鮭おにぎりと赤飯おにぎりが残っていた。

俺はそれを一個ずつ取ると、野菜ジュースも一パック取って、レジに並ぶ。

塾が終わった直後だと、目の前のコンビニはそれなりに混む。まあ、食欲世代が夜の九時過ぎに吐き出されるわけだからな。

夕飯もとっくに消化済だ。

ラブリースクルージ

順番が来て、レジ台におにぎり二つと野菜ジュースを置く。財布を取り出し、

「あ、ラッキー。カラアゲ残ってんじゃん。あとこれに、カラアゲ一個追加ね!」

「…おまえな」

後ろから嬉々として割り込んで来た声に、俺は顔をしかめて振り返った。店員が戸惑う顔で見ている。

「あ、大丈夫だいじょうぶカラアゲ代は俺が出すって。達樹さんにたかったりなんてしないよ!」

「ならばいい」

頷いて、俺は店員に改めて、五個一パックのカラアゲを頼んだ。

「ほら」

「はいさ」

レジを済ませてカラアゲの入った紙袋を渡すと、引き換えに小銭が渡された。

聡は嬉々として、受け取ったカラアゲをつまむ。

というか、聡だ。

「いつ来たんだ」

コンビニから出て、マンションへの道を歩きながら訊く。

俺も聡も、同じマンションに住んでいる。三階と四階だから、わりとご近所だと言っていいだろう。

その聡は、塾に通っていない。そもそもが勉強嫌いなので、学校の授業外でまで勉強する人間の気が知れないと言う。

そう言うのだが、成績は悪くない。悪くない以上に、いい。

学校の授業以外で本っっ気で勉強しないのに、テスト前に少し見返すだけで、俺とそれほど変わらない成績を取る。

さすがに高校受験前には塾にも通っていたが、実際そんなことが必要だったのか疑問だ。

そこら辺のことを考えだすとひたすらに憎たらしいだけなので、とりあえず必要以上には考えない。

「んさっき」

聡はカラアゲを飲みこみ、指を舐めながら答える。

「そろそろかなーと思ってコンビニ覗いたら、達樹がレジに並んでんのが、ちょうど見えてさ」

そこまで言ってから、聡は夜目にもわかる白い息をふーっと吐き出した。

「あのさ、クリスマスの夜にもふっつーに営業してるって、塾講師は修道僧の集まりなの?」

「あ?」

鮭おにぎりを咀嚼しつつ、俺は首を捻った。

つまり、度を越して禁欲的だとかなんとか言いたいんだろうが………。

「クリスチャンもいるかもしれないが、基本、普通の人間の集まりだ。大体にして、修道僧だったらなおのこと、クリスマスに通常営業なんてしないだろう?」

「んえ?」

もうひとつ、カラアゲを口に放りこんだ聡が、口をもごもごさせながらきょとんとして俺を見る。

俺は鮭おにぎりを食べきり、赤飯おにぎりを取り出した。ゴミはレジ袋に突っこむ。

「忘れたのかクリスマスはそもそも、『修道僧』の属する宗教の祭りだぞ。修道僧なら、ミサだなんだと、祭りの中心にいないとだろうが」

「あー…………ほっか」

ようやく気がついた顔で天を仰ぎ、聡はふーっと白い息を吹きだす。

それからひとつ、カラアゲを取り出すと、俺の眼前に閃かせた。

「はい、お裾分け。あーん」

「んあ」

口を開けると、中にひょいと放りこまれた。

さすがに冬の夜だ。それほど時間が経ったわけでもないのに、もう冷めてきている。

とはいえ、冷めても肉は肉。すきっ腹に肉の味って沁みるものだ。うま味が倍増して感じる。

「クリスマスの夜なのにさー」

聡はまだぶつぶつとぼやいている。

俺は赤飯おにぎりを口に押しこみ、大して噛まずに飲みこんだ。

噛んだほうが体にいいのはわかっているが、中途半端に肉なんか食ったせいで、すきっ腹が加速中だ。なんでもいいから早く腹に詰め込みたくて、無意識に焦っている。

こんなことならもうひとつふたつ、なにか買えばよかったか。だが帰れば、母親が用意した夕飯がある。あと数分の我慢……。

締めの野菜ジュースを取り出すと、聡が顔をしかめた。

「あー、もう。また野菜ジュース」

「飲むなよ。俺のだ」

「まずいから飲みたくないったら。ほんっとに好きだよね、達樹さん…」

カラアゲを食べきった聡は、ゴミとなった紙袋を俺の手に提げたレジ袋に突っこみ、舌を出す。

俺としては、そのまずいのがなんかいいんだ。良薬口に苦し感があって、こう。

ただ、そうは思っても、聡に言うとおそらく、「マゾなの?」の一言で片づけられる気がするので、主に腹立たしさから言わない。

「クリスマスなのに、雪降んないしさ」

「むしろ晴天だな」

野菜ジュースのパックにストローを差しつつ、俺も軽く天を仰ぐ。

街中の夜空なんて、これだけきれいに晴れていても、真っ暗闇にしか見えない。それでも、ひとつふたつ、ちかりと輝く星が確認できる。

星の名前も星座も知らないから、星、の一言ですべて終わる。まあ、平均的な男子高校生なんてこんなものだろう。

聡だと、アレが俺の母星でその隣のが暗黒帝王の、とかなんとか適当に言い出すだろうが。

俺はレジ袋を片方の手首に掛けると、その手で紙パックを持って口に運んだ。

空いた手を伸ばし、ぶらぶらしている聡の手を取る。

この寒さで手袋をしていないのに、微妙にあたたかい。確か、子供って体温が高いとかなんとか言うよな。

物凄く納得なんだが、聡を純粋に子供のカテゴリに当てはめていいものかが、いつも悩ましい。

まあ聡に言わせると、俺の手が冷たすぎるんだそうだが。

取った手を指を絡めて握りこみ、俺のコートのポケットにもろともに突っこんだ。

「そんなにホワイトクリスマスがいいなら、北極に行け」

「北極?!」

裏返った声で叫んでから、聡は握る手に力を込めた。

「さすが達樹だよ。フィンランドなんか歯牙にもかけないとか。つか俺はクリスマス休暇取るなら絶対、オーストラリア行く派だからね!」

「ホワイトクリスマスなんてとっとと諦めろ、ボケ」

「いや、ホワイトクリスマスっていうか、なんていうか」

珍しくも歯切れ悪くもごもごと言って、聡は握った手をポケットの中で軽く振った。

「…………………達樹さんに愛されてんなら、なんでもいーです」

まあ、そんなことだろうと思った。

イベント事の好きな聡だ。

企業のクリスマス商戦にすっかり乗せられて、その肝心の夜に塾に行った俺に、こうもいろいろといちゃもんをつけてくる。

俺は口を使って、飲み干した紙パックを手首に掛けたレジ袋の中に落とす。

「まあ、愛してるかどうかはともかく」

「いや愛してるでしょ、ばりばり、っ」

繋いだ手を引いて、聡を引き寄せた。くちびるにくちびるが触れて、ああ、やっぱり少し冷たい。

かむ、と軽く下くちびるを噛んで、離れる。

ん、微妙にカラアゲ味。

「腹減ったな」

「あー……うん」

頷いて、聡はポケットの中に入れたままの手を引っ張る。

「たぶんおばさんだから、おっきーチキン、焼いてくれてるよ」

「そうだな」

朝から仕込みをしていたしな。

まあ、おそらく、腹を空かせた年頃の息子が帰ってくるとかほかにいろいろ予想のもと、半分は残っているだろうな、まるごとチキン。

「おまえ、夕飯食ったよな」

「んうん、チキンもケーキも食った」

あっさり言う聡の手を、ぎゅっと握る。

「よし、寄って行け。俺のチキンを分けてやる」

言うと、夕飯にチキンを食べて、今さっきスナックカラアゲを食べた聡は、にっかり笑って空いているほうの拳を振った。

「やりっ」

「………ほんと、どこにそれだけ入るんだろうな、おまえ………」

呆れてつぶやきながら、俺は白い息をふーっと吐き出した。

聡と繋いだ手だけが、妙にあたたかい。

両手を繋いで、うまく歩ける方法があるといいんだが。