座敷に、ばっさーと広げられる巨大魚。実に十畳の座敷の半分を埋める、巨大さ。
その口をぱっかんと開けて、黒点はきりっと朔を見た。
「さあ、朔坊!この魚の中を潜り、健康長寿を」
「ナマ魚でやる行事じゃないっ!!あとそれ、湖の主っ!!主釣るな広げるないたぶるなっっ!!」
愚々れ神
「びっちびっちー」
「(-。-)」
「そうねえ。ドトウのツッコミだわ。さすが朔」
ぼそっとつぶやいた下弦にボクも同意して、きょとんとしている黒点と、胃が痛そうな朔、それにびっちびっちとしている湖の主を見比べる。
黒点はボクたちの棲み処、六所神社と街を挟んで対にあるお山のお寺:鹿曜寺の守護尊である旱-ひでり-さまの眷属。
そもそもは鹿だけど、ボクたちよりずっと年上のおねーさんだから、耳以外はカンペキ人間姿を取れる。
しっぽもあるけど、鹿のしっぽって、着物の中にちゃんと納まっちゃうのよね。
だからちっさいお耳以外、カンペキ人間のおねーさん。美人。でも残念。
なにが残念って、まあ、いろいろと、全部。
「しかし確か、人間の俗習では今日、子供に鯉の口の中を潜らせ」
「だからそれは、あれ!こいのぼり!!布のこいのぼりの中を潜るんだっつの!ナマ魚の口の中じゃないっ!あと主は鯉じゃなくて鮒っ!!」
「びっちびちー」
「(゜-゜)」
「胃で消化される………んじゃ、ないかしら。いくら主が大きくても、腸は通り抜けられないと思うわ」
「(゜ロ゜)」
「…………下弦、あんたってほんっとおそろしい子ね…………!」
まさかそんなこと。ぶるぶる。
とかなんとか、適当に時間をツブしている間に。
「び、びち、びちー」
「あら、主が弱ってきたわね」
「(>_<)」
「そうねえ。所詮はえら呼吸生物だわ。陸に揚げて、長く生きられるわけがないってことね」
「って、のん気そうなこと言ってる場合じゃねえだろっ!!」
びちびちに元気のなくなってきた主を下弦と見ていたら、朔にツッコまれた。
とばっちりだわ!
悪いのはボクたちじゃないわよね。そもそも、主を釣り上げてここまで持ってきたのって、黒点だし。
それで、その主を湖に戻しもしないで、ケンケンゴウゴウやってたのは、朔だし。
そこにさらに、踏み込んできたのが。
「おさかな包丁みっけたよー!!ちゃんと研いだから、ぴっかぴかー!!さっくさくーといくよぉ!!」
「ぁああ、待て十六夜ぃいいいっっ!!!」
………ほんとにきらんきらん光るくらいに磨かれた包丁を手にした、より以上に輝く表情の十六夜。
わー、まぶしー。目がツブれそー。
たすき掛けまでして、ヤる気まんまんだわ。
「(-_-)」
「なーむーね」
手を合わせて主のジョウブツを祈ったボクと下弦に、朔がだん!と足を踏み鳴らした。
「この狛どもがっ!神社で『なーむー』言うなっ!!」
「ツッコミそこなの?!」
なんだか朔が、ツッコミ疲れしているように思えてきたわ。疲れるとツッコミどころって、まちがえるのよね。
「え、でも、朔!おサシミにするなら、生きてるうちに捌くのがいいって」
わけのわかっていない十六夜が上げた無邪気な声に、朔は顔を引きつらせた。
「いや、十六夜。確かにそうだが、これはそこの湖の主だから」
「お待ちを、十六夜殿っ!!まずは朔坊に中を潜らせ、その健康長寿を祈願して、それから鯉こくなりなんなり」
「だから鮒だっ!あとナマ魚でやるもんじゃないっ!!」
「なんか、人間のやることって、ほんとよくわかんない………」
「いーざーよーいーっっ!!」
そろそろ酸欠で倒れるかしら、朔。
ああ、酸欠で倒れるといえば。
「びっちーん……………………………………」
「(・_;)vv」
「ごりんじゅーでーす。ちーん」
「んぁああああっっ!!」
とうとう跳ねるのをやめた主に、ボクと下弦はそろって手を合わせ、頭を下げた。
朔が悲鳴を上げ、慌てて主に取り縋る。
「待てこら、千年生きてきたとか豪語しながら、こんなくだらない死に方をするな、あほたれっ!!どじょっこふなっこ鯉こくとしての意地を見せろっ!」
ああ、錯乱してるわ、朔。これはこれで珍しい。
その朔に、十六夜がちょこんと首をかしげた。
「朔、あのね、このおさかなのひと……」
「調理は待て、十六夜っ!!」
「え、じゃなくて、あのね………」
「ぬ?もしや………」
十六夜と黒点が、揃って主のおなかを見る。その目が口へと移動していき。
「びっぢーっっ」
「んなっ?!!」
咳き込む音とともに、主の口の中から、なにか黒い物体が――って、この黒いのは。
「九重?!!九重、じじい貴様、主の腹の中でなにをしてって、まさか食われてたのかっ?!!主貴様、九重食ったのかっ?!!」
「びっちんびっちん」
「びっちんびっちんじゃねえんだよ!!」
主が咳き込んで吐き出したのは、九重――黒猫のおじぃちゃんで、ついでに言うと、朔が生まれたときからの、トモダチ。
吐き出した主はまた、元気にびちびちしだした。
つまり、えら呼吸生物とかいうことがモンダイじゃなくて、
「ねこがのどに詰まってたから、苦しくて暴れてたんだねー」
「なるほど………ねこの大きさですら、詰まるような狭さか………となると、朔坊は通り抜けられぬな………」
「ああなんか、ようやく納得したな、黒点!!」
なんだかのんびりほやんとした会話を交わす十六夜と黒点に、朔はちょっと涙目。
まあ、気持ちはわからなくはないわ。
ちなみに九重は、いつもとまったく変わらず、冷静沈着。
濡れた毛皮をぶるるっと振って水気を払うと、ぺろぺろと毛づくろいをはじめた。
たくましいっていうか、なんていうか。
まあどうせ九重って。
「十六夜!それはそれとして、包丁っ!」
「え?なに?どうするの?」
「このサカナ捌くっ!!刺身と汁にして、骨まで余さず食らい尽くしてやるわっ!!」
「あ、うん!まかせてっっ!」
「びっちー」
………朔が逆ギレ復讐モードだわ。なんだかんだで、トモダチ甲斐はあるのよね、朔。
まあしかし、なんていうのかしらね。
主も千年生きたとかいうけど、サイゴはくだらない死に方するのね………。
「(-_-)」
「そうね、下弦。なーむーね」
まあとにかく、今日はゴチソウだわ!