お盆土用入り
「十六夜ー!きゅうりとなす頂戴!」
「(゜o゜)」
縁側に座った上弦と下弦にねだられて、俺は抱えた野菜籠の中から、畑からとってきたばっかりのきゅうりとなすを上げた。
「どうするの?」
たしか、上下はお料理なんてしなかったはず。
ふしぎに思って訊くと、上下はふところから割り箸を取り出した。
「十六夜、きょうからお盆よ?お盆といったら」
「おぼんといったら?」
おぼん。おぼん?
おぼんってなんだっけ?
ぜんぜん思い当たんない。俺、ずいぶん長いこと寝てたし、その間にできたお祭りかなにかかな?
「<(`^´)>」
「うわ?!」
きょとんとしていると、上下はきゅうりとなすにぶすぶすと割り箸を刺した。ためらいも容赦もない。
びくびくする俺にかまわないで、上下はそれぞれ四本の割り箸を刺したきゅうりとなすを掲げた。
「そしてこの状態のきゅうりとなすを」
「きゅ、きゅうりとなすを?」
「食べるのよ!!」
「(((`^´)))」
叫ぶと、上下はがふがふと、ものすごい勢いでそのきゅうりとなすを食べ始めた。
「えええ?」
なにこのお祭り?!意味わかんない、意味わかんないよ?!なんできゅうりとなすに割り箸刺して、そのうえで食べるの?!人間のお祭りほんと意味わかんない!!
でもとりあえず、
「ふたりとも、おみそかお塩持って来ようか?」
「ああん、ボケ倒し」
「悪辣非道なる振る舞いにさらに重ねるボケという極悪さ。さすがは六所神社」
「ぴゃ?!」
突然、知らないひとの声がして、俺は飛び上がった。
振り返ると、ご神木の影で、馬頭の男のひとと牛頭の男のひとが、じっとりした視線を投げていた。
「…………………どちらさま?」
神社には、蝕が結界を張っているから、ワルイモノは入って来られない。ましてやご神木になんてさわれるはずもない。
だから、このひとたちはいいひと。……………馬頭と牛頭でも。
一応、笑顔で訊いた俺に、馬頭のひとが「ひひひん」と鼻を鳴らして歯を剥きだした。
「いやだ、しかもこのひとったらアタシたちのこと忘れてるわ」
ぶるるるる、とさらに鼻を鳴らしながら悔しそうに言った馬頭のひとに、牛頭のひとも荒い鼻息をこぼす。
「薄情なのが神の宿世というもの。それに我ら、普段地獄住まいでカゲが薄いし」
「ええと……」
もしかして、知り合いのひと?俺、長いこと寝てたせいで、いろいろ忘れちゃってるみたいだし。
どうしよう、とオロオロしていると、馬頭のひとと牛頭のひとは、きりりとした顔になった。
んじゃないかな。
たぶん、雰囲気的に。
「改めまして、馬頭(めず)です」
「牛頭(ごず)です」
「「二人合わせて」」
「サクラ肉は夏バテに効くって聞いたわ」
名告りを上げる二人を遮って、きゅうりを食べ終わった上弦が言った。
なつばてにきく。夏バテに効く?
「さくらにく?って、なに?」
訊くと、上弦は馬頭のひとを指差した。
「うまにくのことよ」
「ひぃいいいんっ?!!」
馬頭のひとが、震え上がって悲鳴を上げる。
「……………うまにく………」
「俺はふつうにうしにくの焼肉でも構わん」
「ふもぉおおお?!!」
突如入ってきた声に、牛頭のひとも飛び上がって悲鳴を上げる。
いつもきりっとした顔をしているけれど、今日は「きりきり」した顔の朔が、汗みずくで庭に立っていた。どうやら、お仕事がひと段落して帰ってきたみたいだけど。
「お盆も小盆も滅びるがいい!!毎年まいとし、どいつもこいつも浮かれやがって!それというのもこれというのも、地獄の門番たる牛頭馬頭のおまえらが仕事サボって、重罪人だろうがなんだろうが構わず、だれでも彼でも送り返すからだ!!」
下弦が、俺の持っている野菜籠の中からきゅうりを取り出し、またも割り箸を四本刺したものをつくる。
それを上弦が受け取って、朔へと差し出した。
「朔、食べる?」
ひったくるようにそれを受け取った朔は、ばりばりとものすごい勢いで、割り箸の刺さったきゅうりを食べ散らかした。
馬頭のひとと牛頭のひとが手を取り合って身悶える。
「ああん、六所のちっこいのの、この非道ぶり」
「ちっこいのにかくも非道とは、行く末がオソロシイ」
「ちっこいの言うな!!」
だん!と足を踏み鳴らし、朔は割り箸をふたりの足元に投げつけた。
「俺様をクソ忙しくしておいて、よくもまあ、のこのこと顔を出せたな、貴様ら!いいか、」
「朔、だいじょうぶ!」
怒鳴り散らす朔に、俺はにっこり笑った。
「今日のおゆはんは、精のつくもの食べさせて上げる!!」
「…………いや、十六夜………こなた、それ、なにを構えて…………」
「うまにく……うしにく……!」
精のつくもの、精のつくもの。
夏になってからずっと忙しくて疲れてる朔に、精のつくもの!
俺は念じながら、ひさしぶりに鉤爪を伸ばした。狩りの姿勢をとる。
馬頭のひとと牛頭のひとが、震え上がって抱き合った。
上弦が太くなったしっぽをびびびん、と立ち上げ、叫ぶ。
「目、めがっ!目がマジだわ!!」
「(゜▽゜)」
下弦の声援を受けて、俺は爪を振り上げた。