脱衣所のござの上に片膝をついて座り、俺は達樹を見上げた。

「達樹さん、仁義切らせてください」

「公衆浴場では、入れ墨のある方はご遠慮ください」

娑婆駄馬上の彫り師情痕

なに言ってんの、達樹ったら。

俺の体はまっさらきれいなものだ。シールタイプのタトゥーすらない。

校則違反云々以前より、俺が肌を装飾するってことに、さっぱり興味を持てないからだけど。

肌はまっさらきれいに限る。

だっていざ、キスマークつけられたときにだよもしもタトゥーに紛れて目立たなかったらどうすんの。

せっかく達樹さんとの記念なのに、記念が記念にならないっていう。

そういう状態回避のためにも、俺はタトゥー非推奨派です。

「いや、達樹。そもそもなんで、入れ墨なんて言い出すのさ。俺の肌見るいやむしろ、脱ぐから見て!」

「露出狂は退場願います」

「露出狂って」

俺はちょっと唖然として、達樹を見た。

ここどこだと思ってんの、達樹さん。

旅館の、男風呂の脱衣所だ。ここで服を脱いだからって、露出狂呼ばわりはない。

むしろ脱がずにどうする。

そう。

そうなんだよ、脱がずにどうする!

現在、修学旅行中の俺たちです。

修学旅行ったらいろいろ、あはんうふんなイベントが盛り込まれている、学生一大行事だと思うんだけど。

特に風呂って、イベント的にでかいよね?!

学校では水着までが露出のせいぜいのアイツもコイツも、みんなハダカ。

生まれたまんま、まっさらの姿で、あはんいやんうふん。

いや、他の野郎共のハダカなんざ、どうでもいい。つうか滅べ。

大事なのは、コイビト。

俺のコイビトは、達樹さんです。

オトコですが、なにか?!

俺も男だし、同じクラスで同じ班で同じ寝部屋だ。もちろん画策したとも。

となれば必然的に、風呂の時間もいっしょ。

これまで、おおっぴらに見ることも出来なかった達樹の体が、正々堂々と拝めるまたとないチャンス。

いやいや、言っても公衆浴場なので、ナニをどうする気まではないけれど、見たいじゃないか!!

あちあちらぶらぶのコイビト同士で、性欲旺盛な男子高校生の身でありながら、どういうわけか未だにちゅう止まりの清すぎる関係の俺たちですよ。

プールのない高校に進学しちまったから、夏場に水着姿を拝むこともできず。

同じマンションの三階と四階という立地ながら、近過ぎるのがかえって悪いのか、お泊りをすることもなく。

というわけで、千載一遇のチャンスが今。

今日。

なのに。

「つうか達樹さん、訊かせてください!!どうしてもう浴衣姿なんですか?!!」

「どうして敬語だ!」

呆れたみたいに言う達樹は、すでに湯上り浴衣姿だった。

だから待って。

聞いて、同じクラスで同じ班で同じ寝部屋なの、俺たち。

風呂の時間は同じで、その時間が今なの。今!!

なのに俺がまだ風呂に入っていない状態で、達樹はすでに湯上りたまご肌で浴衣姿って、どういうことなの。

なんの時間断絶が起こって、この状態なの。

「なんで浴衣だって、風呂に入ったからだろう」

「いやだから、それがどうして?!今からだよね、俺たちの順番って」

「ああ、なるほど」

ようやく俺の言いたいことがわかったらしい達樹は、ちょっとあさっての方向を見た。

「……………おまえが、担任から説教受けている間にな。暇だったからぶらついていたら、疲れただろうから先にゆっくり風呂に入っていいぞと、教師たちがこぞって」

「ヒイキか?!」

「勧められるまま、小一時間ほど、ゆっくりしてきたところだ」

「ヒイキだ!!!」

普通、修学旅行の団体風呂なんてものは、ひとチームにつき二十分とか三十分がせいぜいだ。

それが小一時間ばかりも。

つうか、一時間も浸かってたのに、そこに間に合わなかった俺。

「よし、復讐だ。教師どもは全員マルゲリー……」

「もう今日は十分に暴れただろうが!」

「った!!」

決意を固めたところで、達樹さんにゲンコツを降らされた。

いや、本気でごちんていうってどうなの、その力加減は。

頭を抱える俺に、目の前に立つ達樹は深いため息を吐く。

「修学旅行でおまえに大人しくしろというのが土台無理以上に不可能過ぎて、もはや参加させるなとしか言えないが、限度があるだろう。説教程度で済んだことが、むしろ教師たちの無気力という諦念の表れだ。情けを持て!」

「情けってねヤツら、それが仕事だからそれでお給料貰ってるから!」

「おまえを管理監督することまでは、給料の範囲に入っていない。完全にボランティアだ。憐れめ」

「まじで?!」

俺の管理監督って、給料の範囲外の仕事だったのか!

俺だって学費を払って通ってる一生徒だってのに、まさかさらなる賄賂を要求されるとは思わなかった。

最近、教師の質の低下が嘆かれること著しいけど、こういう体質に問題が全部表れていると思うね!

「というわけで、今日はもう諦めて大人しくしろ。静かに風呂に入れ」

「納得いかないぃい…………!!」

いや、チャンス自体は今日だけでなく、まだあるけど。

あるけど………!!

呻く俺に、達樹は脱衣所に掛かっている時計を指差した。

「いいか、あと五分で出て来い」

「は?!いきなりなんの」

「五分だからな。女風呂を覗くことも、湯船で泳ぐことも、タイルの上でスケートに興じることも、なにをする暇もないからな!」

「いや、達樹さん、ちょっと!」

女風呂は覗いたことない。覗かない。壁が越えられるか、試したことがあるだけ。

じゃなくて、いったいなんの強権発動なんだ。

慌てる俺に、達樹は肩を竦めた。

「おまえが五分で出て来なかった場合、俺はこのあと、教師たちの慰労会に一人だけで強制参加させられることが決まっている」

「ヒイキっっ、じゃないっ?!!」

なんて言えばいいんだ、こういうの。

おそらく教師側としては、自分たちとともに達樹の労もねぎらいたいとか、そんな感じだろうけど。

しかしいいか、教師どもここにひとつ、おっきな見落としがある!

達樹さんいずまいらばー!!

しかも溺愛傾向で、あちあちらぶらぶのみらくるほっとな恋人だ。

教師どもが俺の管理監督で感じる疲労と、達樹が俺に付き合って感じる疲労は度合いも意味も違う。

そこには確かに愛がある。

俺にしたってね!!

憤然と噛み付こうとした俺の首根っこを掴み、達樹は浴室へと押し出す。

「いいからとにかく、入って来い。このあと戦いになって結局風呂に入る時間がなくなったら、いっしょの布団では寝ないからな」

「なんですとぉっ?!!」

聞き捨てならない。

今、聞き捨てならないことを言われましたよ?!

俺と達樹は、同じクラスの同じ班、そんでもって同じ寝部屋だ。

しかし同じなのは、寝部屋。

布団までいっしょとは言っていない。

それが今、達樹は自ら、いっしょの布団と。

つまり俺が風呂に入って身綺麗にしさえすれば、このあと達樹と同衾?!

「速攻逝ってきますっっ!!」

「走るな、ぶつかるな、生きて帰れよ」

服を脱ぎ散らかしつつ浴室へと走った俺の背中に、達樹さんは気のない声でエール。

いや、気がなくとも構わない。

構わないさ!!!

このあとに同衾イベントが待っているというのなら!!

「っしゃ、ごふんっっ!!」

タイルスケートも浴場水泳もなにもかも放り出して、ひたすらに身綺麗にして風呂から出ると。

達樹は、マッサージチェアに座ってすいよすいよとおねんねしていました。