あるお国に、とてもみにくい顔と、とてもぶかっこうなからだを持つ小男がおりました。

はらぺこの道化と笑わずのお姫さま

あんまりにもみにくくて、あんまりにもぶかっこうでしたから、小男を見た人は、だれでも笑わずにはいられませんでした。

小男が笑っても怒ってもまじめな顔をしても、どれも全部おかしい。

小男が歩いても走っても飛び跳ねても、どれも全部おかしい。

なぜなら、あまりにもみにくくて、ぶかっこうでしたから。

あんまりにもみにくくてぶかっこうで、なにをしてもおかしい小男のうわさは、お国の王さまの耳にまで届きました。

めずらしいもの、おかしいものの好きな王さまは、すぐさま小男をお城に呼ばれました。

王さまの御前におどおどと小男が現れると、それだけで王さまはおなかを抱えて大笑い。

「なんとみにくく、ぶかっこうなやつじゃこんなみにくく、ぶかっこうなやつは見たことがないぞ。よしよし、そなたを、余の道化として召し使えてしんぜよう!」

こうして小男は、王さま付きの道化として、お城に住む身分となりました。

お城には、王さまのほかにたくさんの貴族と、貴族に仕えるたくさんの召し使いがおりました。ですが、小男ほどにみにくいものも、ぶかっこうなものもおりませんでした。

だれもが小男を見て大笑い。

王さまは道化を何人も召し抱えていらっしゃいましたが、小男ほどに笑える道化はおりません。

小男はたちまち、大出世。

お国いちばんの道化となって、貴族より、よほど大切に扱われるようになりました。

えらくなった小男は毎日、王さまといっしょに、王さまの食べるごちそうを食べました。

おいしいもの、めずらしいもの、貴重なもの。

いつでも、食べきれないほどのごちそうが小男の前に並べられます。小男はなんでも好きなものを好きなだけ食べられるのです。

でも、いつからでしょう。

小男は、なにを食べても、どれだけ食べても、おなかがいっぱいにならなくなりました。

いつでも、ぺこぺこにおなかが空いて、ひもじくてひもじくて、いらいら、いらいら。

「ぺこぺこはらぺこ、はらぺこだ王さまの次にえらい、道化のおれさまのため、すごいごちそうをたんと用意しろさもなきゃおまえらのそっ首が吹っ飛ぶぞ!」

小男、いいえ、王さまの次にえらい道化は、大きな声でうたいます。

王さまも貴族も、道化のうたを聞いて大笑い。いらいら、フォークとナイフを振り回す道化を見て、そろって大爆笑。

王さまもおうたいになります。

「そうじゃそうじゃいっとうみにくい余の道化のため、ちそうを用意せよたんとたんと、食うものをすぐさま用意せよさもなくば、そなたらのそっ首吹っ飛ばす!」

貴族たちも声をそろえて大合唱。

「そうだそうだ、王さまの次にえらい、ぶかっこうな道化のため、ごちそうを用意しろたんとたんと、食うものを用意しろさもなくば、おまえらのそっ首吹っ飛ぶ!」

王さまのお抱えコックたちは、顔をまっさおにしてたくさんのごちそうを作りました。首を飛ばされたくはありませんから。

ですが道化は、山のようにあったごちそうをぺろり、スープも肉も骨も平らげてしまいました。

スープと肉と骨だけでは足りなくて、お皿もぺろり、平らげてしまいました。

王さまも貴族も大笑い。

「まだまだ足りない、足りないぞおれさまはぺこぺこはらぺここのはらぺこがおさまるまで、おれさまは食いに食うぞ!」

うたう道化は、お盆も椅子もテーブルも、ぺろり、平らげてしまいました。

じゅうたんもカーテンもソファも、ぺろり、平らげてしまいました。

食べるたびに、道化のからだはぐんぐん、山のように大きくなっていきます。

みにくい顔も、ぶかっこうなからだもそのままで、大きく大きくふくらんでいきます。

「ああ、はらのむしがおさまらない。おれさまはぺこぺこはらぺこおなかがすいておなかがすいてたまらない!」

うたう道化は、王さまも貴族も召し使いたちもみんな、ぺろり、平らげてしまいました。

お城も町もお国も、まるごとぺろり、平らげてしまいました。

だけど、はらぺこはひどくなる一方。すこしも満たされません。

大きくふくらんだ道化は、となりの国へ。

となりの国も、そのとなりの国も、まるまるぺろり、平らげてしまいました。

その道化の住むお国の、となりのとなりのずっととなりに、とある王さまのお治めになるお国がありまして。

この王さまには、ひとつ、たいそうなお悩みごとがおありでした。

お悩みごとを解決するために、お国の賢者という賢者、お医者というお医者をお集めになりましたが、一向に解決しない大問題。

そこに、天までつくかというほど大きくふくらんだ道化が、お国というお国を食べながらやってきましたから、さあ大変。

お悩みごとは、いっきに倍です。

「おれさまはぺこぺこはらぺこ王さまよりえらい、道化のおれさまのはらを満足させるものをよこすがいい。さもなくば、おまえごと、おまえのお国を食ってしまうぞ!」

山よりもっと大きくふくらんだ、みにくくてぶかっこうな道化は、たいそうおそろしい怪物に見えました。あまりのおそろしさに、お国の勇士は、すたこらさっさと逃げてしまいました。

さて、お悩みごとが倍になってしまわれた王さま。解決するための妙案をひとつだけ、思いつかれました。ひとつしか解決しませんが、どちらかひとつはかたづく妙案です。

それで、大口を開けて待つ道化におっしゃいました。

「道化よそなたがわしの、ただひとつの願いごとを叶えてくれたなら、この国を食べることを許してつかわす。だが、叶えられぬときには、この国のことはあきらめよ!」

道化はちょっとだけ考えます。はらぺこではらぺこでどうしようもないから、願いごとを叶えるなんていうのはめんどうだ。

でも、たったひとつというのなら叶えてやってもいいだろうか。

悩む道化の前に、小さな、けれどきらびやかなおかごが運ばれてきました。

「そのなかに、わしのひとり娘、かわいいかわいい姫がおる。しかしながら、姫は生まれてから十年、一度も笑ったことがない。その姫を、一度でいい。一度でいいから、笑わせてくれたなら、この国を食べてかまわぬ」

そう。王さまのお悩みごととは、ひとりきりのお姫さまのこと。

生まれてからこのかた、一度もお笑いになられない、お姫さまのこと。

たったひとりきりの娘の笑顔を、王さまはぜひにもご覧になりたかったのです。

なんだ、そんな願いならお安いことと、道化はうけあいました。

だって道化は、生まれたときから人を笑わせてきた、生まれながらの道化なのですから。

おかごから、しゃなりしゃなりと出ていらっしゃった小さなお姫さまは、それはそれはうるわしいお姿をしていらっしゃいました。まるで天女のようであられます。

ですが残念なことに、そのうるわしいお顔には、まるで感情というものがありません。陶器のお人形よりも冷たいお顔をなさっていらっしゃいます。

「さあ、おれさまを見ろ」

いった道化を、お姫さまはじっくりとっくりご覧になられました。

くすりともされません。

道化はいろんな顔をしました。怒った顔、笑った顔、まじめな顔。

みにくい道化がどんな顔をしても、それはそれはみにくいのです。だれもが大笑いしました。

けれどお姫さまは、くすりともされません。

道化は立ちました。ワルツを踊ります。ステップを踏みはずして、ずでんとこけました。

ぶかっこうな道化が立つだけで、ひとびとは、それはそれは笑いました。ワルツを踊ると、その笑いは大笑いになり、ずでんとこけると大爆笑になったものです。

けれどお姫さまは、くすりともされません。

「おかしくないのか、お姫さま。このおれをきちんと見ているか。おかしいだろう、このみにくい顔。ぶかっこうなからだ。どうだ、ちゃんと見ているのか」

たずねた道化に、お姫さまはお答えになりました。

「このまなこ、よく開いて見ております。ええ、ええ、あなたさまばかりを見ております。でもなにがおかしいやら、わらわにはさっぱりわかりませぬ。ええ、ええ、さっぱり」

道化はううむとうなります。

こんな人には会ったことがありません。

だれもが、みにくくぶかっこうな道化の姿をひと目見るだけで、指を差して大笑いしたというのに。

道化のこころに、なにかがぽとりと落ちました。

道化はうたいました。

「おれさまはぺこぺこはらぺこ。王さまよりえらい、道化のおれさまのため、すばらしいごちそうを、たんとたんと用意しろさもなくば、おまえらの命、まるまるまるっと食べてやるぞ!」

道化がふんぞり返ってうたうと、王さまも貴族も、召し使いたちも、それはそれは笑いました。いっしょになってうたいながら、おなかを抱えて笑ったものです。

けれどお姫さまは、くすりともされません。

道化はさらにうたいます。

「おれさまはぺこぺこのはらぺここのはらぺこがおさまるまでは、食いに食うぞ!」

王さまも貴族たちも召し使いたちも、自分たちが食べられるまで、大笑いしていました。

いいえ、いまもおなかの中で笑っているでしょう。

けれどお姫さまは、くすりともされません。

そのかわり、こうおっしゃいました。

「ひもじくていらっしゃるのですね。なんとおかわいそうな」

そして、ドレスのかくしから、あめだまをひとつ出すと、道化に差し出されました。

「わらわのおやつです。あなたさまのおなかを満たすために、お食べになって」

はちみつ色のあめだまを、道化はぶかっこうな指でつまみ、口にほうりこみました。

いまや山のように大きくなった道化には、少しの足しにもならない小さなあめだま。

舌にはちみつの味がひろがって、道化のこころに、甘いなにかがぽとりと落ちました。

道化も気づかぬままに。

万策尽きた道化は、腕を組んで、首をひねって、うーん、うーんと考えこみました。

いままで、なにをしなくても笑われていた道化です。特別な芸など持っておりません。

どうしてお姫さまは笑わないのだろう。

どうしてこのおれさまを見て、おかしいと思わないのだろう。

どうしたら、――お姫さまは笑ってくださるだろうか。

悩む道化の横を、まっしろな毛並みの犬が通りました。おっぽまでまっしろな犬でした。

とっさに、道化はいいました。

「お姫さま、いまからおもしろい話をしてやる。いいか、おもしろい話だぞ」

お姫さまが、聞いておりますというようにこっくりうなずかれます。道化はいいました。

「あるところに、まっしろな犬がいた。その犬は、おっぽも白かった。いいか、『お』も『しろ』かった『おもしろかった』んだ!」

やけっぱちのだじゃれでした。

お姫さまは、――

「ぷっ」

陶器の人形より冷たいお顔をされていたお姫さまが、吹き出されました。口もとを押さえてくすくすと、小さく笑われています。

「な、なんですか、それは。おっぽも白いから、『おも』『しろい』だなんて、ぷっ、ぷぷっ」

お姫さまの笑い顔を見た道化のこころに、ぽとぽとりと、甘いなにかが落ちました。

道化はいそいであたりを見渡します。

ふとんが干してありました。

「お、お姫さま。あのふとんを見ていろよ」

「ええ、ええ、見ております」

道化は、干してあるふとんに、ぷうっと息を吹きかけました。

なにしろ、山のような道化の吹きかけた息です。大風となってふとんを吹き飛ばしました。

すかさず、道化はいいます。

「ふとんがふっとんだ!」

お姫さまは、――

「きゃー!」

吹き飛んでいくふとんを見ながら、大きなお声を上げて、きゃっきゃ、きゃっきゃとお笑いになられました。

「あはは、あははは。なんて、なんておかしいのでしょう。『ふとん』が『ふっとん』だ、だなんて!」

道化は昼寝の場所を探して歩いている猫を指差しました。

「お姫さま、あの猫を見ろ!」

猫は日当たりのいい場所を見つけて、ごろんと横になります。

「猫がねころんだ!」

「きゃっははははいやーね、ねこが『ねこ』ろんだ、だなんてきゃぁ、きゃぁ」

お姫さまはころげまわって、おなかを抱えて大笑い。

道化のこころに、ぽたぽたと、甘いなにかが落ちていきます。はちみつのように甘くて、とろりとやさしくて。

道化のこころを、ゆるやかに、甘く満たしていきます。

道化は次から次へと、目についたものをかたっぱしから、だじゃれにしていきました。お姫さまはおなかを抱えて大笑い。

やがて日も沈むころ。

ひさしぶりに頭をたくさん使って、疲れた道化と。

生まれて初めて大笑いなさって、疲れたお姫さまと。

なかよく、並んで座っておりました。

お姫さまは大きな大きな道化を見上げて、にっこりとやわらかに微笑まれました。天女さまのようなかがやかしい笑顔でした。

「あんなにおもしろおかしいことを聞いたのは、生まれて初めてです。あなたさまは、お国のどんな賢者さまより、お医者さまより、頭がよろしくていらっしゃるのですね」

それは、道化が生まれて初めて聞いた、道化をこころから賞賛する言葉でした。

道化の姿かたちではなく、道化の能力を正しく尊敬する、やさしい微笑みでした。

道化のこころに、甘くてやさしいものがいっぱいになり、そして、あふれました。

ぶしゅーっと大きな音がして、道化のからだから、なにかが飛び出していきます。

その勢いで、道化はあちこちに飛ばされ、あちこちに頭やからだをぶつけました。

なにかが飛び出していくにつれ、道化の山のようにふくらんだからだが、小さく小さくしぼんでいきます。その代わり、道化に食べられた国や町や人々が、また元のとおりになっていきました。

最後に、道化を召し抱えた王さまをからだからはじき出すと、その勢いで、道化は大きな木に思いきり頭をぶつけて、気を失ってしまいました。

木の下には、みにくい顔とぶかっこうなからだの、元の小男が転がっておりました。

なにかあたたかいものが顔にしたたり落ちる感触がして、小男は目を覚ましました。

とんでもなく間近に、それはそれはうるわしい、お姫さまの泣き顔がありました。

小男は、お姫さまにひざまくらをしていただいていたのです。

「ああ、よかった。お目を覚まされた。わらわは、あなたさまが死んでしまったかと思って、それはそれは悲しゅうございました」

小男の頭には大きなたんこぶができておりました。からだも、打ち身だらけで痛むのなんの。

顔をしかめた小男に、お姫さまはこころから同情なさって、おろおろと泣かれました。

「痛いのですねおかわいそうに」

小男は痛いのを我慢して、立ち上がりました。ぶかっこうなからだは、あちこちにぶつけたせいで、なおさらぶかっこうになったような気がします。

お姫さまはなみだ顔で、そんな小男を心配げにご覧になっています。

小男はひざまずくと、お姫さまの手を取って、騎士のようにうやうやしくおじぎをしました。

世にもぶかっこうな騎士でした。

けれどお姫さまは、くすりともされません。

「お姫さま。あなたさまにこころからの忠誠をお誓い申し上げます。わたくしは、終生、あなたさまの笑顔のために働きましょう」

深くふかくおじぎした小男の顔に手をそえて、お姫さまはそのみにくい額に口づけなさいました。

「あなたさまのようなすばらしい賢者さまがわらわにつかえてくださるなんて、光栄なこと。どうぞわらわに、この世のたのしいことを、たくさん教えてくださいませね」

小男とお姫さまは手をつなぐと、並んで歩き出しました。

小男は世にもぶかっこうによちよちと、お姫さまは世にもうるわしく、しゃなりしゃなりと。

小男はお姫さまの一の賢者として、一の騎士として、終生お姫さまの笑顔を守るために働きました。その頭とからだに詰まった、はしっこい知恵とやさしいこころで。

お姫さまもまた、終生、小男を頼みになさいました。道化としてではなく、一の賢者さま、一の騎士さまとして。