寸でのところで避けることに成功。

ずんずん歩いていく達樹はうなじまで真っ赤だ。――ああ、もう、ほんとに。

高校生男子がエロ本買うくらいで、そんな恥じ入らないでほしい。いつの時代の乙女ですかっていうか、こっちまでつられて恥ずかしくなるでしょ?

だからさ、ヤリたい盛りの高校生男子がここにいるわけ。

それでコイビトがいるんだけど、そのコイビトがあんまりに清らかさんで、いたすこともいたせないのよ。

そしたら、こういう二次媒体に走りたくもなるでしょ?

特に今日の表紙の子は、流し目の感じが達樹に似てたの。俺が、「好き」とか「かわいい」とか言ったときに見せる、ちょっぴり照れた達樹の眼差しと、よく似てたんだもの。これは買いでしょう、奥様。

「あーのさあ、達樹ぃ」

「――」

達樹はずんずん進む。

俺はたったか小走りで近づいて、赤く色づいた耳にそっと囁いた。

「達樹が手を出してくれたら、俺、こんなの買わないでいいんだけどなー」

「――」

沈黙。言葉の意味を熟考中の耳に、さらに囁く。

「もしくは、俺がするんでも」

「死ね!」

亜光速で拳がくり出され、ミゾオチを抉る。覚悟して腹筋を固めといたけど、それなりに痛い。

「いだだだだだ」

立ち止まって悶絶する俺を置いて、達樹はマンションのエントランスに消えた。

ああ、もう。

俺たち健康な高校生男子よね恋愛中よねちょっとくらいお互いに触りたいなーとか思って、なにが悪いのさ。

っていうか、そういう感覚を理解しない達樹の清らかさ加減がわからないけど。

もしかしてあれなの、達樹はすでに枯れちゃってんのそれとも意外にも精神年齢幼稚園児なのまさか精神レベルが聖人とか言われたら、俺は泣くよ?

押し倒されたのは、一回だけ。それもわけもわからず激情のあまりに組み伏せたってだけ。ヤるつもりじゃないから、押し倒しで終わり。なんの相撲技ですか。

それ以降は、理性をかなぐり捨てて襲いかかってくるほどの激情に駆られることもなし。

いっそ俺が押し倒してやろうかとも思うんだけど、あの、ヨゴレなんて知りません、な潔癖な瞳に見つめられちゃうと、ひどいことできなくなるんだよね。

そもそもひどいことしたいわけじゃなくって、気持ちよくなりたいだけだし。

切ないー。

「おい」

「んあ?」

エントランスに消えたはずの達樹が、眉をきゅっと寄せたしかめっ面で仁王立ちしていた。

「生きてるならきりきり動け。時間が惜しい」

「達樹、キリギリスはきりきり生きてるからキリギリスなわけじゃないよむしろぎりぎりのとこで生きてるからキリギリス」

「意味わからん」

なんでわかんないかなー。キリギリスの話は日本とヨーロッパじゃ扱いが違うんだよ。日本に生まれるかヨーロッパに生まれるかで大きく運命が分かれる、このぎりぎり感。

「時間が惜しいって言うけど」

今日、なんの予定もなかったでしょ?

言おうとしたところで腕を取られて、引っ張られた。

「二人きりで過ごせる時間は限られてるんだ。最大限、有効活用しないでどうする」

「いや、どうするって」

どうしましょう。

引っ張られて歩きながら、顔がにやけた。

有効活用しないでどうするって言ったけど、どうせ深い意味はないんだ。いちゃいちゃしたいとか、らぶらぶするとか、アレをコレしてナニするとか。

甘いこととはとんと縁がない達樹の思考回路。

でも、俺は知ってる。いちご味のお菓子を食べてるときの達樹は、ものすごく無防備で。

キスしても触っても、反撃なし。結構、好き勝手にさせてくれるんだ。

コンビニの袋の中には、エロ本とポテトチップスと、いちごチョコ。

「あのさー、達樹ぃ」

「なんだ」

エレベータに乗りこんだところで、俺はチョコレートの包装を開き、一粒取り出した。振り返った達樹の口に押しこむ。

「チョコレートって、催淫効果があるんだって」

「――」

達樹はきょとんとして、口の中のチョコレートを飲みこんだ。

大好きないちご味で思考が蕩けかかっているんだろう。眦から険が取れて、やわらかく丸くなっている。

俺は自分の口にもチョコレートを放りこんだ。ゴキゲンで続ける。

「媚薬だよ。やらしー気持ちになっちゃうの」

「――」

まだまだきょとん。

ややしてエレベータの扉が開くと同時に、達樹は首まで真っ赤になった。今度は俺が腕を引っ張って連れて行く番。

「ちょ、こら、てめ」

「食べちゃったねー」

俺は、けらら、と笑い、恥ずかしさのあまり穴に潜りたくなっている達樹に、いちごチョコのパッケージをかざした。

「食べたいよねいちごだもん」

「――」

真っ赤になって黙りこみ、達樹は物凄く葛藤のある目でいちごチョコと俺を見比べた。

俺は、にーっこり、ゴキゲン笑顔でうきうきと達樹の手を引っ張った。

「食べさせっこしようね二人きりの時間は有効活用しないとだもんねー」