ぴんぽん、と鳴らされるインターフォン。

次いで響き渡る、

「達樹達樹たつきたぁーつぅーきぃーっっ!!」

……………………居留守を使うと後でもれなく、母親に怒られる。

あんたマンションの騒音クレーム舐めてんのとかなんとか。

花びらのようにりゆく運命なら

仕方がないので、玄関に向かう。呼吸を整え、扉を開いた。

「達樹、花火!!」

「よし、ハウス!!」

「わん?!」

扉を開くと同時に突き出された花火の詰め合わせパッケージ。辿る先にいるのは、興奮している聡。

即座に指を突きつけて命じた俺に、聡は元気よく吠えるとくるりと後ろを向き、家へと帰る。

ところで、たたらを踏んで振り返った。

「いや達樹?!ハウスって、俺をなんだと思っ」

皆まで聞かず、扉を閉めた。きっちりと鍵を掛ける。

「って、達樹達樹たーつーきーさぁーんっ?!ちょ、これはどういう扱いなの?!ハウスからの締め出しに至る過程の迷いと淀みのなさはいったいなに?!!」

この絶叫を無視しているともれなく以下略。

「うるっせえわ、この駄犬っっ!!」

仕方なく、一度は閉めた扉を開く。ついでに蹴りも飛ばしたが、これは避けられた。

そもそもが開いた扉を避けるために距離がある。俺の計算ミスだ。

「ちっ」

「舌打ち!!ほんとどういう扱いなわけ?!あなたのステキコイビトが季節外れの花火を手に入れたからいっしょに遊びましょと誘いに来てくり出されるこの怒涛の仕打ち。もしかして達樹は、釣った魚は焼いて食べるタイプなの?」

「釣ったばかりならうしお汁にする」

「あえての刺身除外ですか!」

自分も焼き魚に走っておいて。しかもなんで敬語だ。

玄関の扉は閉められないようにと、聡にがっちり固定されてしまったので、俺は廊下の壁にもたれて腕を組む。

「最後に一回だけ訊いてやるが」

「最後始まってもないのにファイナルアンサー?」

「なにを持って来て、それでどうしようと?」

静かに訊いた俺に対し、聡はぱっと顔を輝かせると、花火の詰め合わせパッケージを突きだした。

「花火しよう、達樹!」

「ハウス!!」

「わんっ!!」

元気よく吠えて、聡は踵を返す。

途中で思いとどまって、くるりとUターン。

「だからなんでハウス?!俺をなんだと思ってる以上に、なんでそんなに花火を拒絶するの?!花火だよ!!」

「胸に手を当てて考えろ!!」

叫ぶと、聡は一瞬だけきょとんとした。それから手を伸ばし、そっと俺の胸に当てる。

「ドキドキしてる」

「生きてるからな」

吐き捨て、俺は聡の手を叩き落とした。

「自分の胸だ、自分の胸どうしておまえはそう、お約束をやらないと気が済まないんだ?!」

「それがお約束のお約束たる由縁だから!!」

「それもそうだ!」

「まさかの肯定!」

どうしろと言うんだ、この駄犬が!

俺はびしりと人差し指を突きつける。

「自分の胸に手を当ててよく考えろ。これまで花火でやってきたことを」

「えーっと…」

神妙な顔になり、聡は胸に手を当てる。す、と瞳を伏せて、沈黙数秒。

ぱ、と輝いた顔を上げた。

「たのしかった!!」

「おまえはな!!」

まあよく考えれば、というか考えようが考えまいが、関係なかった。

聡の答えに、それ以外のなにがある。

そう、聡は楽しいだろう。楽しいことしかしないからな。楽しいからやるんだろう。

だがしかし!

「俺は楽しくない!!」

「なんで?!!」

「そうやって力いっぱいに訊き返す間は、おまえとは金輪際、絶対に決して二度とまったく花火はしない!!」

指を突きつけてきっぱり言うと、聡はわずかに怯んだ顔になって、後退さった。

「なにもそんな、二重三重に否定を重ねなくても………」

「五重だ」

「こまかっ!!」

叫んでから、聡は宙を睨んだ。ややして、不承不承、頷く。

「まあ、ちょっとばっかり、はしゃいでいたことは認める」

「金輪際、絶対に決して二度とまったく一生涯、おまえとは花火をしない」

「増えた!」

増えるわ。

そんな、譲歩してやらなくもない、的な態度で、どうして態度が軟化すると思ったんだ、こいつは。

再び宙を睨み、聡はパッケージの中から線香花火を取り出した。

「じゃあ、線香花火線香花火だけだったら?!」

「線香花火は危険だからしない」

「せんこうはなびがきけん?!!」

「だれのせいだと思っている!!」

裏返った声で叫ぶ聡に、負けじと怒鳴り返す。

しかし自覚が薄い以前に存在しない聡は、手に持った線香花火を俺へと突きだした。

「だって達樹、線香花火だよ日本情緒の極みみたいなもんなのに…」

「おまえの生まれた星の日本情緒と、地球の日本情緒には、大きな隔たりがあるんだ」

「いや、俺の生まれた星では日本じゃなくてヤマトっていうけど」

「心底どうでもいい!」

聡はそれでも諦めず、首を捻って俺を説得する言葉を探す。

まあ、粘りの脅威はこいつの長所的短所のひとつだ。

「…」

「…」

「…」

「…」

いや、ほだされるわけにはいかない。ほだされたが最後、泣きを見るのは俺だ。紛れもなく俺だ。迷いも躊躇いもなく俺だと、断言できる。

「いいか、」

最後通牒を突きつけようとして、花火の中身、ある一点に目が行った。

「達樹?」

「…」

「達樹達樹達樹さん、おーい………って、どこ見てんの」

聡は俺の視線を辿り、パッケージの中の花火のひとつを指差す。

「ねずみ花火?」

「違う、その隣」

「となり?」

指がすすす、と動き、聡は困惑した顔を上げる。

「へび花火?」

俺はにっこりと笑った。

「一回だけチャンスをやる」

「え、うわ、なにその笑顔?!すっごい嫌な予感しかしないのに、かわい過ぎてときめきが止まらない?!!」

それは結局、結論的にどちらに落ち着くんだ。嫌なのか、かわいいのか。

まあ、そんなことはどうでもいい。

「いらないのか?」

「いるいる!!悪魔のささやきでも、もういいよ。そんなかわいい悪魔なら、魂の十個や二十個、あげちゃうよ!!」

結論はかわいいに落ち着いたらしい。いや、どうでもいいが、本気で。

俺はへび花火を指差した。

「へび花火だけなら、やってやってもいい」

達樹、そんなにコレ好きだったっけ?」

きょとんとする聡に、俺は差していた指を立てる。

「条件がある。まず、花火はすべて俺に渡せ」

「はいさ」

聡は素直にパッケージを寄越した。受け取り、俺はもう一本、指を立てる。

「それから、バケツに水を汲んで傍に置き、安全に配慮する」

「当然っしょ?」

どの口が言うか。

しかしツッコむことはせず、俺はにっこりと笑ってもう一本、指を立てた。

「これで最後だ。へび花火をしている間、花火の半径五メートル以内に近づくな」

「五メートル?!」

「一ミクロンも負からん!」

「ミクロン?!それって人間の目で計測可能なの?!!」

聡のツッコミはスルーして、俺は受け取った花火のパッケージを揺らした。

「へび花火が終わるまで、五メートル以内に近づかずにいられたら、全部付き合ってやる」

「YEAH!!」

拳を突き上げて、聡は快哉を叫んだ。

まあ、おそらく絶対確実に無理だ。無理だが、我を忘れて近づいたら、その瞬間に花火すべて、水入りバケツにぶち込んでやる。

ちょっと湿気るだけでも遊べなくなる花火だ。水にぶちこめば――

「さて、行くか。おい、バケツ」

「あ、うん持ってくる!!」

跳ね飛ぶように走って行く聡を見送り、俺は靴を履いた。