嫁と小姑、それに姑が揃い踏みで、きらきらぴっかーんな満面の笑み。

「秋だよ、朔!」

「もみじ狩りの季節だな、朔坊!」

「さあ、遠慮はいらぬ。たんとお食べ、坊や!」

目の前にどっかんと置かれる、ほこほこ湯気を立てる山盛りの焼き肉――

と、庭に集ったつぶらな瞳の、鹿の群れ。

もみぢご

「っぇええい、ひとが大人しくツッコミを控えていりゃあだれが遠慮しているか、大主それに黒点そもそもこなたが『もみじ狩り』を誤用してどうする、鹿神の眷属!!」

こと神に対して受け身のままだと、流れ流れてどこまで行くかさっぱりわからない。

神にツッコむなど畏れ多いなどと、竦んでいる場合ではない。健全な人生を送りたいなら、ツッコミを躊躇ってはいけないのだ。

若年ながらすでに悟っている俺は、叫びながら立ち上がった。

だんと畳を踏み鳴らし、きょとんとしている大主とその眷属である黒点、そしてついでに十六夜を睨み回す。

「大主、心遣いはありがたいが、庭先に己が守護する御山の鹿を集わせて、焼き肉待ちさせるないいか、」

「ここは殺生禁のお寺ですよ、御母堂さま、姐さま」

「ん朔?」

――十六夜は俺の式神だ。しかしもっと重要なことを言うと、将来の嫁だ。ちなみに大主と黒点はそれぞれ、俺の母と姉を自認している。

それはともかく、今はまだ俺が小さいので十六夜を嫁としていないが、大きくなったらきちんと嫁としてもらう。

その前提で言って、いくら式神であっても、俺は十六夜を盾にすることは滅多にない。

しかし今日は違う。刹那の躊躇いも迷いもなく、十六夜を盾にその体の陰に隠れた。

「御母堂さまの眷属ですしね。鹿苑寺の例もあります。寺の庭先に鹿が集っているだけならいいですが、焼き肉のにおいが漂っているのは見過ごせませんよ、御母堂さま」

「日華-ひか-か。小煩いことを」

座敷に現れたのは、日華――俺と十六夜が住む六所神社と、街を挟んで対の御山にあるこの寺、鹿曜寺の住職だ。

住職とはいえ、日華は若い。確かまだ、二十かそこらの若僧だ。

現れるや座りもせずに説教を始めた日華に、大主は軽く眉をひそめた。

「細かいことを言うでないよ、日華。そなたとて、幼いころは妾の眷属の肉を食らい、大きうなったであろうに」

「意味も知らないですからね。『母親』と『姉』が供してくれたものなら、疑いもせずに口にします」

寺の守護尊であり育て親である大主に、日華はへつらうこともなく言い返す。

そのまま呆れたような顔で俺の前――黒点が山盛りにした焼き肉の皿の前に、胡坐を掻いて座った。

「子守り尊である御母堂さまが、知り合いの子供の健康な成育を願って眷属の身を削られるのはまあ、目をつむらないでもないですが。せめても庭先に眷属を集めて、焼き肉待機させるのはやめませんか。ねえ、朔ちゃん」

「ちゃん言うな、ヘンタイ」

「え、ヘンタイなの?!」

相変わらず隠れたまま罵った俺に、十六夜は驚いた顔を向ける。

一聴、日華の言っていることはまともだ。

なにしろ俺と同じ人間で、そしてこの大主と黒点に手ずから育てられた。

今俺が経験していることは、すでにこいつも経験済み。どれほどいたたまれないかということも含めて。

しかし味方だとは思わない。

なぜならこいつは、寺の坊主だからだ。

「変態って、ひどいな、朔ちゃん」

目上である大主に対するのとは違い、俺に対する日華の口調は砕けて気安い。

しかしそれは、小さな子供への純粋な親しみゆえのものだけではない。ええい、だれが小さな子供か!!

「ひどいわけあるか。それ以上傍に寄るな。あと念のために、十六夜の傍にも寄るな」

「朔?」

十六夜はわけがわからず、隠れたままもそもそと罵る俺と、前にしゃがみこんでいる日華とを見比べる。

その日華は、まったく邪気もない爽やかな顔で笑った。

「心配しなくても大丈夫だよ、朔ちゃん拙僧、大人にはまったく食指が動かないからいちばんはあはあするのは、今の朔ちゃんくらいの年のおとこの」

「わかってるから寄るなと言ってんだ!!」

爽やか笑顔で言い切ろうとする日華に、俺はあくまでも十六夜の後ろから叫んだ。

そう、今回の場合、十六夜は安全だ。寝惚けているという問題点あれ、絶世の美人であっても『大人』だからだ。

このくそ坊主は、子守り尊として知られる大主に育てられたにも関わらず、完璧に稚児趣味だった。いったいどこでどう、なにを罷り間違ったか、心当たりがあり過ぎて特定もできない。

しかしとにかく、子供にしか催さないのだ。ええい、だれが好き好んで子供だと!!

しかしそれ以上俺が叫ぶより先に、黒点が後ろに立った。力づけるようにぽんぽんと、頼もしく俺の肩を叩く。

「そう心配せずでも、朔坊。今日は身もいる。日女さまもいる。この日華が悪戯気を起こそうものなら、すぐにも潰してやるゆえ!」

「つぶす?」

十六夜はきょとんとして、黒点の言葉をくり返す。

継いで、大主もにっこり笑って頷いた。

「そうぢゃ。子守り尊として知られる妾が圏内で、子供に悪戯気を起こすようなことがあってみよいかに妾が手ずから育てた義息子とはいえ、容赦のう、潰すぞ?」

「つぶす??」

十六夜はきょとんとしたまま、くり返す。

頼もしくにっこり笑う黒点と、たおやかににこにこ笑う大主、そして目の前にしゃがみ込む日華とを見比べ、首を傾げた。

日華といえば反省も衒いもなく、至極残念そうにため息をつく。

「稚児趣味ったら、寺の大事な無形文化財とでもいうべきものですよ、御母堂さま、姐さま。殺生禁の戒律を破るのと、どちらが悪いと」

「比べるな」

「比較対象にならん」

「人間の戒律なぞ知らぬわ」

俺と黒点、そして多少論点のずれた大主に容赦なくツッコまれ、日華は残念そうな顔を十六夜に向けた。

「ちなみに?」

「えと、なんかさっぱりわかんないけど!」

訊かれて、十六夜は後ろへにじった。守ろうとするように、俺をきゅむむっと抱え込む。

「朔は俺のだから、さわっちゃだめさわったら、ええと、えと、ツブす!!」

「十六夜………」

「おんなじ男なのに、そんな、ツブすだなんて……」

意味がわかっていないままの十六夜の脅しに嘆いてから、日華は大主を振り返った。

「コレは良くて、拙僧だとツブされる理由って、なんです?」

問いに、大主はからからと笑った。

「ツッコむか、ツッコまれるかの差ぢゃの!」