一度や二度の失敗ごときで挫けない、打たれ強いタフマン、それが俺、郷田聡です。小学校からずっと、あだ名はジャ○アンです。

強気で押せ押せ生きてきた結果、これまで乗り越えられなかった壁は存在しません。

しかしながら現在。

禁忌

「ぅうぬぬぬ……………っ」

俺は激しい葛藤の中にいた。

一度や二度の失敗ごときでは挫けない。

要するに、壁が越えられるまで何度でもしつこく粘り強くアタックし続けるってことだけど。

達樹さんなんかは、それが俺の短所的長所だと褒めてくれる。

いやうん、短所なのか長所なのかよくわからないけど、トドメが長所じゃんだから褒められてると判断しました。

それはともかく。

その俺にも現在、越えられない壁が。

いや、越えられる………越えられない壁などというものは存在しない。

越えられなければ突き崩せばいいだけなんだし。

しかし。

「ぅうぐぬぬぬ………っ」

思いついたはいいけれど、先に進めないままに思考が止まってもう、三十分。

「だって、四月一日だし………っ」

苦しい息とともに、俺は俺を説得する言葉を吐き出す。

そう、四月一日。

なんでも嘘を言っていい日。

今日この日は、公共放送ですら罪のない嘘をさらりと吐き出したりする、そんな世界的嘘つきの日。

もちろん、イベントごとに疎い達樹だって、今日がどういう日かは重々承知なわけだ。

ていうか、ついさっきも嘘をかまして逆襲されたとこだし。

そして愛あるコイビトである達樹は、俺が今日という日を最大限に活かし、一日中手ぐすね引いていることを理解している。

伊達の付き合いじゃないしね。

コイビトになったのこそ高校に上がってからでも、付き合い自体は中学からずっとだ。

「だからだいじょぅぶ…………っっ」

そう、大丈夫なはずだ。

こんな嘘、むしろ俺にしてはかわいくて、鼻で笑われる。

と、思うのだけど。

ああまさか、ここに来て自分と戦う羽目になるなんて。

自分の最大の敵は自分だとか、ちゃんちゃらおかしいと思ってたのに。

まあ、それというのもこれというのも、俺は俺のやりたいことを俺がやりたいままにやりたいようにやるからだけど。

郷田聡、あだ名はずっとジャ○アンです。

だというのにまさか、ここに来て自分が敵に回った。

少年マンガとかでは必ず、多かれ少なかれ「自分」と戦うのがセオリーだ。理由はどうあれ、必ず自分と戦っている。

そして高確率で、「自分の最大の敵は奴ではなく、自分だった」とかいうことに気がついてなんか悟り的なものを開き、さらにパワーアップしたりするわけだけど。

「…………ぅううううっ」

越えられない壁などないのさ。

自分だって越えてみせるさ。

越えられないほど高く険しいなら、突き崩してしまえばいいのさ。

のさのさのさ……………………………

「ぅぁああああああっ、もぉだめだぁあああああああっっぁだっ?!」

「やかましいんだ、この愚の骨頂!!」

とうとう行き詰って叫んだ俺の頭を、べしんと叩き払った――のは、もちろん、達樹。

つか素手じゃない。丸めた参考書持ってる。角じゃなかったとこに愛を感じればいいのか、この場合。

頭を抱えて考えこむ俺に、丸めた参考書を持って仁王立ちした達樹は、ぽんぽんとその参考書で自分のもう片手を叩く。

「さっきから延々えんえんえんえんえんえんえんえんえんえんえんえんっっ!!他人の部屋で唸るな叫ぶな、騒ぐな、悩むなっっ!!」

「途中までは同意するけど、悩むのくらいは赦してよ!!」

達樹には思考の自由っていう概念はないのか。

確かに、達樹の部屋に来ておいて、まいぷれしゃすらばーを構うこともなく、うんうん唸って考えこんでたのは俺が悪いけど。

頭を抱えたまま訴えた俺に、達樹はふふんと鼻を鳴らした。

「悩んだところで無駄なんだから、悩むな」

「いや、無駄って」

「どうせおまえはなにを悩もうと、最終的に自分がしたいことを自分がしたいままに自分がやりたいようにしかやらないだろうが。考えるだけ時間が無駄なんだから、直感と本能だけに従ってろ」

「すっげえ理解力!!」

やっぱり達樹の愛は半端じゃないね溺愛だね!!むしろもう、盲愛と言い換えてもってか、もはやその愛情度数を表せる言葉などは存在しないレベルだね!!

ここまで期待され信頼されているなら、応えねばオトコが廃るってもんだ。

オトコ郷田聡、腹を括って逝きます!!

「達樹!!き、き…………………きっ」

「あ?」

「き……………っき、き、………………きぃあああああああああっっっだ!!」

「おかしな声で叫ぶなと、何度言えばわかるっっ!!」

言いたい言葉は、ひとこと。

けれどそのひとことが言えないまま、とうとう叫んだ俺の頭を再び、丸めた参考書がなぎ払う。

避けない俺も俺だけど、容赦ないよ、達樹。

つか俺今、それ避ける余力ないから!!

「ぅ、ぅううう…………っ、いえない…………っどうしても、どうしてもいえないんだ…………っうそなのに、うそだってわかってるのに…………っきょういわず、いつこのうそをいえと………っ」

「ちょっと待て。本気で泣くな」

「だぁって、だづぎさぁああんん…………っ」

達樹には、おまえに四月一日がなにか関係あるのかと訊かれるくらい、普段から嘘がお手の物の俺だ。

いや、嘘がお手の物ってか、単に口から最初に生まれてきた関係で、頭の中で考えたことがさらっとあっさり駄々もれるだけなんだけど。

結局、それが嘘みたいになるってことで。

とはいえ、考えたことが駄々もれる俺のこの口が……………このくちがっ!!

たった一言だけは、絶対に発せないという……………それも、達樹限定で。

「…………………あのな、よく聞いておけ?」

「ぇぐぇぐ」

本気で洟を啜る俺に、しゃがみこんだ達樹はごくまじめに首を傾げた。

「いくら今日が四月一日で、それが嘘だとあからさまにはっきりしていたとしてもだ。おまえの口から、『きらい』の一言が出たら俺は、世を儚んで線路に飛び込むからな?」

「たつ、達樹さ………っ」

四月一日ジョークと思いたいけど、ここら辺はおそらく本気。

なにしろ達樹は、俺のことミラクルに愛しちゃってる。

つうか、よくわかったな、俺の言いたいことが。これが以心伝心、愛の深さは地球を突き抜けたね!

「というわけで、なにかやりたいにしても、それ以外を考えろ。おまえなら出来るから」

「ぅ、うんっうんっ、達樹!!俺は出来る子だもんね!!そうだよ、ひとつのアイディアに固執するなんてどうかしてた!!嘘なんて十個でも二十個でも自在に操る男、それが俺だよね!!」

感激して叫んだ俺に、達樹はふっと笑った。

「…………おまえって、ほんといい感じに駄目だな………」