白虎――名の通り、白い毛皮の虎だ。白ゆえに光を弾いてさらに輝く毛皮は、まとうからだの隆々としていることと相俟って、ひどく神々しい。
その白虎が、庭に降り立つや牙を剥きだしに大きく口を開き、咆哮を迸らせる――
南瓜の雪橇
「さーーーくーーーちーーーっ!たっだいまぁああっ!イイコにしてたかなあっ?!」
――『ただいま』ってどこからかといえば、出雲だ。
見た目こそ白子の虎でしかないが、白虎の実際は神だ。四神の一であり、西方守護神とも言われる。
そう、『神』であり、うちのロクデナシの祀神とは違うので、白虎は十月になるとちゃんと出雲へ顔出しに行く。
そして終わると棲み処に戻るわけだが、そう、『棲み処』だ。『ただいま』と戻る。
ここじゃあない。
うちの祀神はあのむっさいもっさいおっさん狐ただ一柱で、そういえば虎の威を借る狐とかいう言葉もあるが、別に白虎に従属などしていない。あのロクデナシは従属すら満足にできん孤神だからな!
というわけでだ。
「ここはおまえの…」
「イイコにしてた子には、神サマからぷれぜんと上げちゃうようっ!でもでも、もしもワルイコにしてたっていうんなら、イータズラしちゃうぞうぅうっ!」
「クリスマスとハロウィンを混ぜるな四神っ!しかも今、十一月っ!どっちもこっちもな微妙なこの時期にっ!」
ひとつめのボケにツッコミ切る前に、怒涛の勢いで重ねられたボケのツッコミに忙殺された。というか。
「そもそもイイコワルイコフツウノコだとか、ひとを子供扱いんもふっ?!」
文句が中途半端に途切れたのは、地団駄を踏みながら喚いた俺の胸に、白虎がどーーーんと軽く、頭突きを入れたからだ。
そう。
ポイントは、『どーーーん』だが『軽く』というところだ。
つまり、未だちっさい俺にとっては『どーーーん』の威力だが、成猫もとい成虎な白虎にとってはあくまでも子供相手のじゃれつき、非常に軽く…
っぁああんっ?!子供扱いするんじゃねえわぁああっ!!
しかしその子供用の『軽い』じゃれつきが受け止めきれず、俺はべたんとしりもちをついた。いや、つきかけた。
無様を晒す前に、さっと拾って抱え上げてくれたのは十六夜だ。それだけでなく、白虎をきっと睨み下ろす。
「とらちゃん、めっ!朔がケガしたらどうするのっ!力加減できない子は、こんぶといっしょに土鍋でぐつぐつにちゃうよっ?!」
「その『白虎』とこの白虎は違う『白虎』だからな、十六夜?!湯豆腐は豆腐で作れ?!」
――出宵は最近、豆腐の異名に『白虎』があると知った。
それとこの白虎とはまったく違うものなのだが、十六夜に彼我の区別はつかない。神は総じて大味だ。
ので、放っておけばほんとうに白虎を昆布と煮る。
勘違いぶりはかわいいが別問題として、とりあえず俺は訂正を突っこんでおいた。
その俺を抱え上げて保護したまま、十六夜は未だ厳しさを残すうつくしいその顔で、こっくり力強く頷いて返した。
「だいじょーぶ。なせばなる!」
そうだな、為せば成るだろう。なぜなら十六夜も神だ。
というわけで今夜の食卓に、ねこなべならぬ――
「それはこういうところで使う言葉ではないな、十六夜!なにを成す気だこなた?!」
「そーだそーだ!トラのゆどーふなんておいしくないよ孤獨の!ゆどーふするなら、となかいにしときなって!」
「おまえもおまえだ白虎っ!湯豆腐は豆腐で作るもんで、虎だのトナカイだのっ………っ?」
重ねに重ねられるボケ倒しに、俺はツッコミ切れず、どころか完全に言葉を失った。
『トナカイ』だ。そう言って、白虎がぐぐいと押し出して来たものだ。
「………どうも、『トナカイ』です――いい子にしておりましたか、六所の方」
確かに。
確かに――竜の角は鹿の角だ。そうだが――
そうかもしれないが、そうだとしてもだ。
「神在月の出雲で、なにに魂を売ってきたものかは知らんが、四神………――プライドだけは売るな、青竜」
ヒトガタになぜか角だけ出した格好で、いつも手に持つ玉を鼻に乗せて光らせる青竜に俺が言えたことといえば、ようやくそれだけだった。