「お、おかしい……っ………こ、こんな予定じゃあ………っ」

ぜえはあと必死で呼吸しつつ、俺はつぶやいた。

「どこでフラグ折り間違えたんだ、俺…………っ。本当なら、こうやって風邪引いてベッドでぜえはあしているのは、達樹さんのはず…………そんでもって気が利くカノジョ俺が、かいがいしく看病なんかしちゃって、おかゆとかつくっちゃったりして、達樹さんきゅんっ!!そのまま盛り上がった二人は、『俺に移せば早く治るよ』イベントに!!」

イェスペリァの

そう。

現在、俺は風邪引き中。絶賛高熱中。いん俺ベッド。

布団重ね掛けして、ついでに足元には湯たんぽも入れて、頭には氷枕とか。

まあつまり、闘病の仕方ってのがいつもいつもわかんないんだけど、結局のとこ、あっためたいわけそれとも冷やしたいの?

しかしおかんのやることなので、ツッコミは入れない。

おかんにツッコミ入れるとか、いくら俺が風邪で正常な判断力を失ってるとしても、怖すぎて無理だ。

そこのとこで冷静さが残っているから、人間ってたくましいと思わないでもない。

とはいえ実際とこ、呼吸も苦しいし、体も痛いし、熱も高いしで、視界まで歪んでいるような気がする。

その歪んだ視界の中でもきっちりはっきりクリアに見える達樹さんが、俺のおでこに手を当てた。

ひんやり気持ちいい。

瞬間的にうっとりした俺に、達樹は感慨深そうにつぶやいた。

「…………熱はあるな…………」

「なにを今さら?!」

そもそも達樹さんって、今日、俺のお見舞いに来てるよね?!

いくら俺がべんきょー嫌いでも、仮病で学校休むわけないのは知ってるよね!!

玄関で出迎えたおかんにも、「うちの息子をヤるようなウイルスに達樹くんが罹ったら命の保証は出来ないから、会わないの推奨なんだけど」って言われて、それを押し切ってここに来たはず。

それがすべて、壮大などっきりだとでも言うのか、達樹さん。

恨みがましく見た俺に、おでこから手を離した達樹は、ちょっと肩を竦めた。

「言っていることがまったくいつもと同じだから、もしかしてもう、熱が下がったんじゃないかと思ったんだ」

「ああ、なるほど」

納得して頷いた俺に、達樹はちょこんと首を傾げた。

「まあ、熱があるのはわかったが、言っていることがいつもと同じだから、判断力はあるんだろうと考えて」

「うん?」

「いつもどおりにツッコむと、だれが『カノジョ俺』だ」

「ぇぁあ?」

なんでそう、達樹さんは冷静なのかな?!

っていうか、熱があるのはわかったはずなのに、どうして判断力があると容赦なくツッコむの?!熱がある以上、うわごとの可能性だってあるのに、端から論外ってどういうこと!

引きつった俺に構わず、達樹はさらに続ける。

「あとな、気が利くかどうかは今回、見逃してやるとして」

「わあ、やさしい!」

「おまえ、おかゆなんてつくれるのか?」

ものすごく不審げに訊かれて、俺はベッドに横たわったまま胸を張った。

「レトルトちん!」

「『レトルトちん』を、つくったと称する気か、おまえは!」

怒鳴られて、俺はわずかに体を起こした。達樹へと、真剣な顔を向ける。

「なに言ってんの、達樹さん最近のレトルト、甘く見たらだめだよ?!ヘタなカノジョごはんより、ちんしたほうがずっとおいしい。食品会社の血と汗と涙とあともろもろいっぱいの汁をなめんな?!」

「………………」

「それにちんして、レトルトパックのまんま出すわけじゃないし。ちゃんとお皿によそって、まあ、梅干くらいは乗っけるし」

お皿によそって梅干しまで乗っけている以上、つくったって言っても構わないはずだ。

「達樹さんが希望するなら、昆布も」

「………………………………」

「って、あれ?!なんか寒気が増した!!まだ熱が上がるの?!」

ぶるっと震えた俺をじっとり見ていた達樹は、結局ため息をついた。

「まあな………そっちのほうが、結論としては安心だな。おまえがつくったものなのに感動的においしかったら、熱が上がる以外の道がない」

「それはどういう結論なの、達樹さんっげほほっ、ごほっ」

ていうか、俺本気で風邪引きなんだってば。

今日に関しては、おかんも完全に同意してくれる、本気で本物の風邪。

だっていうのに、達樹のこの容赦のなさはなんなの。ツッコまずにはおれない結論吐くとか、達樹の愛が見えない。

これはあれか、俺が高熱に浮かされて正常な判断力がないために、見えなくなっているのか。そういや、視界が歪んでる気がしてるし。

達樹の姿ははっきり見えても、愛は見えなくなっている。風邪こわっ!!

ぜえはあしていると、達樹はさっきよりもさらに深いため息をついた。

「でもな、これはわりとどうでもいい。俺の最大のツッコミポイントを聞け」

「は?」

まだあるの?!

達樹の愛って、どんだけスパルタンなの。いや、もともとS彼なとこはあったけど、風邪のときにも容赦がないってなると、完璧S彼認定でいい。

もちろん、そんな達樹さんも愛している!!

その俺を、達樹はものすごく情けない顔で見た。

「……………………おまえって………馬鹿じゃ、なかったんだな……………………」

「んぇ?」

――ああ、バカは風邪引かないって、よく言うから?

夏風邪を引くのはバカだけど、冬になると、風邪を引かないほうがバカだとか。

しかし現代医療の発展を見るに、夏場にもふっつーに夏の風邪菌ってのがいるし、エアコンなんかの普及で冷房病とかで体の弱っているひとも多いから、夏風邪=バカの図式は必ずしも成立しないと思う。

いやむしろ、夏風邪は文明の恩恵によって生まれた現代病、文明人の証拠とも。

そんでもってそれと同じ観点で見ると、冬場の過ごし方にしてもいろいろ研究されてワクチンやら予防法やらも普及してるから、むしろ情報乗り遅れのバカが風邪を引くみたいな。

そういう事情を諸々勘案すると、俺が今風邪を引いているからっていって、必ずしもバカじゃないという証明には。

「えちょっと、達樹もしもし、達樹さん?」

「そういえば、夏場に風邪を引いていたこともないしな………そこのところで、疑ってみるべきだったんだろうが」

「ちょ…………!」

どこまでも真面目に、達樹は慨嘆する。

いや、ちょっと待って、達樹さん。そこまでのレベルで?!

風邪の寒気ではなく震撼する俺に、達樹はまたため息をついた。

「しかも、人間だったんだな、おまえ………」

え、それはそうとは限らないけど。

だってほら、インフルエンザウイルスの最初の発生源って、鶏とか豚とかのこともあるし。

あれが突然変異を起こして、人間にも感染するウイルスに変わるから――

「いやいや待って、待ってね、達樹さんちょっとお話させて、お話聞いて、お話聞かせて?!達樹さんは俺をなんだと思ってるの?!」

思わず枕から頭を上げて叫んだ俺に、達樹はごくまじめに言った。

「恋人だと思っているが」

「そういうことでなく!!」

「馬鹿だろうがあほだろうが、そうでなかろうが、人間でも宇宙人でも、おまえは俺の恋人だ」

「がはっ!!」

俺は再び、枕に沈んだ。

「おい。生きてるか」

「死にました!」

ぐすぐすと洟を啜りながら、俺は叫ぶ。

なんでそんな、男前に言い切ってるの、達樹さん。

論点が激しくずれてるけど、思わずヤられちゃったでしょ?!

だからさ、俺は風邪なんだって言ってるよね。

本気で本当に、嘘偽りなく風邪引き。

おかんのみならず、医者も太鼓判押す風邪引きなんだよ!

その俺に、もう少し容赦ってもんをしようよ、達樹さん!!

ああもう、愛されてるって実感したけど、達樹さんの愛が見えない…………。