後ろ向きに椅子に座って俺と相対した聡は、机の上にラッピングされた小さな箱を置いた。

そしてぺこんと、殊勝に頭を下げる。

「達樹さん、手作りチョコです」

「嘘だな」

「うん」

ミノタウラン・メイズと手の宣誓

………………………一瞬の躊躇いもなく肯定した場合、俺はその潔さを褒めるべきなのか。

それとも、そんな容易くばれるような嘘をつくなと説教したほうがいいのか?

嘘だと認めなければ認めないで面倒な議論になるのだが、認められると認められたでまた面倒だ。

結論的に。

「嘘をつくおまえが悪いな、すべて!」

「まったく反論の余地もないような結論に聞こえるけど、達樹の思考経路によってはそれは反論したくなる予感がする!」

「どこに反論の余地がある」

そもそも社会的に、嘘つきは悪だ。

泥棒の始まり、などと囃してトラウマを植えつけ、いかにか嘘をつくことが悪いことかを骨身に沁み込まされて育てられる。

となれば当然、嘘をつく聡が悪いという結論でいい。

「でもさ、嘘をつく側にもそれなりに事情ってもんがあるじゃん」

「なら訊くが、今のおまえの嘘に深刻かつ同情に値し、ついでに赦免を得られるような理由があるのか?」

「ない」

……………………………一瞬の迷いもなく即答された場合、俺はその漢気に惚れ直すべきなのか。

それとも、もっと深く考えてから答えろと説教するべきなのか。

理由があると言われれば言われたで面倒極まりないのだが、ないと言われると言われたでまた、面倒極まりない。

結論としては。

「なにがしたいんだ、だから!」

たん、と机を叩くと、聡は置きっぱなしで手がつけられていなかった小箱を俺のほうへと押した。

「ハッピーバレンタインに、達樹さんのえすぺしゃりぃ・みるくはにーから、ちょっこれぃとを」

「知り合いにいないな、そんなやつ………」

「うっわ、ひどっ?!」

なにが酷いだ。

そもそも、エスペシャリィ・ミルクハニーなどという呼称が胡散臭いというのに。

「で、中身は本当にチョコレートなのか?」

「うんそう」

「…………………」

「あれ?」

嘘だろうと訊いたら、嘘だと即座に認めた。

理由があるのかと訊いたら、ないと即座に答えた。

そして、チョコレートかと訊いたら、そうだと即座に頷いた。

流れ的に見ると、この箱の中身はチョコレートだ。

しかし世の中には、三度目は疑ってかかれという言葉が氾濫している。三度目の正直、仏の顔も三度まで。

つまり結論するなら。

「で、中身はなんなんだ?」

「一見するといちごチョコ、しかしてその実態は粘土細工。イチゴチョコストラップです!」

「…………」

頭痛い。

もう頭が頭痛だ。そういうレベルだ、これは。

そのトラップには、なんの意味があるんだ。

そして本当に、まったくもって予想を裏切らないというか。

「つまり、なにか」

俺は爪先で、小箱を軽く弾く。

「これの中身は、おまえの手作りのチョコレート型ストラップということか」

「ナイス推理数々のトラップと仕掛けられた謎をすべて明快に解き明かすなんて、達樹さんは将来、名探偵になれるね!!」

「やかましい!!」

「っとと!」

思わず振った手は、あっさり避けられた。

もう、たまには頭を使わない会話がしたい。

ばかな話題しか振ってこないのに、激しく頭を使うってどういうことだ。

「とりあえずな」

「うん」

「疲れたから、糖分が欲しい。イチゴチョコの食べられるやつを寄越せ」

「おお、凄まじく堂々たるたかりっぷりだね、達樹!」

笑って言う聡を睨んでから、俺は小箱のラッピングをほどき、蓋を開いた。

中に入っていたのは、フェルト製の怪獣型コースターだった。