とあるおおきな街のそばに、ちいさなちいさな、おおきなおおきな森があったのさ。

街に住むひとはめったに来ない、しずかな森。鳥が鳴きかわし、獣が吼える、さわがしい森。

なにもかもがあるけれど、なにもない森。

そんな森が、ひっそりこっそり、堂々とあったのさ。

もりののはなし

ある日のこと。

その森に、街からひとり、男がやって来た。

ひどくくたびれた男だったよ。

くたびれた人間は、老けこんで見えるものだ。

だから私は、男をたいそう年を取っていると思った。ほんとうは、若いのかもしれないのだけどね。

男は、清潔で、整った身なりをしていた。

でも、かわいそうなほどくたびれて、歩くときには足を引きずっていた。

そうやって、森の中をゆっくりと歩いていたんだ。

森の中に生える木、一本一本。

それらを、とてもていねいに、つぶさに見くらべながら。

私はそんな男と、森の中で出会った。

私はたずねた。

「なにをなさっているのですか?」

私の問いに、男は答えた。

「木を探している」

と。

私はまた、たずねた。

「木ならいくらでも、どこにでも、どんなものでもあります。いったい、どういった木をお探しですか?」

私の問いに、男は答えた。

「私になる木を、探している」

と。

男は、ていねいに、つぶさに、一本一本、木を見くらべながら、森の奥深くへと入ってゆく。

くたびれている証拠に、足を引きずってね。

顔はどうしても、うつむいてしまう。

くちからは、疲れをやり過ごすためのため息が、何度も何度も吐き出されたよ。

ほんとうは、今すぐにも座りこんで休みたいのかもしれない。

けれど男は、愚痴をこぼすことはなかった。

ただただ、ていねいにていねいに木を見てゆくのさ。

「自分になる木」を見つけるために。

くたびれた男は、ゆっくりゆっくり歩いてゆく。

そして、森の奥深く、一本の木の前で立ち止まった。

上から下まで、その木をじっくりと眺める。

男の手が、やわらかに木肌に触れた。

今まででいちばん深くて、長いため息がこぼれた。

それは、疲れのために吐き出されたのではなくて、とても安心したためにこぼれたものに、似ていたね。

私はたずねた。

「あなたの目の前、あなたが探していた木は、それですか?」

私の問いに、男は答えた。

「まさしく、この木こそ、私」

と。

葉の色なら緑に黄色に赤色、

季節に散る葉に散らない葉、

花のあでやかなものにめだたないもの、

背丈の高いものから低いもの、

幹の太いやつや細いやつ、

木肌のざらっとしたのに、つるっとしたの、

年を取った老木から、生まれたての若木まで。

この森には、いくらでも、どこにでも、どんなものでもあるのに。

葉の色は緑で黄色で赤色で、

季節に散る葉に散らない葉、

花はあでやかでめだたずに、

背丈は高く低く、

幹は太く細く、

木肌はざらっとしながら、つるっとしていて、

年を取った老木なのに、

生まれたての若木。

ここにしかなくて、これしかない。

たった一本の、特別な、男のための木。

私はすべてを見ていた。「森の入り口」から一歩も動かずに。

「森の中」で男と出会い、「森の奥深く」で、男がとうとう、求めた木とめぐり合うまで。

ひとつももらすことなく、「森の入り口」から、つぶさに見ていたよ。

どこにでもいて、どこにもいない、たったひとりの、くたびれはてた街の男と、

どこにでもあって、どこにもない、たった一本の森の木。

その出会うさまを。

翌日。

男は木になり、木は男になり――

男は森に、木は街に。