そうだ、着ぐるみだ。

「着ぐるみどうだろう、達樹」

「は?」

我ながらすばらしい閃きぶりに、思わず横になっていたベッドから起き上がって言ってみたら、ベッド脇に座った達樹は思いきり顔をしかめた。

この阿呆が、と顔にでかでか書かれてるのが、なんでか俺には見えるよ?

まあ、そんなことではめげないわけですが。

阿呆でも見られない

「だから、着ぐるみ。どう?」

「その前に、なにからどう繋がった話の結論として着ぐるみが出てきたのかを言え」

「やだな達樹、なんでわかんないの?」

きりきりと音が聞こえそうな渋面の達樹の眉間に指を当てる。

達樹はあれだよね、こうも眉間に皺寄せてばっかだと、二十代には立派に溝ができてるよね。せめて俺がマッサージして伸ばしてやんないと。

俺の親切心を、達樹はうるさそうな顔で振り払った。

「達樹が着たらかわいいもの探してたろほら、着ぐるみっつっても、頭まですっぽりぬいぐるみなやつじゃなくてさ、着ぐるみ風っての部屋着感覚で着るやつが出てるからあれ」

「いつどういう話の流れで、俺が着るとかわいいものを探すことになったんだ?」

達樹の眉間の皺がぎりぎりと深くなる。そんなんじゃ、二十代前にくっきり溝決定だよ?

俺はマッサージしたい指をぴこぴこ振った。

「達樹鈍いな。達樹見てて、達樹はかわいいけどどんな服を着るともっとかわいさが引き立つだろうって考えたからに決まってるじゃん」

「おまえひとりでな?」

「うん?」

なにが?

首を傾げた俺に、達樹はにっこり作り笑いを浮かべた。指を立てて俺と自分を交互に指差す。

「おまえそれ、今、自分だけで考えたんだよな俺見て、思い浮かんで、特に俺に相談もせずに、自分ひとりで考えてたんだろう?」

「え、そうだけど?」

それがなにか。

訊き返すと平手が飛んできた。

避け損なって、デコをべきっと叩かれる。

いい、ここポイントだよ『べちん』じゃないのよ、『べき』なの。力の入り具合が違う。

「言われもしないのにわかるか鈍いもへったくれもないわ、このだめジャ○アンあと勝手にわけのわからんコンテストを頭の中で開催するな!」

「ええ~?!」

確かに俺は名前が「郷田聡」で某ジャ○アンと微妙に被ってるから、小学校のときのあだ名が「ジャ○アン」だったよでも、だめジャ○アンって!

「だめじゃないジャ○アンなんているの?!」

「そこじゃねえ!」

もう一発、今度は拳が飛んでくる。こちらは避けることに成功。

達樹はすごく不完全燃焼な顔をした。

いやもうほんとに乱暴星人なんだから。生傷絶えませんよ。

「ちなみにコンテストの二位はメイドさんでした」

「目が眩み過ぎだ」

「できればメイドカフェのメイドさんじゃなくて、古式ゆかしいイギリスのハウスメイドさんな野暮ったいロングスカートで」

拳が飛んできた。俺は華麗にスルー。

だって達樹は、あんなふりふりエプロンにミニスカで、「おかぇりなさぃませぇ、ごしゅじんさまぁ☆」ってキャラじゃないし。

やっぱりこう、野暮ったいくらいに地味で、かっちりして取りつく島もない感じの難攻不落具合が逆にチャームポイントだと思うわけよ。

「ごしゅじんさまぁ、そんなことしちゃらめぇww」じゃなくて、「お止めくださいご主人様」。

これでしょう!

「でもあんまりにも色っぽいほうに転んでかわいいというのとはちょっと違くなってしまったので、二位です。純粋に愛でるという意味のかわいいはやっぱり着ぐるみかなと」

「口が腐れてるのかてめえはああ違う腐れてるのは脳みそかそれは救いがないな」

一息で言われた。

いやまあ、それで達樹さんが納得できるなら俺は脳みそが腐れてることになってて一向に構わないけど。

「で、着ぐるみどうよ、達樹」

着てくれるというなら今すぐにも買いに走るつもりで訊くと、達樹は冷笑を閃かせた。

「そんな阿呆なものはおまえが着ろ。阿呆と阿呆の相乗効果でまかり間違ってかわいく見える」

「よし買いに」

「待て!」

ベッドから降り、財布を掴んで立ち上がった俺の服の裾を、達樹ががっしりと掴んだ。

「なに達樹、お揃いで欲しいのペアルック希望?」

「地獄の果てで燃え尽きろ」

じゃあなに、この手は。

「かもしれないっていう語尾まで聞いて決断しろ。たぶん爆笑する。死ぬほど笑うぞ?」

物凄い困惑顔でそんなことを言う。また眉間に皺だ。

俺は屈むと、溝が掘られること決定の達樹の眉間に指を当てる。もみもみ。

「笑われるのはアレだなあ。できればかわいいって言われて愛でられたい」

「可能性は絶無だ」

「皆無の上行ったよ?!」

顔を振って俺の手を払い除け、達樹はきっぱり断言。なんで達樹はこう、俺を甘やかさないかなあ。

俺は達樹の前に胡坐を掻いて座った。真剣に見据える。

「じゃあ達樹さんは、俺がなに着たらかわいいって言って愛でてくれるのよ」

「そのままで十分だろう?」

Tシャツにジーンズ?

つか、達樹全然愛でてくれてないじゃん。

「もちょっと真剣に考えてよ。メイドに巫女にナースけも耳スク水セーラーいろいろあんでしょ?!」

「単語が理解できん」

ああ、普段愛読してるのが教科書ガイドの達樹さんだから。

「メイドさんが着てるのがメイド服、神社の巫女さんが着てるのが巫女服、病院の看護『婦』さんが着てるのがナース服で」

「逐一解説しろと言ってるわけじゃない。説明されても、なんでそれがかわいいか理解不能だ」

ええ?!そんな、オトコの夢コスを!

だけど達樹はあくまで真面目な顔で。

「だいたい、なんだそんな、コスプレされても、笑うだけだ。そのままのおまえがいちばんいいのに」

――。

わあ、達樹さん。

「おしゃれした女の子には絶対言っちゃだめだよそれ」

「なんの話だ?!」

「いつものおまえがかわいいっていうのも重要だけど、気合い入れた女の子はそれ相応のホメ言葉で称えないと」

「だからなんの話だ!」

達樹はごくあっさりと言い切った。「そのままのおまえがいちばんいい」って。

普段、照れすぎて思いを口にできない達樹がこうもさらりと言うということは、それだけ自然な感情だということ。

気合いの入れ甲斐がないと言えばそうなんだけど。

つくづく、達樹は俺を愛してるよねえ。

ほんと、達樹を選んだ俺の目の確かさに感心するわ。

こんなにありのまま、俺のこと受け入れて溺愛してくれるひとなんて、そういないよ?

「いい加減人間と会話したい…」

「ああごめんね、俺宇宙人で。人間の郷田聡は今頃遠い宇宙の彼方で銀河帝国を築くための礎に捧げられているはずなんだけどその詳細はあまりに惨くて俺の口からは語れない」

「――人間と会話したい…」

疲れたようにつぶやく達樹に顔を寄せて、無防備なくちびるに音を立ててキス。驚いたようにちょっと引いたのを追いかけて、ぺろりと舐める。

「愛してるよ、達樹」

「――」

黙って真っ赤になった。

かわいいなあ。これで――

「よし、着ぐるみだ」

「――なぜそこに戻った…」

「俺の今の気分がけも耳だった」

「意味わからん」

純粋まっすぐに俺を愛してくれる達樹には悪いけど、キミのコイビトの脳みそは腐っているのさ。

さっき自分で言ってたじゃん?

「達樹、LサイズまさかSいける?」

「着ないぞ」

「ちょっとぶかぶかなくらいのがいいよな。いっそLL」

「着ねえ!!」

飛んでくる拳を避けつつ、俺は思案を巡らせた。

どうやったら、達樹に着させることができる?

「やっぱペアルックか」

「滅べ!」

頭頂部にチョップが入った。