「というわけで、いいじーさんとわるいじーさんは、末永くしあわせに暮らしたっつー、そんなオチ」
話を締め括った俺に、達樹は参考書から顔も上げなかった。
「んーあー…………そうか。それはよかったな」
相槌まで気がない。
十羽ひと唐揚げ専門店疑獄
つかね、休みの日にコイビトの家に来て、やることが参考書読むって、どうなの。今さらだけど。外に出かけるのでもない限り、達樹は常に参考書か教科書か教科書ガイドとにらめっこだ。
外に出て公園でゲーム機弄ってる小学生もどうかと思うけど、まだ受験生でもないのに、すでに一日が勉強漬けで、コイビトとの語らいもないとか。
俺は、参考書を読む達樹をじっと見た。
じっと。
じーっと。
「……………」
「……………」
おかしい。
これまでならば、「視線だけでやかましいんだ、おまえは!!」とかなんとか、神経質にも過ぎることを叫んでいたはず。
だというのに達樹は、無言で参考書に。
「…………っ」
そういえば、今日に限らず最近、俺がなんか言っても反応ニブいこと多くないか。なんていうか、てきとーに流されてる感!
今までだったら、DVカレシの名前を進呈したいくらいに、俺が言うこと言うことなんでも全部、こと細かにツッコんで来たってのに。
考えたくはない――考えたくはないけど、これは、もしかして…………っ。
数多くのカップル、そして数多いる熟年夫婦を襲う恐怖の罠、その名もKE/N/TA/I/KI…………?!
「ぅ…………っ」
しまった、すごい破壊力だ、この言葉。
わざわざローマ字に直したってのに、心にずしんと響いた。
倦怠期ったら、どんならぶらぶかっぷるをも破局させ、どんないちゃいちゃ万年新婚夫婦すらも離婚に追いやることができるという、縁切り神必殺の最終奥義!
いったいいつ、縁切り神に目ぇつけられたんだ、俺ら。
つか待てこら、神。
確かに俺と達樹さんが、いちゃいちゃらぶらぶのばかっぷるだっつーことは認めよう。
そうとも、達樹さん俺溺愛。そんでもって俺も達樹さん一筋!
しかしいいか……………いいか!!
俺たちがいくら、いちゃいちゃらぶらぶあっちっちのコイビト同士でも、まだちゅーまでの仲だ!
そのちゅーだって、口にちょんってやる程度の、イマドキ小学生だってもっと進んでるだろっていう。
そんな、いつの時代の清いカップルだよって付き合いの俺たちが、すでに倦怠期ってどういうことだ。
ちゅーしかしたことないのに、すでに倦怠期って、ありなのか、神的に。
「…………っはっ」
もしかして、逆説的に?!かえって?!
ちゅーしかしないからこそ、かえってこの関係に進展性を見出せず、倦怠期に。
でも達樹さんがすっげえガード固いんだよ!学生の交際は健全に限るとか、大正浪漫な学生ものじゃあるまいし!
てか大正浪漫ものも、今のひとが書くとやっぱりがっつりやること進んでるよね。
てことは、達樹の照れ隠しを真に受けて、まごまごしている俺の責任。
いやでも、ヨメから旦那押し倒すってありなの。確かに世の中にはそういう系統の話もあるけど、達樹さんは……………達樹さんは。
押し倒しちゃったら俺、間違いなく、ヨメじゃなくなる予感があんだよね………。
いやいや、俺の目標はあくまでも、達樹さんのデキるカワイイお嫁さんだけどね?
たまに達樹、すっげえかわいいから!!ヨメがベッドの中ではタチになるのもアリじゃねとか!!
いやいや、出来るヨメは、ベッドの中でも我慢出来るヨメ。
でもしかし、いやいやしかし、だがしかし。
――ていってももう、まごまごしている場合じゃないのかもしれない。
もし俺と達樹が倦怠期に突入してしまっているのなら。
ヤるしかn
「んなわけねえだろうが!!」
「ぶぎゃっ?!」
決意を固めたところで、唐突にすっぱんと頭を叩き飛ばされた。平手の感じじゃない、もんのすっごく小気味いい――
スリッパ。
つかスリッパ。
お客様用スリッパ。
わざわざ達樹相手にスリッパ出した俺に対し、その扱いはひととしてどうなの?!
「あのね、達樹!」
「いいか、なにを考えようともそんなことはあり得ないし、夢想以外のなにものでもない以前に、妄想だ。白昼夢と呼ぶすらもおこがましい、朦朧とした脳による戯言だ」
「えっと達樹、俺なんか声に出して」
「知らん」
なにやらすごい勢いで否定を重ねられたので訊いてみたら、達樹は自信満々に答えた。
ふん、と鼻を鳴らすと、手に持っていたスリッパを床に落として、足を突っ込む。
「知らんがどうせ、ろくなことを考えてないだろう。なにをどう思いを馳せたかなんざさっぱり推測もしないが、意味もないことには違いない。そのうえで無駄の骨頂の結論に辿り着いたんだろうなと」
「相変わらず、なにひとつとしてわかんなくてもすごい勢いで否定を重ねるよね、達樹!」
俺のこと信頼し過ぎなんだっての。
ん?ていうか、今のこの感じ…………いつもどーり?
あれ、てことは、倦怠期じゃない?俺の早とちりで、思い違い?
「達樹、早とちりってさ」
「おまえに関して、俺に早とちりはない」
「自信満々だな!ってもその思い込みが、かえって危機を」
「おまえに関して、危機じゃないときがあったためしがない」
「そういやそうか!」
つまり達樹さんは、常在戦場の心得で俺に対していると。
まさかそんな緊張感を持って、ずっと俺に対してくれていたなんて!倦怠期になんて、絶対になりようがないね、それは!!
「愛をひしひしと感じた!!」
「なにに愛を感じたか知らんが、勘違いだぞ、それは」
「いや、こと達樹さんが俺を愛してるってことに関して、俺にカン違いはない!」
達樹を真似て言い切ってから、俺は腹を撫でた。
要らん心配したせいで、腹減ったよ。つかもしかして、腹減って低血糖になってたから思考がおかしくて、倦怠期とか思いつめたのか。
ん、倦怠期………けんたいき?なんか…………あー、けんたいき………ああ、けんた……つまり、
「つうことは、揚げ鳥だな。パーティボックス」
「なにをどれだけ食う気だ、おまえ。しかもどこからどう繋がった『つうことは』だ」
「いや、話すと長く」
「なら聞かん」
「じゃあちょっと語りますが、長くなるからつまみに俺、雷おじさんとこ行って揚げ鳥買ってくんね。達樹はボンレスが好きなんだよね?」
「たまにはひとの言葉を聞け!いや聞かなくていいから理解しろ!!」
叫ぶ達樹を置いて、俺は財布を掴むと部屋を出た。
うん、達樹の無茶ぶりもいつも通りだ。
聞かずに理解しろなんて、聖徳太子だって不可能の業だよ、達樹!