季節は夏だ。今年も暑い。
水浴び
よし、俺の堪忍袋の緒がそうそう持つとは思うな、炎帝よ。
基本的には寛容にして鷹揚な俺だが、毎年まいとし書き入れ時がこうも暑いとなると、それなりに怨みつらみも募る。
ぜいぜい言いながら階段を登り、社の結界内に入った。
その途端、流れる冷涼な空気。
俺が寛容にして鷹揚な証拠に、ロクデナシの養い親である蝕の存在を、この涼しさを生んでいる原因として許容している。
ロクデナシだが、一応は神だ。神域らしい冷涼な空気に、一瞬で生き返る心地がする。
一息つきかけたところで、俺はごくっと空気を飲みこんだ。
「朔、さく、おかえり、朔……!」
「待て、止まれ、十六夜!!『待て』だ!!」
「っっ」
猛烈にしっぽを振り立てながら駆け寄って来た十六夜に、俺は慌てて叫ぶ。
お帰りの恒例行事的に考えると、十六夜は俺が汗だくで、水が絞れるくらいになっていようとも、構わず抱きついて頬ずりする。
自分がきれいなべべを着ているとかそういったことを、一切斟酌しない。
そういう細かいところを気にしない大雑把さ加減も、また、神というものだが。
寸前でびたっと止まった十六夜は、きれいな瞳を怪訝そうに瞬かせている。
俺は待ったを掛けた手をそのままに、慎重に息を整えた。
ここで対応を間違えてはいけない。
「十六夜、俺はまず水を浴びたい。水を浴びて汗を流し、新しいきれいな服に着替えてから、こなたと抱き合いたい。いいか、水浴びをしてきれいな服に着替えたら、こなたに抱っこされてやる。わかるか?」
「……」
十六夜はきれいな瞳を瞬かせ、軽く天を仰いで考えた。
それから、きょとりと首を傾げる。
「えっと、つまり、俺はこれから、水浴びの用意をして、あたらしい着替えを用意すればいいってこと?」
「よし、十六夜。こなたは式神の鑑だ。よく気がついたな!」
「ぇへ!」
多少大袈裟に褒めてやると、十六夜は満面の笑みとなり、しっぽをぶんぶんと振った。もしかしてあれは、傍に行くと扇風機並みに風が巻き起こっているのか。
暑さにやられて明後日なことを考えていると、十六夜はどこで習い覚えたのか、軍隊式に敬礼してみせた。
「今すぐ用意するから!」
「ああ、頼む」
頷くと、ばたばたと社へ走っていく。
俺はほっと息をついた。どうやらうまく対応出来たようだ。
これで下手に「汗みずくだから触るな!」だけ言うと、思考が明後日な方向に飛ぶやつだからな。
しかしとりあえず、今後はこの対応で行けそうだ。
そう思いつつ、風呂場に行く。
と。
襦袢姿になった十六夜が、三つ指をついて待っていた。
「あ、朔!お背中流すね!!ぇへ、俺って主に尽くす式神!!」
「………っ」
対応は見直したほうがいいかもしれない。
眩暈を覚えて、俺は膝をついた。
「朔?!」
「い、十六夜………っ」
慌てて駆け寄って来た十六夜が、膝をついて覗きこんで来る。
薄い襦袢越しに、いろいろ見えている。桜色のアレとか、銀色のアレとか、その奥のアレとか。
たぶん濡れたら、さらに扇情的に。
俺は十六夜の襟を掴むと、叫んだ。
「ひとを子供だと思って油断し過ぎなんだ、こなたはぁあああ!!!!」