棚一面、緑。

緑みどりみどりみどり。

そりゃ今は、新緑萌え出づる季節だけどね?

なんでこう、コンビニもスーパーもどこもかしこも、お菓子の棚が緑一色!!

来たるらし、SOS

「おいまだか?」

「桃色。違う、ピンク色」

「……………」

先に買いものを済ませた達樹に呼ばれて、俺はお菓子の棚を眺めつつ、つぶやいた。

ちょっと黙った達樹は、ふいと外の方を指差す。

「アダルト雑誌のコーナーは、あっちだ」

「この場所での発言に、そっちに飛ぶのか!!」

達樹が指差したのは、正確には外ではなかったらしい。外に面したガラス窓の傍、雑誌コーナー。

の、成人指定雑誌コーナー。

コンビニってのはどうしても、アダルト雑誌ですら、窓際に置くよなあ。

小さい店の中に結構な売り場面積を割いて、立ち読みとかもできるようにしておきながら、外からも見えるようにしておく。全国コンビニ業界連は、いったいなんのプレイ推奨派なの。

それはそれとして、確かにニホンではアダルトものをして、ピンク色で表しますがね。

達樹さん、俺高校生、未成年ですよ!!

性への好奇心は旺盛だけど、ああいうコーナーに置いてあるものは、二十歳未満購入禁止だ。

叫んだ俺に、達樹はきりりと眉をひそめた。

「おまえの普段の行状を、三日三晩かけて思い返せ」

「三日三晩?!なっがっ!!半端なく長いよ、達樹さん?!しかももしかして、不眠不休?!」

「期間指定せずに思い出せとだけ言ったら、五秒で飽きて、思い出すのを止めるだろうが」

「それにしたって、三日三晩て」

物事には、限度ってもんがある。

呆れたようにつぶやいた俺に、達樹さんはむしろ、ふんぞり返った。

「五分やそこらだと、思いつくことがないで終わるのが、おまえだろうが!!」

「すっごい深読み感!!」

俺の反論のすべてに、きれいに返してくるなんて。

俺のこと理解し過ぎだよ、達樹。愛も極まれりだね。

でもまだまだ、盲点もある。

「まあ、どっちにしてもおんなじだけど。このコンビニは年齢確認が厳しいから、俺くらいの年恰好になると、本人確認書類とかで成人してるってのを確認できないと、アダルト雑誌は絶対に売ってくれないんだよ。年齢確認しないのは、マンション近くのコンビニと、学校裏手の商店街を抜けた先にある、コンビニ。ここにしかないコアものの雑誌があるわけでもないから、わざわざ無理しようとか思わないけど」

学校前のコンビニになるとね、年齢確認もそうだけど、そもそも取扱い数が少なくなってたりもするんだけど。

地域色がないとかなんとか言われているチェーンコンビニだけど、意外や意外と、ものっすっごく、ミニマムでコアな地域色は、ある。

言った俺に、達樹は眉間に指を当てた。目を閉じて、小さなため息をこぼす。

「三日三晩かけて振り返らせても、無駄でしかないのか………」

「いや達樹さん?!俺まだ、振り返ってないよ?!一瞬も、なんにもしてないからね!!」

なんですでに結論が出ちゃったんだ、達樹。脳内シミュレータの暴走か?

俺のシミュレータが暴走することならよくあるけど、達樹は珍しいんじゃないか。たぶん。

心配する俺に構わず、目を開けた達樹は胡乱そうにお菓子の棚を見た。

「で食べたいものがないのか」

「食べたいものがないってか………緑だなーと思って」

「緑………抹茶だろう?」

「んだから、緑っしょ」

春です。新作お菓子が出回る時期です。

で、その特集コーナーというコーナーが、コンビニに行ってもスーパーに行っても、緑みどりみどり、の、抹茶味一色。

春だよ?

新緑萌える、つまり緑の季節だっていうのは、わかる。

わかるけど、春なんだからさ!

「それで?」

「や、それでって、達樹さんピンク色、いちご味がないじゃん?!」

「………ああ」

叫んだ俺に、達樹はようやく納得したように頷いた。

だからさ、春なんだよ。

春と言えば、いちご!

じゃないの?

だってほら、この時期になると、『GWはいちご狩りに行こう!!』とか、いろんなとこでちらしだの広告だの、あとはいちご狩り行ってきたよ報告だの、あるじゃん。

今の時代の農業ってのはハウス栽培が主体で、どんな野菜も果物も、季節関係なく出回るっていう実情は、理解している。俺がいくらふっつーの高校生男子で、料理とかに興味がなくても、だ。

でもそうやって、『いちご狩り』っていう言葉が使われるのって、やっぱり季節限定だ。

春、今。

つまり、いちごの旬は今。季節はいちご。いちごの季節。

いちご白書すら出たこともあるらしいと、もっぱら噂だよ確かいちご白書はあまりの好評さに、もう一度のリクエストがあったとかなんとか、記憶うろ覚えだけど。

ということは、季節に則って新作を発表するお菓子業界は当然、いちご味を全面に押し出してきていいはず。

そうでなくても、いちご味って人気の味だしね。通年、なにかしら出てるっちゃ出てるけど、ここぞとばかりに新作どーん!

なのに、棚という棚が緑。

目に青葉山ホトトギス初鰹とは言うけど、そんなに緑押しってどういうこと。

ちなみにこれって結局、なにが言いたいのかわかんないんだけど、春の句だよね?

いくら新緑、出てきたばっかの葉っぱがやわらかくても、青葉が目に入ったら、やっぱり痛いよね。そんでなんか、ずららっと並べてて、初鰹で締めている。

解説するとつまり、いくら青葉でも目に入ったら痛いとジョーク的に警告しつつ、無理やりなこじつけで、そんな痛みを忘れさせる春のうまいもの:海の代表は初鰹、山の代表はホトトギスだと、ご紹介。

いわば土用の丑的な、宣伝文句。

昔のひとの感性ってわりと謎だけど、この場合はもっと、深淵かつ危機的な謎がある。

現代って、ホトトギスは鑑賞用の鳥で食べないと思うんだけど、昔のひとは食べてたのか。そんで、句にまでなっちゃうってことは、美味いのか。

とりあえず初鰹は美味いから、そうなるとホトトギスも美味い。なんで美味いのに、初鰹の習慣しか残っていないんだ。ホトトギスってトキとかとおんなじに、禁猟種だったっけ?

「そんなことか」

「そんなことかって、達樹!」

ものすごく冷静にしらっとつぶやいた達樹に、俺は食ってかかる。

「そもそもなんで、俺がいちご味探してるかって言ったら、達樹のためでしょうが!」

四角四面で融通が利かないかっちんこっちん生真面目勉強人間の達樹が好きなのは、なんといちご味。どこの乙女だ。でもこれに関しては衒いもなく、いちご味押し。

いちごミルクはもちろんのこと、ケーキもプリンもチョコも飴も、いちばん好きなのは、いちご味。

それはそれはもう、蕩ける顔で食べる。

はっきり言って、めさかわいい。堪らない。

というわけで、達樹とお菓子を食べるってなったり、なにかでいっしょに出掛けてお菓子を買うときには、ついつい、いちご味を探す癖がついている俺です。

郷田聡、小学校からあだ名はジャ○アンですが、実態は純情一途で旦那に貢ぎ尽くす、オールドタイプな良妻候補です。

そうやって食ってかかった俺にも、達樹は軽く肩を竦めただけだった。

「いちご味の季節って、冬だぞ。クリスマスぐらい」

「んなにぃっ?!」

断言した。そんでもってここまでの、冷静過ぎる対応。

本当だ、抹茶しかない、いちご味がないと俺といっしょになって騒ぐことなく、なにを当たり前のことを言っているんだという――

ということは、達樹的にはしっかりリサーチ済。裏付けがある。そこまで好きか、いちご味。

いや待てしかし、なんでクリスマスにいちご味の新作ラッシュ。さっきも言ったけど、いちごの季節って春、今だよねなんのための、いちご狩り。リメンバーいちご白書。

目を剥いた俺に、達樹もようやく、ちょっとだけ困惑を浮かべた。

「そこらへんのカラクリまでは知らんが………春じゃないな。少なくとも、菓子的には。いちご味は冬。で、春は抹茶」

「なんたる」

「とはいえ、まったくないわけじゃない」

説明しながら、達樹はすっと手を伸ばした。お菓子の棚から、パッケージを一個、取り出す。

いちご味。

「ちょっとは出る。多いのはやっぱり抹茶で、それと張り合うほどじゃないが」

「達樹さん………!」

俺が一所懸命探しても見つけられなかったものを、一瞬で見つけたその眼力。

そんなにいちご味が好きですか…………!!

いや、好きだけどね。わかってるけど。こう、胸にずしんと来るものが。

俺もまだまだ、奥さんとして修行が足らないな……トモダチだったとはいえ、達樹との付き合いは中学一年から、すでに三年以上になるのに。

今頃、いちご味の旬を知ったり、埋没したいちご味を見つけられなかったり。

とはいえ、俺は高校生。身長と同じで、すべてのことに伸び代がある。

諦めることなく修行を積めば、高校卒業するころには、立派な良妻。達樹さん限定。構いませんとも、限定商品!!

レア感が堪らないよね、商品であれ、奥さんであれ。日本人は特に、限定商品に弱いっていうし、いくらなんでも達樹さんだってそこんとこは。

「とりあえず、買う」

「そうか」

「あと月間いい奥さんの最新号も買っておく」

「は?」

「待ってろよ、達樹………本気を出せば、俺はなんでも出来る男だぜ!!不可能などない、それが俺、郷田聡という男!!すぐに極致に到達してみせる!!」

「………ああ?」

拳を握って気合いを入れる俺に、達樹は胡乱な顔だ。

いや、いつかわかってくれればいいよ、達樹さんああ、うん。それは違うな。

わかってくれなくてもいいんだ。

自分は理解されてるんだけど、相手のことは全然理解してない。

そういう鈍さが、旦那ってもんじゃないのか。そんでもってなんだかんだ言いつつ、奥さんに内助の功で支えられちゃってたりする。

でも言われないから、ずっと気がつかなかったりして。

俺が目指すべきは、そういう古き良き奥さんじゃないのか!

「………相変わらず、なにがなにやら、さっぱりわからないが」

胡乱な顔のまま、達樹はぼそっと吐き出した。

「あまり外で、無意味に男らしさを振り撒くな。無駄にときめいて、でも人目があるしで、疲れる」