どうしよう。

押し倒された。

王道覇道ヰタセクスアリス

「…どうしよう」

俺の上に伸し掛かっている聡が、狼狽えた声を上げた。

しっかりと俺の手首を握って保健室の硬いベッドに押しつけ、腹の上には膝を置いて押さえつけたその恰好のまま、情けない八の字眉。

「いや俺的予定だとこうやるのは俺じゃなくて達樹さんのはずなんだよね達樹が俺のこと押し倒して強引に迫ってくれるとか興奮し過ぎて灰になりそうな妄想なら何度もオカズにしましたともでもでもこうして達樹押し倒しちゃった今、俺は今後どう出るべき?」

「訊くな極大阿呆!」

一瞬の狼狽も、聡の阿呆な発言によって冷めた。

よかった、こいつが阿呆で。

勉強の成績はこいつのほうがいいとか、そのうえ運動神経も兼ね備えてるとか、そういう客観的事実は脇に置いて、こいつが阿呆でよかった。

俺は顔を横に向け、視線だけ流して動揺している聡を見上げる。

こう、正面から睨んでやればいいんだろうが、押し倒された状態で、上にいる人間の顔を睨むのって、結構勇気がいる。相手が聡だとわかっていても、いや、聡だからなのか、余計。

なんか、普段にも増して男っぷりが上がってるとか、妙に色っぽいとか、そんなことは全然思わないがな!

思ってないぞ。ほんとだぞ!

「頭が醒めたんなら、退け。痛い」

「…」

実際、掴まれてベッドに縫いつけられた手首は、軋むように痛い。

運動部で鍛えている聡は、そこそこ筋肉があるため、力が強いのだ。

苦情を申し立てた俺を、聡はほけ、とした顔で見下ろした。

言葉が通じない宇宙人なのは常態だ。

俺は手首をもぞつかせ、顔を上に向けると、正面切って聡のあほ面を睨みつけた。

「退け。痛い」

「…っ」

聡の頬が、赤く染まる。

ごくり、と音を立てて唾液を呑みこむ咽喉の動き。心なしか、押さえつける体の重みが増したような?

「おい?」

「ありかもしんない」

「なに?」

腹に乗せた膝をぐ、と食いこませて、聡は浅く荒い呼吸をくり返す。

って待て。どういうことだ醒めたんじゃなかったのか?

なんでまた興奮してるんだ!

「これはこれでありかもしんない。下剋上万歳。いやさ世の中には襲い受なる言葉もある。諦めるな俺。最後まで結果はわからない」

「ちょ、おい?!」

訳の分からない言葉を高速でくり出され、今度は俺が狼狽える。

なんか目が血走ってて、焦点が合ってなくて、微妙に怖いんだが!

いや、怖くなんてない、怖くなんてないぞ。決して、聡の阿呆が怖いなんてことはない。

でも、怖い!

「戻って来い、宇宙人ここは人間の星だぞ!」

叫ぶと、聡はきりっとした顔になった。

手首を掴む手にますます力が込められ、顔が近づいてくる。

鼻と鼻を突き合わせる位置で、聡はごくまじめに言葉を吐き出した。

「達樹、考え違いしないで。今この場合達樹にとって安全なのは宇宙人の取り換えっ子郷田聡であって人間郷田聡を呼び戻したら頭のてっぺんから爪先まで全部おいしくいただかれちゃって新しい境地に目覚めさせられること百パーセント請け合いby気象庁」

「意味わからん」

「人間の高校生男子舐めるなってこと」

「…」

ますますわからない。

困惑して見つめる俺に、聡は苦しげに顔をしかめた。

「がんばれ俺最後まで諦めるな夢はかわいくてデキるお嫁さんですでもお嫁さんがタチでもいいじゃないかと思う今日このごろのこころの揺れ惑いをうたに乗せて届けますぼえー」

「…」

だめだ。本格的にどこかにイってる。

ここまでイってるのも珍しいが、そもそもがあんまり正気の時間もないやつだから別に驚くようなことでもない気はする。ある意味常態と考えていいのか。

しかし苦しいし痛い。早く退け。

強権的に出るのは失敗に終わったようなので、俺は戦法を変えることにした。

苦労して首を伸ばすと、間近で鬱陶しく宇宙語をつぶやいている聡のくちびるに軽くキス。注意をこちらに向けさせ、それから努めて穏やかに見上げた。

「苦しい。放してくれ」

「…」

聡の呼吸が止まった。

次いで体から力が抜け、全体重が加減もなく伸し掛かってくる。

「ちょ、コラ」

「夢はかわいくてデキるお嫁さんです達樹のこと内助の功で支えちゃうんだぜいえーだけど旦那さんがあんまりにもかわいかったらお嫁さんがタチになるのもありじゃないかありだろうありだ」

「おい?」

なにかひとり、不穏な三段論法で納得しようとしていないか?

危惧に身じろいだ俺に、聡は体を起こした。その目が、やばい方向で据わっている。

「達樹さん。俺は最後の最後まで諦めないけど、童貞喪失じゃなくて処女喪失になっちゃっても、恨みっこなしね。はっきり言って、達樹がかわい過ぎるのが悪いからね!」

「…?!」

ものすごく不穏な発言聞こえた!

固まる俺に、珍しいくらいに余裕を失くした顔の聡が覆い被さってきた。