私の恋はいい加減、絶望的だ。

ちんちろりん-松虫編

「あーもう、オトコ同士でとかさッ、しんっじらんないよねッキモイってのッ、ホモッ!!」

下校時刻、隣を並んで歩いていたスズが苛々と叫んだ。綺麗にコーティングされた爪は、スズの苛立ちを表して乱暴にタブレットの画面を突く。

「………そうなの?」

顔を向けて訊いた私を、スズはちらりと横目で見た。

スズの目は、アイメイクでわざと険しめにつくってある。そうやってちらりと見られただけでも、ものすごく不愉快そうに睨まれた感じ。

慣れているから、私が竦むことはない。

それにたぶん、今、スズは本当に私を睨んでいる。不機嫌なところに、同意も共感もしてもらえず、うすらぼんやりと反駁されたのだから。

「ホモって、気持ち悪いの?」

不機嫌をぶつけられることがわかっていても、私は問いを重ねる。

ちらりと見ただけでタブレットに戻っていたスズの眦が、ぴくりと痙攣した。かしんと、一際大きな音を立てて画面を弾き、今度ははっきりと私に顔を向ける。

「なぁに、マツあんたもしかして、最近ハヤリのフジョシとかいうヤツなわけホモだいすきーッて」

「…………」

嘲る調子のスズを、私は瞳を瞬かせ、無言で見つめる。

ちょこんと首を傾げたところで、スズは小さく舌を鳴らしてタブレットに顔を戻した。かしかしと音を立てていくつか操作して、鞄の中にタブレットを仕舞う。

そうやってから、わずかにバツが悪そうに私を見た。

「悪かったってば、当たったりして。マツはそんなんじゃないのにさ」

「………そうなの?」

口早な謝罪に、私はぼんやりとつぶやくだけだ。

スズが言う、『そんなんじゃない』というのが、なにを指しているのかわからない。

私は、フジョシってヤツではないということ?

私は、ホモ大好き、ではないということ?

私は――

「オトコが好きだから付き合えないとか言われて、フラれてさ。まあ、あたしこんなだし、フラれるのなんてわりと慣れてるけど、にしてもオトコに負けたのかよッとか思ったら、もうめっちゃムカついてさー」

「………」

さっきまでの不機嫌をどこへ仕舞ったのか、スズはさばさばと明るく笑って、苛立ちの理由を説明する。

スズが言う『こんな』というのは、つまり、たびたび風紀委員や生徒指導の先生とぶつかる見た目のことだろう。

髪の毛を明るい茶色に染めて、ふわりとパーマをかけて、大人顔負けのきっちりした化粧をして――

スカート丈は短くて、今にも下着が覗きそうだ。ブラウスのボタンだって上はほとんど外していて、角度によっては谷間が覗ける。

スズとは中学に入学してからの付き合いだけど、初めはこうじゃなかった。校則通りのきちんとした格好で、私とも大差なかった。

それが半年経ち、二年経ち、三年経つころにはもう、風紀委員や生徒指導の先生と顔馴染みになって、毎日のように追いかけっこをして、喧々囂々として――

そうなっても、スズが一番に声を掛けてくるのは、一年生で出会ってからまったく変わらない私だった。

同じような見た目で、同じような趣味の友達を何人つくっても、スズは私に声を掛ける。

私は――

「ったく、そんなサイテーなオトコを好きになってたのかと思ったら、自分の見る目のなさもイヤになるし。まあもともと、見る目なんかないけどさー」

「あ。ねこ」

途中のお店のショーウィンドウにねこが見えて、私の足はふらりとそちらへ向かう。

「ちょっと、マツッ!」

呼ばれているのはわかっても振り向かず、私はすたすたとショーウィンドウの前に行った。すとんと腰を下ろして膝を抱え、ショーウィンドウのねこと向き合う。

硝子越しの、硝子の眼。

「マツったらあんたはもぉッ、行動読めなさ過ぎッ」

「ニセモノだった。ねこ」

座ったまま顔だけ上げて告げると、スズはきゅっと目を眇めた。そうやってショーウィンドウを覗き込んでねこを見て、大きなため息をこぼす。

「ああうん、ニセモノだね」

「うん」

頷いて、私はもう一度、ショーウィンドウに顔を戻す。

見せたいのは、その上に飾られたドレスだろう。

でも私の目はドレスではなく、硝子の眼のねこだけを映す。

「あーのさあ………毎度まいど、他人の失恋話のグチとか、付き合わせてワルイと思うしさぁ。自分でも、ツマンネー話してんなあとか思うけど、聞いてるフリくらいしてやってよ、マツ。トモダチっしょ、ウチら?」

スズの言葉に、膝を抱える私の手に力がこもった。

「…………そうなの?」

わかっていることなのだけれど、つぶやく声は掠れて潰れて、雑踏の喧騒に掻き消される。

スズの耳には、届かない。

永遠に。

私の恋はいい加減、絶望的だ。

男のひとが好きで、しょっちゅう恋して、付き合って、失恋して――

私をトモダチだと言い切る、男同士なんて気持ち悪いと吐き出す、そんな彼女が、好きだ。

どうしてもどうしてもどうしても、好きだ。

男同士が気持ち悪いと言うのなら、女同士はどうなの?

男同士で好きあうひとを最低と評するなら、女の子を好きになった女の子の私は、どうなの?

スズのことが好きな、私を――

それでも、トモダチと呼んでくれる?

それでも、トモダチと呼ぶの?

「あーもう、わかったわかった。ツマンネー話した、あたしが悪かったって。スネないでよ、マツ」

あやすように言うスズをショーウィンドウ越しに見て、私は抱えた膝をきゅっと掴む。

震える体を堪えて、顔を上げた。

「スズの話が、嫌なんじゃない。無理してる笑い顔とか声とかが、嫌なだけ。心底から。泣きたいのに泣けないなら、笑いたくないのに笑うなら、私の存在意義なんてない」

「……………」

はっきり言った私に、スズは目を見開いた。

アイメイクで、険しめにつくってあるスズの目。

そうやって見開いて――

「あー、もう、マツ、あんたって…………」

くしゃんと顔を歪めると、スズは綺麗にセットしている髪をぐしゃっと掴んで、俯いた。

「あたしほんと、あんた好き」

雑踏の喧騒に紛れる、つぶやき。

私は顔をショーウィンドウに戻す。

彼女はどんなにどんなに変わっても、変わることのない私を隣に置いて、好きだとつぶやく。

そこに期待できるものは、なにもない。

私の恋はいい加減、絶望に塗れてもう、恋なのかどうかもわからない。