「お菓子は欲しいがイタズラもしたいというわけでそんな俺のために今年はお得なセット販売をご用意してみました」
「なんの商売を始めた!」
なんの商売であれ、聡にだけ都合のいい商品が売れるとも思わないが、ごり押しはしそうだ。
ソドム120光年のTReaT
玄関を開けるやいなや、おはようの挨拶もなしにそんなことを言う聡に、俺は呆れながら鞄の中を漁る。
「商売っていうかね、要するに」
「とりあえず話の前にこれを受け取れ」
「なに?」
強欲であることは聡の長所となることもあるが、だいたいにおいて短所だ。
差し出されたものはとりあえず受け取る癖が出て、聡は俺が差し出したものを素直に受け取った。
「って、お菓子!」
「やったからにはイタズラするなよ」
「やられた!!」
聡が頭を抱えて叫ぶ。玄関で悶える聡を置いて、俺はさっさと歩き出した。
まったく、なにを思いついたかは知らないが、訪問販売にしろ拷問販売にしろ、時間というものを考えてネタを振ってほしいものだな。朝の登校時間に玄関でもたもたしていたら、遅刻確実だろうが。
「ちょっと待ってよ!」
「待つか。走れ」
まあ、備えあれば憂いなしというのは確かだった。先手必勝という言葉もあったな。
いくら俺がイベントごとに疎いとはいえ、毎年まいとし、「Trick OR Treat!」とやられていれば、それなりに学習もする。ロクな目に遭わされなかったからな。そりゃ学習もするわ。
「なんで達樹さんは話を聞く前から結論を急いじゃったのよ。この俺が閃いたナイスアイディアを聞いてから行動したって、全然悪いことなかったはずなのに!」
「そういう台詞はな、貰った菓子を食いながら言うんじゃない」
朝飯を食ったばかりのはずなのに、どうしてもうぱくついてるんだ。
ちなみに俺が渡したのは、カラフルなゼリビーンズ一袋だ。この無駄に毒々しい配色のお菓子は、いかにも聡が好きそうだと思ったのだ。
いや別に、どうせ食えればいいってやつなんだから、好きそうかどうかなんて考えなくてもいいんだけどな!
「だって貰ったんだから食うでしょうよ」
「食わないで突っ返せば、まだ話を続ける余地があるだろうが」
受け取り拒否というやつだ。契約して一週間かそこらはクーリングオフが適用されると法律も謳っている。
だからといって、受け取り拒否されても聞く耳は持たないが。
持って堪るか。
そんなことを認めてみろ、俺に悲劇だ。
聡はゼリビーンズをがむがむと噛みながら、盛大に顔をしかめた。
「達樹さんがくれたもんを突っ返す?有り得ないでしょ。ないでしょ。断固拒否でしょ。たとえ神が許しても俺が許さない」
「じゃあ、おまえの敗北決定だな」
「ふぐぬぬぬ」
よかった。どうやら今年は無事にハロウィンを終えられた。今日は始まったばかりなんだが。
肩の荷が下りて、俺は歩調を緩めた。
「じゃあわかった。俺のアイディアは達樹さんが実行するってことで」
「断固拒否だ!」
叫んで、拳を飛ばす。
聡はひらりと身軽に避けて、俺と距離を取った。だが、様子を窺いながらも黙らない。
「話だけでも聞いてから拒否ってよ!ほんとどっちも損しないお得なアイディアなんだから!」
「悪辣な訪問販売に引っかからない方法を知っているか」
「なんの話よ?」
首を傾げる聡に、俺は人差し指を突きつける。
「対応しない。反応しない。そんなものは存在しない」
インターフォンを押されてほいほい受けたら終わりだ。連打されるインターフォンには警察に連絡で対応だ。
「たーつーきーさーんっ!!」
せっかく緩めた歩調を上げた俺を、聡が喚きながら追ってくる。
ここでうるさいとかツッコんだら負けだ。黙れとか拳を叩きこみに行ったら終わりだ。いい加減にしろとか、しつこいとか、諦めが悪いとか、くたばれとか、とにかくなにかしらの反応を返したら末路は無残だ。
俺は道路を見つめて黙然と歩く。
「ちょ、達樹さん、達樹さーん!かわいいコイビトの話を」
「っあああああ!おまえはどうしてそう、ツッコまずにはいられないんだ!!」
駄目だった。
俺には悪辣な訪問販売員と戦うだけの経験が不足している。
訪問販売員に悪辣とつくからには、あちらは百戦錬磨の強者訪問販売員ということだ。あの手この手をくり出すことに躊躇いを覚えるようなら、悪辣の冠は被らない。
通勤通学にせかせかと歩く人々に胡乱な目を向けられながら、俺は聡に蹴りを放った。
「だれがかわいいか!」
「ツッコむとこそこなんだ?!」
叫びながら、聡は蹴りを避ける。
ツッコみたいことはいっぱいあったが、とりあえず口はひとつでそこから発せる言葉もひとつだから、優先順というものだ。
「とにかく話聞いてよ!絶対損はさせないから!話だけ!話だけでいいよ!」
「絶対話すな!」
「だからね、俺と達樹さんてらぶらぶふぃーばーなコイビト同士じゃん!」
「だから話すなって言ってるだろ!」
俺は聡に蹴りを放ち続け、聡は避け続ける。
その間にも、ずっと怒鳴り合ったままだ。
先に息切れしたのは、やはり普段から運動もしないで勉強ばかりしている『もやし』の俺だった。
運動部所属で、日々それなりの運動量をこなしている聡は、息も切らさない。
立ち止まって肩で息をする俺のところに来ると、聡はここぞとばかりにまくし立てた。
「つまりコイビト同士のイタズラとなったらそこにはエロい意味が含まれてていいと思うのね!
そういうわけでコイビトからお菓子といっしょに甘い『イタズラ』をプレゼントされる一挙両得一石二鳥一歩大人なハロウィンを今年は提案したいわけ!」
「滅べ地球」
「そこまで?!」
「ハロウィンがあるのは地球だけだからな。それくらいで許してやる」
「そんなことないよ。俺の出身惑星のアンドロメダ星雲でも盛大にお祝いしたよ」
「よし、滅べ宇宙」
「拡大した!」
そこまで会話して、ようやく息が整った。
俺は背を伸ばすと、軽く制服を整え直してまた歩き出す。
「俺は常々疑ってるんだけど、宇宙人なのは達樹さんのほうじゃないの?どうしてこう、地球人男子なら国も世代も種別も性別も超越して理解し合える、堪えようのない強烈な衝動を理解してくれないのよ」
性別を超越した地球人男子ってなんだ。
ぶつくさ言いながら、聡はゼリビーンズを口に放り込む。
そもそも食べながらあれだけ運動して、脇腹が痛くならないこいつの体の構造がわからない。
「理解しないとは言ってない」
「じゃあ」
「だが人間である以上、本能を理性で抑え込むことも可能なはずだ。それが正しい文明人のあるべき姿だ」
「それは文明人じゃないよ!仙人か聖人様だよ!そもそも生物ですらない!」
聡は大げさな悲鳴を上げる。
いい加減、朝からする会話か。
ため息をついて振り返った俺の眼前に、ぐい、と。
「はい達樹さん。イチゴ味です」
「…っ」
イチゴキャラメルの小さな袋が。
反射で受け取りかけて、危うく思いとどまる。よし、俺の危機管理脳は正常だ。
「それを受け取るともれなく」
「聡くんが付いてきます」
「油断も隙もねえ!」
吐き捨て、俺は聡の手からキャラメルの袋をもぎ取った。
「あれ」
呆然と立ち尽くす聡を置いて、歩き出す。
袋を開けると、キャラメルを一粒取り出して口に放りこんだ。人造イチゴの添加物臭が鼻腔に広がる。
「えと、達樹さん」
「それで」
慌てて走って来た聡を、俺はごくまじめに見た。
「『甘いイタズラ』って、なんだ?具体的に、どういうのを言うんだ」
「はい?具体的に?」
「そう。微に入り細を穿ち、こと細かに詳しく細大漏らさず一語一句すべて余さず説明しろ」
「いいい、一語一句…っ?!」
聡の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
俺はにっこり笑った。
「説明したら、説明しただけしたように、間違いなくすべて『イタズラ』してやる」
「ええええ?!」
裏返った声で叫んでから、聡は唸って考えこんだ。
ぶつぶつぶつぶつ高速でつぶやいている。表情を取り繕う余裕もないらしい。
おもしろいというより、百年の恋も醒めるような百面相だ。
醒めないから、俺も大概だ。
ややして、聡は涙目で俺の手を掴んだ。
「そんなこと、とても口じゃ言えないよう!!」
なにを考えたんだかまったく聞きたい気がしないな!
「じゃあ、なしってことで」
「ぁああああっ!!」
懊悩する聡の手を振り切り、俺は上機嫌で歩く。
公道でひとしきり悶えまわったのち、走って来た聡が、恨みがましい声で叫んだ。
「こんなイタズラはちっとも甘くないからね!」
「なんの話だか」
「達樹さんのサドーーーーっっっ!!!ジュリエットぉおおおおお!!」
じゃあおまえはロミオなのか?どういう繋がりだ!
意味不明な叫びとともに走り去っていった聡の背を見送り、俺は肩を竦める。
「失礼なやつだな」
適当なところで妥協しておけばいいものを、欲張るからそうなるんだ。
もうひとつキャラメルを口に放りこみ、俺は鼻唄をうたう。
そうだな。
気分がいいから、あともうちょっと虐めてやってもいい。
ハロウィンも意外と楽しいじゃないか。滅ぶのは、銀河系まででよしとしよう。