四十五円のbefore⇔after

「いくらなんでも非常識だとは思わないのか」

「今日そんなこと言うのは達樹さんぐらいだっての」

渋面の達樹は、パジャマ姿。

えっとなに、この妙な萌え感。ただの男物パジャマなのに、きゅんと締めつけられる胸の感じ、そうかこれが伝説の!

って、そんなこと考えてる場合じゃないんだった。

「着替えてよ、達樹。大晦日の夜だよ除夜の鐘聞きながら初詣行かないでどうすんの」

現在時刻、十二月三十一日の午後十一時三十分。

紅白の結果も観ないで達樹の家に押しかけた俺に、パジャマ姿の達樹は微妙に眠そうな顔。

つか、奥のリビングはきっちり電気付いてるし、テレビの音声も聞こえるから、おばさんたちは起きてるんだよね。達樹さんのみ、おねむ、と。

まあ、達樹と付き合ってるとしばしば思うけど、それでもほんとに現役高校生ですか。

「除夜の鐘を聞きながら初詣………………………純日本人みたいな発想だ」

「俺が純日本人じゃないなら、何人だってのさ」

ぼやきに呆れて訊くと、達樹は真面目な顔になった。

「宇宙人」

「ああそれはまったく否定出来ない。俺ってチェンジリングだもんね。ちなみに人間の郷田聡は今頃銀河帝国新年を祝う大祝賀会のご馳走となるべく複製されて増量されてまな板に乗せられこれ以上はいくらなんでも俺の口からはグロ過ぎて語れないけど」

「………………………寝ていいか。一富士二鷹三茄子をバックに七福神の宝船が航海に出るという初夢が俺を待っているんだ」

「なに言ってるかな、達樹は」

くるりと踵を返した達樹のパジャマの裾を掴む。だからなんでそう、寝たいのさ。よりにもよって、十二月三十一日の夜に。

「初夢は一月一日になってから二日にかけて見る夢のことでしょ。今から寝てそれ見ても、めでたくなんかないよ。それより着替えてったら。初詣行こうよ」

「余計な知識ばっかり仕入れやがって」

「余計ってか」

俺ってなんだと思われてるのさ。

渋面の達樹さんはため息をついて、パジャマの裾を掴む俺の手を叩き落とした。

「五分待て。着替えてくる」

「っしゃ」

言っても、達樹はまず、リビングに顔を突っこんだ。おばさんたちに、出かけると告げて、それから自分の部屋に入る。

おばさんがちょっとだけ顔を出して、入ってあったまってけばと誘ってくれたけど、若いから大丈夫と遠慮しておく。

たぶんおばさんのことだから、年越しそばとかご馳走してくれちゃうもんね。あったかいとこでお腹いっぱいになったりしたら、もう動けなくなるし。

そこは現役高校生とか関係ない、いわば逃れ得ない人間の宿業だし。

「財布と携帯だけ持てばいいか」

「あ、小銭確認してよ。四十五円ある?」

「んー」

ジーンズにダッフル、さらにマフラーと手袋をした完全装備の達樹が、財布の中を確認する。

「五十円ならある」

「だめだって、四十五!」

「はいはい」

伝統的な郷田家の神社へのお賽銭額は、四十五円と決まっている。

達樹は柴山家だから従う必要はないんだけど、そこはそれ。俺と達樹の仲だしね。

あ、別にけちって四十五円じゃないからね。

「始終ご縁がありますように(=しじゅうごえん→四十五円)」っていう、ちゃんとした願掛けだし!

達樹はもう一回リビングに行って、おばさんに五十円を細かくしてもらって、出てくる。

「さて、」

言いかけて、口から大あくび。

…………いや、達樹さん。ほんとになんでこの時間に眠いわけ?

「達樹、何時に起きたの?」

「あ?」

靴を履く達樹のために玄関の外に出ながら訊くと、達樹は少しだけ首を傾げた。

「……休みだしな。七時くらいか」

「七時?!」

って、休みだってのに、七時に起きてんの?!

「大晦日だぞおまえと違って、俺んちは普通に手伝いさせられるんだ。寝かせておいてなんか貰えるか」

「あー」

なるほど。

つまり、朝早く起きて、さらに昼間こき使われて、それで疲れちゃってんだ。

たまに家事なんか手伝うと、普段よりすっごい疲れるもんね。

「さて、行くか」

あくびに邪魔された台詞をようやく吐き出して、達樹も外に出る。その瞬間に、首を竦めた。

「寒い」

「冬ですから!」

「しかも夜だな出掛けようとか言い出す阿呆は呪われろ」

ぶつくさと言いながら、達樹はさっさと歩き出す。

いやでも。

「達樹、これから神社に行くんだし、ひとを呪っちゃまずくない?」

「丑の刻参りはどこでやる」

「それはそうだけど」

エントランスを出たところで、達樹は少しだけ歩調を緩めた。並んだ俺に、ごく自然に手を伸ばしてくる。

「手袋」

「死ね。寒い」

「俺の手のほうが断然あったかいから!」

「お子様温度だよな!」

腐してから、達樹は片方の手袋を外し、その手を俺の手に絡めた。

さっきまであったかい部屋にいて、今は手袋もしていたのに、達樹の手は氷みたいに冷たい。

冬の達樹の手は、毎年まいとし、ずっと冷たいまんまだ。

絡めた手を、そのまま達樹のコートのポケットに突っこむ。自然と体がくっついて、俺はちょっと笑った。

どこかで除夜の鐘が鳴っている。街中に静かに響いて、冷たい空気を妙にあったかく揺らがせている。

「達樹さー。なにお願いする?」

「無病息災」

四文字熟語で返されたよ。

笑って、俺は夜目にも白い息を吐きだした。

「かったいなー」

まあ、これ以上なく達樹らしいけど。

「そういうおまえはなにを願うんだ」

「え、そんなの」

訊き返されて、俺は絡めた手に力を込めた。

「今年こそ!!今年こそ、達樹さんとちゅう以上の関係にっっ!!」

なにをお願いするって、それ以外のお願いがあるとは思えないね!

だからさ、何度も言うけど、俺たち現役高校生なわけですよ。

それが付き合って一年近く、おんなじ高校のおんなじクラスの前後の席で、住んでる場所もおんなじマンションの三階と四階という毎日顔を合わせまくるこの条件で、ちゅう以上の関係に発展しなかったって、どういうことなのさ!

………………あれむしろこの条件がまずかったりするの?

こう、たまに会ったり、滅多に会えなかったりすると、早く深い関係になんなきゃもっと繋がりを強くしなきゃって焦るけど、……………………だからって、達樹と遠恋したいとはまったく思わないんだけど…………。

悩む俺に、達樹は唐突に立ち止まった。

「ふと思ったんだが」

「なにさ?」

遠くで、除夜の鐘が鳴っている。その音に耳を澄ますようにしてから、達樹は俺をまじまじと見た。

「除夜の鐘って、厄除けの鐘だよな人間の煩悩の数が百八つで、それを祓うために、百八つの鐘を撞く」

「うん?」

なにを今さら、そんな常識クイズみたいな確認してんの?

訳が分からない俺に、達樹の顔は物凄い困惑に歪んだ。

「まずくないかいや、まずいだろう?」

「は?」

煩悩が祓われちゃうのがまずいのえ、一応達樹にも、そんな即物的な考えが。

「おまえって煩悩そのものなのに、祓われたらなにが残るんだ?」

「俺か!」

「ほかにだれがいる」

当然と返されて、俺はちょっと絶句した。

いや、確かに煩悩の塊とか言われてもあえて否定はしないけど。

でも、そこまで真剣になって言うか?!

「あー……………ええっと」

考えて、俺は肩を竦めた。

「大丈夫だよ。実際のとこ、鐘は百八つでしょ人間の細胞がおよそ六十億個で、俺が煩悩で出来てる以上、俺の煩悩の数は」

「六十億個のうちの百八つか」

「うん」

そう考えれば、大したことない。

頷いた俺に、達樹は軽く首を傾げた。

「どうして神社の境内に入れるんだ?」

「………今度はご不浄扱いですか……………」

つか、何年の付き合いで今さらその疑問よ。

俺は再び考えて、繋いだ達樹の手を引く。

「それこそ、日本の神様だよ。そこら辺の鷹揚さが、外国の神様とは比べものになんないって」

節目の行事は神社だけど、結婚式はキリスト教、お葬式は仏教。

大抵の日本人が疑問もなくこなす日常は、世界的には異常だ。

その異常を日常にしてしまうのはやっぱり、日本の神様の鷹揚さに因るところが大きいだろう。

「なるほど」

今度こそ、達樹は物凄く納得出来たらしい。

深く頷いて、顔が伸びてくる。

くちびるに、冷たい感触。かむ、と下くちびるが噛まれて離れる。

「じゃあとりあえず俺は、おまえがきれいな体になるように願おう」

「?!」

呆然とする俺の手を握ったまま、達樹は歩き出す。

半ば引きずられて歩き出し、俺は悲鳴を上げた。

「ちょ、達樹さん?!俺、きれいな体だよ?!達樹さん以外の人間なんて知らないからね!!しかも肝心の達樹さんのことも知らないからつまり、だれのことも知らないっていうこの磨きのかかるきれいさ!!」

それをこれ以上きれいにするって、どういうことさ?!!

悲鳴を上げる俺に、達樹は握る手に力を込めた。

「六十億個のうちの百八つでも、おまえが削られるのはごめんだ。一切削られないで済むようにするだけだ」

「達樹さん…………!!」

きれいって、そっちのきれいか!

いやでも、どうして真剣なんですか…………………っっ。

俺のため息は、やっぱり夜目にも真っ白だった。