ハッピー拷問サマー

「夏ですね」

「…ああ?」

達樹が胡乱な顔で俺を見る。俺はだん、と机を叩いた。

「プールの建設を学校に訴え続けないプール部など呪われて滅びるがいい!」

進学先決めるときに深く考えなかったけど、うちのガッコにはプールがなかった。つまり夏で暑くてもプール授業なし。プール授業なしということは!

「プール部がそもそも存在しない以上、呪っても滅びようがないだろう。おまえが呪うべきは水泳部じゃないのか」

数学のプリントを解きながら、達樹がごく冷静にツッコんでくる。だけど達樹のツッコミどころはずれてると思うね!

「なに言ってんの。あんなのプール部で十分だっての。他校にプール借りに行ってる現状に満足している軟弱なやつらを水泳部と認めるほど俺はこころが広くないよ」

「別に満足しているわけじゃないだろう」

「してるよ!」

なんで達樹はなんにも知らないくせにやつらを庇うかな!

「してなけりゃ、今頃ストが起こってるはずでしょうが抗議のハンスト、餓死者が出るまで続行、そこまでやってようやく学校側も重い腰を上げる」

「餓死者が出るまでやったらだめだろうが」

達樹は呆れたように言う。でもわかってないな、達樹。

「行政って腰が重いんだよ。ひとが死んで叩かれてようやく動くもんだって。生贄を捧げないと満足しないんだよ、やつらサタンの申し子だから」

「そうか、夜な夜なサバトを開いているのか」

なんか適当にいなされてないか!

ああもう、なんだって達樹さんはこう鈍いかな!

夏、夏といえばプールでしょう。プールといえばなんですか。

水着ですよ!

男の水着といったら?!

「…おまえが変態なのは一向に構わないが、それを教室で喚くな」

「え、構わないの」

意外なことを言われた。

達樹さんはまっとうな俺が好きなのかと思ってたら、変態でも別に良かったのか。

っていうか、達樹は俺ならなんでもいいってとこがないかなにそれ、俺愛されてるめら愛されてる!!

「じゃあ変態ついでに、達樹の水着姿が見たい」

「…」

ていうか、プールのなにが目的って、涼むことも重要だけど、そっちのほうが重要でしょう!

コイビトの水着姿!

初めての夏、初めてのプール、初めての水着姿!

この単語に燃えない男がいようか、いやいない、反語完璧。

「……中学時代に、さんざん見ただろう」

「見てないよ」

多少は見たけど。

あのころはあんまりそういうの意識してなかったから、プールでいかに溺れるかに夢中で、達樹がどんなふうかとかまじまじ観察してなかった。

うん、そう、しかも溺れることを追求してたら当時の体育教師にめら怒られてさ。

「……そういえば、おまえ、三年のとき、プールの傍に近寄らせてもらえなかったな」

「ああうん、なんか心理カウンセラのセンセと話せって言われてさ。タイクツだったわー」

「…」

まあそんなことはどうでもいいのよ。

そうでなくて、問題はせっかくコイビト同士になってうっはうっはーなのに、達樹の水着姿を拝める機会がないってことなのよ。

そうでなくても進展のない俺たちなのに、こう、公然と裸体を拝めるこのチャンスが!

学校にプールがないばかりに、その絶好のチャンスが奪われるというこの悲劇!

「だいたいにして、達樹は俺の水着姿を見たいとか思わないのコイビトの素肌を堂々と見られる絶好のチャンスだっていうのに」

「脳細胞が死滅しているのはわかっているから、新しい新鮮で鮮度のいい細胞を培養して来い」

「たーつーきーさーんーっ!」

新鮮な細胞なんか培養して入れ替えたって、健全な高校生男子が考えることに変化があるわけないでしょうが!

だんだんと机を叩く俺をうるさそうに見やって、達樹は大きくため息をつく。

「素肌なんか見てどうしようっていうんだ」

「どうしようってなに言ってんの達樹?いつもは服に隠されてる鎖骨やちく…」

それだけで物が切れそうな風切り音とともに達樹の平手が飛んでくる。

すんでのところで避けることに成功。

「ちょ、達樹」

抗議しようとした俺を見もせず、達樹は手を飛ばしたほうを真剣に睨みつけている。

「…つまり、そういったあれやこれやが公然と晒されると」

「……まあそうです」

公然と堂々と白昼から見られるチャンスです。かぶりつきだよ。変態でもいいって言ったじゃない。

つかこの場合、俺はあんまり変態ってわけでもないけど。

小さく抗議すると、達樹は振り切った手を戻し、毅然と俺を睨んだ。

「却下だ。プールなんか要らん」

「達樹さん……」

あなたどんだけ貞淑な乙女なの。

がっくりして机に懐いた俺に、達樹はあくまで毅然としていた。

「おまえのあれやこれやなんか、他人に見せて堪るか」

あー、ええと。

「達樹さん、もしかして俺ってめらめっさ愛されてたりするんじゃない」

「知るか」

素っ気なく言って、達樹はまたプリントに戻る。

いや、知ってたけどね、そんなこと。達樹さんって俺のことめらめら愛してるんだよ。もう、ときどきびっくりするぐらいの溺愛ぶりで、水もないのに俺溺れ気味とか。

「あー、その。達樹さん。その流れで、おまえのハダカは俺だけが見ればいいんだ的な話の持って行き方をしてみて、ちょっとそこまで散歩に行ったり」

「二歩戻るのは面倒くさい」

「わんつーぱんち!」

三歩進んで二歩戻るのは確かに面倒くさいね!

「結局一歩しか進んでないしね。でも言ってみれば一歩は進んでんのよ。俺はこの際、一歩でも進めばそれでいい!」

一歩だって積み上げてけば千里の道を行けると古代人も言っている。むしろ一歩から千里の道が始まるとか、まあ、まともに考えると一歩歩いたら千里歩かなきゃいけないわけで、絶望的な話なんだけど。

でも達樹とだったら、俺は千里でも万里でも歩く気満々です。

「一歩…」

つぶやいて、達樹が首を傾げる。そのまま、身を乗り出した。

「およ?」

きょとんとしている間に、俺の口に達樹さんの。

…え、あれそれって一歩?

「違うな……」

「うんちがう……」

どうしてこう、達樹さんの考えってずれてんの……。いや、俺はうれしいけど。うれしいけど、方向性ってもんが……。

「とりあえず、プールは却下だ」

「はい」

「ということは、……風呂?」

「っ」

ツッコミかけて、どうにか自分を押し止める。

ここでツッコんじゃだめだ。ここでツッコんじゃだめだ。よし俺ナイス反射神経!

呼吸すら潜めて次の言葉を待つ俺に、達樹はごくあっさりと頷いた。

「いっしょに風呂に入れば問題ないんだな?」

「っぶごっ」

だめだ、堪えきれなかった。いろいろ汁が。

「ちょ、なんだ?いきなり生命の危機とか、なにがあったんだ?!」

叫ぶ達樹に構う余裕もない。

っていうか、達樹さんのせいだよね?!

もう、付け入る隙があり過ぎて、俺はかえって付けこめないよ!!