攻撃性シンパシー
担任からプリントを受け取り、職員室を出ようとして、模試の日程表に目がいった。
三年生対象の模試だから、一年の俺にはまったく関係ない。が、模試というととりあえず目をやってしまうのは、俺の悪癖のひとつだ。
今月の模試の日程は、などとついカレンダーを確認して、ふと気がついた。
もうすぐ、聡の誕生日じゃないか。
だからといって派手にパーティなどを催すわけではないが、中学で知り合ってからこっち、なにかしらのプレゼントを贈るだけはしている。
それは主に、
「俺誕生日!祝うよね!」
――と強要されてのことだが。
まあ、俺も一応貰っているし。
しかし、プレゼントか………。
確か、中一のときがキン消しで、中二のときがなんたらいうアニメのおもちゃ付きのスナック菓子。
中三のときがカードゲームの新しいカード一袋、だったか。
ちなみに俺セレクトではない。
「プレゼント!くれるよね!」
――と強請られて、
「俺今○○欲しい!」
――と指定されて、それを買ってくるのが常。
ということは、今年もお伺いを立てたほうが良さそうだ。
なにが欲しいのか悩んでも、あの宇宙人の考えていることは読めない。
そもそもこうやって過去のデータを掘り返しても、趣味が違いすぎて、今なにが欲しいのかさっぱり頭に浮かばない。俺はアニメも観ないしゲームもしないし。
聡が今嵌まっているもののタイトルくらいはわかるが、それのなにが欲しいかとなると。
高校生にもなって今さら、おもちゃ付きのスナック菓子が欲しいとは言わないだろう。言わないよな?言うのか?
完全否定できないところがあれのこわいところだ。
「柴山ぁ?模試なんて三年生になってからで十分おなかいっぱいだよ?今からそんな熱烈視線送ってるの見ると、先生、柴山の将来を悲観してコーヒーがおいしく飲めません」
「?!」
いつの間にか真後ろに立っていた担任が慨嘆した。
別に模試のことを考えていたわけじゃないんだが、説明が面倒だ。つか、なんでこれで将来を悲観されなきゃならないのか。
「ちなみに先生はコーヒー嫌いなので、どうやってもおいしく飲めないという逆転オチ」
「じゃあ問題ないですね」
切って捨てると、プリントをもう一束追加された。
「なんも言わなくても、和田に渡したらわかるから。どうしてもわかんないって言ったら、『きゅありーきゅあらん』って唱えろって言っといて」
「意味不明過ぎて覚えられません」
「柴山は出来る子です。和田も出来る子です。出来る子×出来る子=不可能の駆逐。この世に出来ないことなどない。そうなのか?すごいな、柴山!先生びっくりした」
できねえものはできねえよ。
しかし、まともに会話するには電波受信塔を持つ必要があると言われている担任なので、つっこむだけ無駄だ。
俺は早々に引き上げて自分のクラスに向かった。
ん?なに考えてたんだったか忘れたぞ?
首を傾げつつ、まずクラス委員の和田一義に二種類のプリントを渡す。
和田はあとで追加されたほうのプリントを見て眉をひそめた。
「なにこれぇ?春木、なんか言ってたぁ?」
「おまえに渡せばわかるって。わからなかったら、なんか、きゅあきゅあ唱えろって言ってたぞ」
「きゅあきゅあ?――ああ、きゅありーきゅあらん…って、リアルでそんなもん唱えて、なんになるっていうのあのおばか…」
伝わった!
和田は出来る子なのか。さすがクラス委員。だてに長く担任と付き合っていない。
感心しながら自分の席に戻った。
前の席には聡が座っているのだが、なぜか後ろの俺の席のほうを向いて、マンガを読み耽っている。
表紙を見ると、少女マンガだった。おそらく和田に借りたんだろう。
「終わった?」
「ああ」
中身がおもしろいときの癖で、マンガから顔を上げずに訊く聡に適当に頷き。
そうか、そうだった。考えていたことを思い出した。
「なあ、今年の誕生日」
「達樹」
プレゼントなにが欲しい、と訊く前に呼びかけられた。相変わらず視線はマンガに固定。
――少女マンガがおもしろいって、どんな男子高校生なんだ?ああいや、和田がよく読んでいるから、意外に一般的なのか?
「なんだ?」
とりあえず訊き返す。これで、次の巻借りてきて、とか言ったら一発殴ろう。
しかし電波受信塔が必要なのは、なにも担任だけの話ではないのだった。
「だからプレゼント。達樹。ちょうだい」
「はあ?」
プレゼントが、俺?って、俺?!
ふざけているのかと思ったが、特に茶化しているふうでもない。マンガに夢中だ。
こういうときは脳みそがほかに回らなくてわりと本音を漏らすから、本気でそう考えているんだろうが。
俺?
を、贈るって、どういうことだ?
リボンで巻いて、箱詰めにして渡せと?箱詰めにした場合、だれが運ぶんだ。運送業者を頼んで…――伝票に中身人間と書いて、運送業者は受け取るのか?
思考回路があんまり阿呆過ぎる。なにかの比喩だと考えるべきだろう。
しかし考えても、どういうことなのかわからない。これはやはり、悪質なジョークの類と考えていいのか。
「おい」
「楽しみにしてるから」
「――おい…」
どこまでも真顔。
本気だ。
いったいどういう隠喩なんだ?
「ちょっと柴山ぁ、やっぱさぁ」
困惑しているところに、プリントを振り振り和田がやって来た。
和田は出来る子だ。確認済みだ。
「和田、プレゼントに俺が欲しいって言われたら、どうしたらいいんだ?」
「――」
思わず訊くと、和田はきょとんとした顔で立ち尽くし。
「――柴山ぁ。俺から言えるのはひとつだねぇ」
ごく真顔で、和田は人差し指を立てた。
「『自分を大事に』」
「…?」
どういう意味なんだ…?!