アメリカの牛肉は硬い。

そんでもって、これでもかと色素汚染されたゼリビーンズも硬い。

プラス思考トリッカー

「ぁぐっ!」

最後の一個を口に放り込んでがむがむと咀嚼し、俺は空き袋をぐしゃりと潰した。

「咀嚼することは、頭脳を明晰にすることである!」

だからガムを噛むと頭が冴えるとかなんとか。

しかしガムって大体、へにゃちょこだ。それに比べて、ゼリビーンズの硬さは時としてするめに並ぶ。

というわけで、ゼリビーンズを一袋まるっと食べ終わった現在の俺の頭脳の冴えは、超人レベル。

「そんな頭脳明晰:俺が提案するTrick & Treatはもう古いこれからの時代は、Trick or Trickむぐっ!!」

「………休み時間に購買で、をとこ梅を買っておいて良かったな………」

「すっぱぃっ!!甘いもの食べたあとのをとこ梅は、激すっぱぃいいいっ!!」

高らかに宣う途中で俺の口に押し込まれたのは、梅干しの菓子。突っ込んだのはもちろん、目の前に座る達樹さん。

なんかすっごい冷静にしらっと言いながら、いつもどーりに教科書ガイド読んでるけど!!

ちょっともう、ほんとに涙目ものに、口の中が悲喜劇ですもはやすっぱいの通り越して、痛い!

んでもって口直ししようにも、今まさにゼリビーンズ食べ終わったとこだし。

「なにしゅんの、たちゅきしゃん!」

「幼児に目覚めたのか近場なら、おおぞら………」

「ちぁう舌ぁしひれて、ことらにならないんにゃ!!」

ちょっと呂律が回らなかったくらいで、ひとのことを勝手に幼稚園に放り込もうとしないでほしいな、まったく。

しかも近所のおおぞら幼稚園ったら、俺のライバルの一人である園児が通ってて、入れられるクラスによっては、ヤツの後輩になる可能性が。

そうなったら、甘いもの直後のをとこ梅を凌ぐ、真正の悲劇だ。

「ちなみになんで、をとこ梅なんか買ったの、達樹」

「をとめ梅を買うのは恥ずかしいだろう、いくらなんでも」

「いや、名前だけのことじゃん、達樹をとめ梅も、あれはあれでおいしい………まさか達樹が、俺にノリツッコミを誘導するなんてむぐっ!!」

「騒ぐな。教室だ」

「ふたつむめれも、をとこ梅はしゅっぱぃいっ!!」

まあ、なんつうの。俺が酸っぱいものに弱いってのもあるんだけどさ。

にしても、しくじった。

どうしてさっきの休み時間、俺は達樹を一人で行動させたりしたんだ。まさかこんな凶器を買ってくるなんて、キューティクルタイガーが仲間から離脱するかどうかの瀬戸際に、夢中になってる場合じゃなかった。

後で覚えてろ、イインチョ。そして新刊は早く出ろ。

「そんでもって、改めて聞くけろね、達樹さんなんでをとこ梅なんか買ったの?!」

「そろそろゼリービンズがなくなると思って」

「ああうん、今まさになくなったけど、それがなに」

朝のいちばんに達樹からもらったゼリビーンズは、ついさっきまさになくなったとこだ。昼休みまでは持たなかった。

これでも達樹からのプレゼントだから大事にはしたんだけど、そもそもの袋が小さい。

疑問なんだけど、なんでゼリビーンズの袋って小さいかな。本場のアメリカとか行けば、ビッグサイズの袋で売ってたりするもんなの?

だってあの国で、このサイズの袋はいっそ驚異的じゃないか『おーう、ぷてぃさいず、ふぁっきん!』て感じで。

「ああいや、いい加減にも程があるわ。プチってフランス語」

「なんの話かさっぱり脳内が不明だが、おまえがすべてにおいていい加減だという話になら同意するぞ」

「そうなんだよね。俺ってすべてにおいて良い加減だよね」

「………いい加減にも程があるが、プラス思考にも程があるぞ」

「そんなべた褒めされても」

なんにも出ないよ、達樹さん?

って、そうじゃない。そもそも本題は。

「だからさ、達樹これからは『Trick or Trick』の時代だと……んわっ!」

「………避けたか」

「さんかいめのしょーじきもの!」

ひやひやと冷や汗しつつ、俺は目の前を掠めていったをとこ梅三粒目を見る。

つか達樹さん、影も形も見えないをとこ梅をどっから出してんのかと思えば、机の中にまさかの本体セット。俺は達樹の机の中には、教科書と教科書ガイドと参考書と辞書とノートしか入らないものだとばっかり。

いや、ちょっと待て。それだけ入ってるはずなのに、さらにどこの隙間にどうやって、をとこ梅の本体を突っ込んでるんだ。

達樹は俺の口に突っ込めなかったをとこ梅を自分の口に含み、顔をしかめた。

疑問はとりあえず脇に退け、言うなら今だよね?時期を逸さないをとこ、それが郷田聡であります!!

「正直、Trick & Treatの時代はもう終わったんだと、びびびっと来たんだよね。これからの時代は、Trick or Trick、どっちに転ぼうとも、仁義なき容赦なきイタズラに塗れた」

「電波受信塔はどこだ」

「んえ?」

しかめっ面のまま訊かれて、俺はきょろりとあたりを見回した。

電波受信塔が必要と言われる人物っていうと、俺たちのクラスの担任だ。頭はいいらしいんだけど、あんまりにもちょっと良過ぎて、かえって電波受信塔がないと会話が成り立たないと言われている。

来たのかと思ったんだけど、いない。次の授業も、違うし。

訝しい顔を達樹に戻すと、きりきりと奥歯を鳴らされた。

「………達樹さん?」

「無駄に毒電波ばかりを受信しやがって。へし折ってやるから、場所を言え。どこに電波受信塔がある」

「わあ、をとこまえで惚れ直すこれがをとこ梅の効果?!」

いや待て。したらその前に二粒も食べてる俺のをとこまえ度は、計り知れないレベルに達しているはず。

まあ、普段から達樹はをとこまえで、俺はをとめだし。

って、んなことを言ってる場合じゃない。下手すると、俺の要らんものが要らん感じにへし折られる。

要らんならへし折られてもいいだろうって、それは短絡的というものだ。

要らんものも積み重ねれば山が出来るんだよ!

なんだ、自分で思った以上にうまいことまとめられたな。やっぱり硬いもの食い続けて、頭脳の冴えが際立ってるんじゃないか。

「というわけで達樹さん仕切り直しと行こうじゃないかTrick or Trickで、今年のハロウィンをやりなお、むごごっ!!」

「いいか聞けどこからどう繋がって、会話を『だから』や『というわけで』で始める?!おまえの脳内で完結するまでの過程を、細大漏らさず説明しろ!」

「んっぱい!!さんちゅむめれも、をとこ梅はんっぱいよ!!」

さっきは避けたのに、今度はうっかり突っ込まれてしまった。

そんなにビタミンC摂って、どうするのさ。せめてこういうもの食べるなら、涼しくなってきた十月終わりじゃなくて、夏休み中の部活時間とか。

「そもそも俺は、Trick & Treatの時代も知らないぞ。いったいいつ、Trick or Treatの時代が終わっていた?!」

「いやしょれは、達樹はそもそも、イベントに疎いし」

なんだか顎が痛くなってきた。

苦労して三粒めを飲みこみ、俺は舌をべろんと出す。これでお茶飲むと、ヘンな酸味がついてさらにまずいことになる。だから口直しするなら、甘い食べ物に限るんだけど。

「朝はTrick & Treatの時代だったよ。お菓子もイタズラも、どっちも両得に味わえる感じでいいよなって。でも今になったら、やっぱりしたいのはイタズラだろうって結論に」

だってそうでしょ?

よくよく考えるだに、イタズラとお菓子とをコイビトから両方貰ったとして、それはつまり、半分。

お菓子半分:イタズラ半分。

そんなにお菓子が欲しいかっつーと、正直そうでもない。

それより俺が欲しいのは、なによりもコイビトからのイタズラです!!達樹さんが俺にイタズラしてくれるなら、お菓子なんか要らないよねつかむしろ、お菓子邪魔でしょ?!

というわけで、一瞬はナイスアイディアDE賞に輝いたTrick & Treatは、一瞬で落日。

もはや逃げ場もなく選択肢もなく、ひたすらにイタズラのみを求める、Trick or Trickに軍配。

それというのもこれというのも、達樹が俺に朝くれた、ゼリビーンズをひたすらに噛み締めて頭脳を冴え渡らせた、その結実とでもいおうか。

これがまさに、二人の共同作業というやつではないのか!

「おまえの中でな?」

一方達樹はというと、なんでか非常に渋面だった。まだ口の中に、をとこ梅残してるのか。

「うん?」

それ以外になにがあると首を傾げた俺を、達樹はきりりと見据えた。

「それでだれが得をする?」

「だれって」

きょとんとして、俺は達樹を見返す。

そりゃもちろん。

「俺が!」

「この天上天下俺我独尊!!」

「なんか新語が発明された?!」

もしかしてすごい瞬間に立ち会ったのか、俺。

ついでに元の言葉の解釈から考えるに、つまりこれは天にも地にもおれおれという、おれおれ詐欺も真っ青のお山の大将俺ひとり的なうんたらかんたらどうのこうの。

とかなんとか思いつつ、今度は普通に飛ばされた拳を避ける。

こんなことじゃいけないんだけど、安心する。をとこ梅攻撃のほうが、よっぽどきつい。

「しかしある意味、予測通りだ。朝のいちばんで躱したくらいで、どうにかなるおまえなわけがない」

「信頼してくれんのはうれしいけど、わかってたことならいちいち拳飛ばさなくても」

「というわけで、備えあれば憂いなしだ」

「え?」

珍しくもさっぱり俺の話を聞かずに、達樹は机の中からパッケージを――

パッケージを。

どっさりと。

「今日一日、おまえを凌ぎ切るための菓子だ。購買のラインナップも、あながち侮れない」

「侮れないってか」

お馴染み、をとこ梅の干し梅に、をとこ梅グミ、をとこ梅キャンディに――

「………侮れないってか」

机の上にどさっと置かれたのは、これでもかとをとこ梅シリーズ。

あれ待って、うちのがっこの購買ってそんな品揃えだった?!

つかそれ以上に疑問なのは。

「達樹さん?!達樹さん、ねえちょっと達樹さん机の中どうなってんの?!まさかそれ、密かに四次元に繋がってたりとかするの?!」