Lotus Mundi

――かわいいこ。

きれいなきれいな彼が笑って、自分を呼ぶ。

――いとしいこ。

――ほら、見えるでしょう蓮の花が咲いたよ。

ちいさなちいさな自分を、ほっそりした彼の腕がやさしく抱き上げてくれる。

(おはながすきなの?)

世界中のどんな花よりうつくしい彼に、幼い自分は無邪気に訊ねる。

(あなたがすきなものは、ぼくもすき)

言外に、告げることば。

彼は瞳を細め、おっとりと微笑む。

――わたくしは、白い花が好き。

――なかでも、水に浮かぶ蓮の花は、いっとう好き。

――あれは実に清かではかなくて。

そう言う彼こそ、清らかで儚く見える。

ふいに。

彼が消えてしまう錯覚に囚われて、幼い自分は精いっぱいの力で、彼にしがみつく。

やさしい、

うつくしい、

いとしい――

彼を守る、おとなになりたい。

大好きな彼を守れる、強いひとになりたい。

やさしくてうつくしい、いとしい彼の腕の中にすっぽりとくるまれて、幼い自分は夢想する。

しあわせを。

しあわせな夢を。

――いとしいこ。

彼は、微睡むように微笑む。

――ねえ、わたくしのために、花を取って来て。

――水に浮かぶ、あのまぁるい葉の上を渡り…

――まんなかに咲く、いっとううつくしい白い花を。

ちいさな、ちいさな、力ないからだ。

ほそいほそい枯れ枝のような腕で、彼のからだからもぎ離される。

ちいさな、幼い自分――驚いて、彼を見る。

遠ざかっていくからだに、手を伸ばす。

(はのうえを、わたるなど、むり。いくら、ぼくのからだが、ちいさくて、かるくても、そんなことは)

彼は、池の水面を覆い尽くす手近な葉の上に、ちいさなからだを乗せる。

――わたくしのために、取って来ておくれね。

――うつくしい、白い花。

仰ぎ見た彼は、逆光の中に。

それでも、このちいさなからだが、葉の上を渡れると信じて疑わぬ笑顔が――

なにを言うことも出来ぬ間に、

手が放され、

背中を押され、――

悲鳴、を、聞いたかもしれなかった。

彼のものではなく、自分のものでもない、耳障りに甲高い。

冷たい水の中に、ちいさな、幼いからだが沈んでゆく。

口に鼻に、からだの中に、冷たい水。

ちいさな胸が痛み、幼い自分は考える。

(あなたにころされるのは)

(なんどめのことだろう)

(あにうえ――)