「夏バテには肉ぢゃ。精をつけて乗り切るのぢゃ、朔坊」

「そうだよ、朔いっぱい食べて、たっぷり精をつけてね!」

「朔坊、遠慮は要らぬぞ白飯もたんと炊いた、存分に喰らえ!」

じょじょあん

ええとなんだ。

この状況を、端的に言うと…………。

母親と嫁と姉に、結託されて嵌められたというか。

言いたいことは山ほどあっても、この三人に結託されると、もはや男に口を挟む隙は一部もなくなるというか。

目の前でほかほかと湯気を立てる、どんぶりに山と盛られた白飯、そしてそのおかずとして用意された糠漬け――と、焼肉。

こんもりほかほか、湯気立つ山盛りの肉。

俺はそろそろと、視線だけ外にやった。

つぶらな黒い瞳。

「…………食いづれぇ………っっ!!」

場所は、俺たちの住む六所神社と、街を挟んで対に立つ山にある、鹿曜寺。

招かれて行った俺の前には、前述の通りにたっぷりの白飯と肉。

そして座敷の外の庭に、待機中の鹿の群れ。

なにを待機しているといって、焼肉待機――そう、目の前の焼肉は、さっき絞められたばかりの、しか肉。

鹿曜寺の守護尊である大主は、そもそもは山を統べる鹿神だった。今でもその地位に変わりはなく、山に住む鹿はすべて、彼女の庇護下にあり、支配下にある。

本来なら、御山の鹿を食らうことは、神域を汚す行為として忌まれる、はず。

さらに言うと、ここ鹿曜寺は寺、つまり殺生禁を説く仏寺で、こうまで堂々と焼肉を振る舞うことなど有り得ない、はず――だが。

「朔、お肉は冷めちゃうとおいしくないよ。ほら、あーん」

「んぁ」

蕩けるような笑顔の十六夜が、箸で肉をつまんで差し出す。反射で口を開けてしまい、そこに肉が落としこまれた。

「………………ぅうう」

美味い。

さすが神域の鹿………肉の質が、街の肉屋の肉とはまったく違う。肉が蕩ける以前に、口の中が美味さで蕩けそうだ。

しかし外に鹿。

座敷の中をめっさ覗きこんで、次に焼肉されるべく待機する鹿。

目がつぶら。

潰れそうなほどにつぶら。

「食いづれぇってのに………っっ」

「朔?」

「おや、口に合わぬかぇ、朔坊それともバテ過ぎて、胃が受け付けぬか?」

目の前に眷属の焼肉を置いて、大主は平然と訊く。

普通に自分のところの鹿が狩られたら、それこそ怒りに神罰を躊躇わない大主だというのに、なぜか俺には昔から、自分のところのしか肉を食わせる。

それも、山盛り。

確かに精がつくことは確かだが。

「ええいもう、焼かれちまったもんは仕様がない。成仏しろ、貴様らっ!」

自棄になって叫ぶと、俺は箸を取り、どんぶりを抱えて、そこに肉を山盛りにして掻きこんだ。

「うむ、男児の食いっぷりは、やはりよいのう」

「気持ちいいよね。こっちまで食べたくなっちゃう」

にこにこと言う十六夜に、大主は笑って手を振った。

「ぬしもお食べ。鹿曜寺がしか肉は精もつくが、力もつく。寝過ぎて力を失うたぬしには、必要ぢゃろ。…黒点」

「はっ、勿論。十六夜さま分の飯も肉も、存分に用意して御座います足りなければ、竈の火も熾きております。追うてご用意させて頂きますゆえ!」

大主に呼ばれた黒点は、ささっと十六夜にもどんぶり飯を渡す。

十六夜は無邪気に歓んで、躊躇いもなく焼肉を取り、飯とともに掻きこんだ。

ふさふさのしっぽが、うれしそうにびょんびょん振られる。

「おにくはやっぱりなまがいいけど、焼いてもおいしいね!」

「ほっほっほ」

「……」

ものすごく平穏な空気が流れる「母」と「嫁」を見やり、俺はため息を噛み殺した。

庭に待機する鹿の数は、総勢二十頭ほど――