織姫と彦星が会えるのは、年に一度。

たったの、一日だけ。

これ以上なく愛し合っている二人なのに、愛し合っているがゆえに、会えるのは一年にたったの一度――

愛主体の特殊恋革理論

「コレに関してさ、天文学のなんかのやつで、ツッコミ入ってたんだよ」

唐突に言い出した聡に、俺は胡乱な目を向けた。

付き合う必要はないと思う――ここは俺の部屋で、いわば俺の城。

そして俺は、テスト勉強中。

思うに聡もテスト勉強中のはずだが、ここは細かくツッコんでも意味がない。勉強嫌いは、すぐに他事に意識を逸らす。

「ツッコミ?」

出展がなんたらと怪しい時点で、情報の確かさがすでに失われている。

そうとはいえ、一応は聞いてみないと、なにがまずいかを俺がツッコむ余地がない。

主に俺がツッコむために、とりあえずの聞く耳を持っただけだ。あとはまあ、聞かないとテスト勉強に戻れない。聡は俺が聞くまで、聞け聞けと騒ぐからだ。

もちろん、聡が俺の機微になど構うわけもない。

胡散臭さ当社比陪乗の真面目な顔で、こっくりと頷いた。

「そ。要するにさ、織姫と彦星って、『星』の擬人化なわけだろ?」

「なんだか、一気に話が安っぽくなったな…………」

擬人化というと聡が好きな、なぜか女の子の頭に普通の人間の耳とともに、ねこやら犬やらの耳が生えている様を想像してしまう。

あれな、疑問はないのか、ああいったものが好きなやつには。

どうして人間の耳と、獣の耳と、耳が四つある生物が可愛らしいんだ。

しかもどうやら、獣の耳はまったくの飾りではなく、きちんと機能を保持しているらしい。つまり、このイキモノは四つの耳によって聴覚を形成しているわけで、それはおそらく、二つ耳のイキモノとは音の聞こえが違うはずだ。

昆虫なんかでよくある、複眼のものの見え方が、単眼のものの見え方とまったく違うように。

まあしかし、織姫と彦星に関しては、そういう意味でもないだろうが――

「だから、寿命を星換算するわけ。ほら、達樹もさ、小学校のときとか、最初の歴史の授業でやんなかった地球が生まれてから、人類の歴史までって、24時間に直すと何分でSHOWみたいなの」

「ショー形式ではやっていない」

細かいことだが、こういう細かいところを放っておくと、後々重大な怪我に繋がることがあるのが、聡だ。

重大な事故の影には、何件の小事故があり、さらにその何件の小事故の影には何百件もの些細なミスがあり、という、アレだ。

大事故の教訓が、身近で存分に学習できるのが、聡という男。

「だがまあ、やったことはやった。分どころか、秒単位だという、アレだろう?」

「そうそう結構衝撃的なそれで織姫と彦星を考えると、人間時間の一年は、星的には秒単位。つまり、一年に一回しか会えなくて一見カワイソー!!な彼らは、実はものすごく頻繁に会っている計算になる、っていう」

「なにか、こじつけ感というか、無理くりな………」

しかしまあ、科学でなんたらを解明などと言い出すものは、解説されると大概がいつも、こんな感じだ。

そう言われればそうだけど、という。

納得なのだが、微妙に白ける。

「…………で、それがどうした?」

まさか聡が、こんなミニ知識を披露しただけで終わるわけもない。

そう思って訊くと、案の定、大きく頷いた。

「いや、俺もさこれを聞いた当初は、ああなるほど、こいつら同情買っておいて実は未だにらぶらぶばかっぷるかよとか思ったんだけどさ」

「………へえ?」

「でもさ、最近になって、よくよく考えたんだよ。つまり織姫と彦星って、秒単位で会ってるんだよね?」

「…………まあ」

問われたことに、素直に頷いていいのかどうか、常に疑心暗鬼でいないといけないというのも、面倒だ。

用心しいしい、しかし今のところは大きな齟齬も見つからないので、とりあえず頷いた俺に、聡は手を右から左、左から右に高速で往復させた。

「秒単位で、つまりすんげえ高速で、会って別れて、会って別れてをくり返してるってことに、なんない一秒会って、一秒別れて、一秒………」

「……………」

「…………一年に一回、一日会えるってほうが、なんぼかマシじゃないだって、一秒でナニが出来んのさ……………」

「………………」

しまった。

なんということだ――聡の言うことだというのに、うっかりものすごく納得してしまった。

こんにちはさようならを句読点なし、いや、こんさよと四文字に略するくらいの速度で会って別れてをくり返しているという話だ。

キスひとつも出来ない。

ハイタッチくらいは出来るかもしれないが、それって、愛し合うカップルにとって意味があるのか?

「科学ってさ、ときどきものすごい拷問を思いつくもんだよね…………」

「…………いや、おそらくそれを提言したやつは、そこまで考えていない…………」

ツッコめたのが、ようやくぎりぎり、そこだけだった。

「………で、その話の教訓はなんだ?」

単なるご報告で終わることもないだろう。

気を取り直して訊いた俺に、聡は妙にしみじみと頷いた。

「いやうん。俺は達樹さんと一年に一回どころか毎日会えるし、その毎日会えるのも一秒単位で会って別れてじゃないし、すっごくしあわせなんだなあって。だから、ヤれないくらいでごちゃごちゃ言っちゃだめだよなーってさ」

「……………」

「達樹?」

思わずそっと、聡の額に手を当ててしまった。

しかしこれは昔から思うのだが、熱のあるやつを当てられた試しがない。

「たぶん、平熱………」

「いや、達樹たつきたつきたつきひとのことなんだと思って」

「だめだ。こんな曖昧なことで済ませようなんて、俺が甘い。ちょっと待ってろ、体温計と風邪薬と氷枕と湯たんぽを持って来てやるから!」

「ちょ、達樹さんっ?!すでに俺の風邪は確定なのっ?!ねえ、確定なの?!ついでに七夕のこの時期に、湯たんぽはあっついからカンベンして!」

聡がなにか懸命に叫んでいたが、俺は無視して部屋を出た。

とりあえず熱を測ったら薬を飲ませてベッドに放り込み、氷枕を当てたうえで湯たんぽを突っ込んでがんがんに汗を掻かせよう。

汗さえ掻けば、きっと明日にはけろりとしているはずだ。

けろりとして、いつものように反省も内省も自省も皆無な結論を吐くはず――

「早く通常運転に戻れ、バカが。気持ち悪くて、泣きそうだ」

まさかテスト嫌さに、熱まで出すとは思わなかった。どれだけバカなんだ。

そういえば、七月って梅雨だが、ほぼ夏か――そうか、とうとうバカの証明として、夏風邪を引く気になったのか。

納得しながら俺は、体温計と風邪薬と氷枕に湯たんぽ、長ネギにしょうが、栄養補給用のゼリーパックとスポーツドリンクをエコバッグに突っ込み、自分の部屋へと戻った。