あーんと大きく口を開いたかと思うと、躊躇うこともなく、ぱくりと咥えられる――

「ったた!」

毛づくろえ

「あらっ?!」

「Σ(@×@)」

思わず悲鳴を上げると、吾のふさふさした耳に食いついていた上弦と下弦は慌てて口を離した。

「やだ、蝕?!蝕、だいじょうぶ?!ボクたち、力強かった?!」

「((((>×<))))」

二匹は頭を抱えて呻く吾の顔を覗きこみ、懸命に悲鳴の理由を探る。

吾は多少わざとらしく涙目となり、二匹が食いついた耳を撫でた。

「うぅうむ、痛いのう………」

「やだぁあん…っごめんなさい、蝕ぅ!」

「\(゜Д\)(/Д゜)/」

いつもは冷静な二匹だが、今日は珍しくも素直に動揺を露わにした。

実際のところ、そこまでは痛くない。しかしなにごとも、初めが肝心というもの。

そもそも上弦と下弦が吾の耳を咥えたのは、いつもの悪戯に由縁するものではない。

まだ幼い部類に入るが、二匹もそこそこの年。そろそろ他人の毛づくろいの仕方を学ぶ頃合いだ。

人型も取るとはいえ、耳としっぽは残るのが通例の吾らキツネだ。ここの毛づくろいは、当然する。

そして毛づくろいは、神とはいえ、獣である吾らにとっては重要な意味を持つ社会的行為。

己の毛づくろいが出来ることも大事だが、他人様の毛づくろいをすることにも、重大な意味と理由がある。

というわけで、吾が自ら実験台となって、二匹に他人への毛づくろいの仕方を教えていた。

上弦も下弦も、吾の眷属。つまりは、吾の子供のようなものといえる。

親が子供に教えることは、吾が代わりに二匹に教える必要がある。

毛づくろいを教えるなら、まずは吾が犠牲に――うむ、いや………。

……………犠牲としか、言いようないの………。童べの、毛づくろいの初めの頃というのは……………。

「そなたらな……毛づくろいのときに、吾がそう、がぶがぶと牙を立てたか梳るのと、牙を立てるのは別ものじゃぞ?」

「き、キンチョーして、ちょっと力加減、まちがえちゃっただけよぅ……っ、ね、ねえっ、下弦っ?!」

「<(`^´)>っっ」

「やれやれ」

わずかに涙目の二匹を、これ以上責めるのも酷というもの。だれしも、初めてから上手くいくわけもない。

失敗から学んで、身に着けていくものだ。たとえば毛づくろいという、至極日常のことであれ。

吾は膝に乗る上弦と下弦を抱え直した。まずは上弦の、頭の後ろに寝ている耳に口を寄せる。

かぷりと、軽く牙を立てた。

「んっ!」

びくりと震えた上弦に構わず、吾は寝ている耳に舌を這わせる。同時に牙も毛に添わせ、やさしく梳いてやった。

「んっ、ぁ、ふぁあん………っ」

情けなく寝ていた上弦の耳が、くすぐったさに跳ね回る。

「ん、よし」

きれいに毛並みが整ったところで、吾は口を離した。上弦はくったんと、吾の膝に崩れる。

吾は替わって今度は、その様子をじっと見ていた下弦の耳に触れた。

「<(((>∇<)))>」

膝の上で大きく跳ねた体を押さえ、吾は下弦の耳にも丁寧に舌を這わせ、牙で梳って毛並みを整える。

「<(((>△<)))>っ」

「ん」

「<(((>ω<)))>ノシっ」

最後に軽く牙を立てて離すと、下弦もまた、くったんと吾の膝に崩れた。

吾はとろんと蕩けた二匹を、きちんと抱え直す。とんとんと、あやすように脇腹を叩いた。

「力加減はわかったか、二匹ともわかったらもう一度、やってみよ」

促すと、二匹はよれよれと顔を上げた。しかし吾の耳には届かず、長く垂れる髪を咥えてしゃぶりだす。

「これ」

「んん、ん………らってぇ、蝕ぅ………」

「(>ω<)vvv」

「そーよ、下弦の言うとーりよ………蝕の毛づくろい、気持ち良過ぎて、ボクたちとろんとろんなのよ……っ」

「ぬ」

しまった、やり過ぎたか。

力加減を間違えたというなら、ある意味で吾もということか。

反省に駆られる吾の着物の袷を、下弦がくいくいと引っ張った。

「どうした?」

「<(´ω`)>ノシ」

「………やれやれ」

ひとの毛づくろいをするどころか、もう片方の耳もやれと強請る。

そろそろ頃合いかと思ったのじゃが、二匹にはまだ早かったのかのう。

童べの成長の見極めほど、むつかしいものはない。

吾は肩を落としつつ、強請られるまま、下弦の耳に舌を伸ばした。