「ただいま、つーくん」

「おかえ、ん」

高校から帰って来た婚約者は、まずは自分のベッドを占領している剛に挨拶のキスをして、体温を計る。

剛はただもう、夢中になって感覚を追いかけているのに、昔から妙に淡白な婚約者は、だいぶ熱下がったね、とかなんとか、物凄く冷静なことをつぶやいて剛を落胆させる。

心配してくれていることもわかっているし、自分が半分原因を担ったことで、心を痛めていることもわかっている。だけど、なんかもっと、こう!

御復活の主日

現在、明人のベッドを占領して、六日目である。

どうにか熱も下がって、様子を診に来たかかりつけ医にも、床上げしてよいと言われた。

腕は確かだが倫理観がいい加減な彼は、学校には来週から通えばいんじゃねとも言っていたから、今週、あと三日ほどはお休みの予定だ。

学校のほうではもう、新入生オリエンテーリングも終わって、授業が始まっているそうなのだが。

床上げしてよいと言われても、明人のベッドに陣取ったまま、剛は制服から着替える明人をそれとなく眺める。

当初、このベッドを占領したのは、剛の状態があまりに悪くて移動させられなかったからだ。

だが、四日目あたりからはどうにか症状も落ち着いて、家に帰れるくらいまでには回復していた。

花懸家に多大な迷惑を掛けているのもわかっているし、帰ったほうがいいのもわかっている。

けれど、明人の傍から離れがたくて。

明人が、明人の親が、帰れと言わないのをいいことに、ずっとここで世話になっている。

態度は大きくなっても明人は明人で、それはもう気まめに剛の面倒を看てくれる。

最初、トイレをどうしようかと悩んでいたときに、軽々とお姫様抱っこされたときには、具合が悪いのも忘れるほどときめいた。力強く抱き上げられるのがうれしくて、無闇とトイレに行きたくなったものだ。

そう、再会してからこっち、反抗期としか思えない態度の大きくなった婚約者だが、それでいて剛のことを滅茶苦茶に甘やかしてもくれるのだ。

あと三日ほどお休みならば、このまま明人の傍にいたい。

だが、半ば自分が原因で剛が不調となったことにそれはそれは責任を感じている明人だ。早く、元気になったよ、と報告して、悦ばせてもあげたい。

相反する感情に悩む剛に、着替え終わった明人は床に放り出した紙袋を取った。

「はい、つーくん。これ」

「ほえ?」

取り出したものを差し出され、剛は反射で受け取る。

小さなチューブだ。

きょとんとして眺めるそのパッケージには見覚えがある。愛用のハンドクリームの携帯版だが、なぜこれを明人に渡されるのだろう。

瞳を瞬かせる剛に、明人は首を傾げた。

「思いきり使っちゃったから、新しいの買って渡さないとって思ってたんだ。
それでいいんでしょう?」

「…これだけど、?」

使っちゃった?

高熱を発したときの常で、つい最近の記憶すら遠くに霞んでしまっている剛は、しばらく心当たりを思い出せずに首を捻った。

まだ新しかったあのチューブを、いったいなにで使い切ったと?

ややして、はたと思い至った。

そのとたん、ぞわわわ、と、腰から背中にかけて、微妙な感覚が走り抜けていく。

「あ、あ、っ」

真っ赤になって、ハンドクリームのチューブを取り落とした。

剛には思いもつかない用途に使われた、ちっとも手とは関係ないところに塗りこめられた、ハンドクリーム。

そのぬめる感触と、ぬめりとともに押し入ってきたものと。

鮮明に思い出し、下腹がずきずきと疼く。

「…思い出した?」

にぶいなあ、とでも言いたそうな呆れた口調でつぶやき、明人はベッドの端に腰掛けた。

取り落されたハンドクリームを取り、再度差し出す。

「メーカ、合ってるんでしょう?」

「…ゃだ。もうこれ使えない…。使うたびに思い出す…っ」

「我が儘言わないの。僕のおこづかいで買ったんだからね」

冷たく言って、明人は真っ赤になって俯く剛に顔を寄せた。膝に乗せていた紙袋を取り、その中身を取り出す。

「今度からはこっち使うからね。もうそれ、使わないと思うけど…」

「…はえ」

目の前に差し出されたパッケージを見て、剛は絶句した。

剛の頭がいかれていなければ、それはラブローションだ。

使うところといえば、それはもう、どこかなんて決まっている。どうやって使うかも、決まっている。

「…」

きらきら輝く瞳で見つめた剛を見ずに、明人はローションの説明書きを読んでいる。

「これね、舐めても平気なんだって。味はついてないらしいんだけど…」

「あきと」

「…」

あからさまに強請る声になった剛を、明人はちらりと横目で見た。それから、ローションを紙袋に戻してしまう。

そして冷たい声できっぱり言った。

「まあ、しばらくは使わないけどね」

「…」

そう言うとは思ったのだ。

思ってはいたが、それでもしゅんとした剛の頭を、明人のあたたかい手が撫でる。降ってくる声は、蕩けるように甘い。

「まずは良くなんなきゃしょうがないでしょそれに快気祝いは舐めることって決めたし。
楽しみにしてるんだからねつーくんに舐めてもらうの、すっごい気持ちいいんだから」

「…っ」

自分でも自分が現金だという自覚はある。

だが、あまりにも長いことそればかり考えて過ごしてしまって、頭の中がどうにもおかしいのだ。

「じゃあ、今、頂戴」

欲望に素直に強請った剛の髪を、明人はこれでもかというほど冷たい顔で掴んだ。

「…良くなったら、って、言ってるでしょう。つーくん、快気祝いの意味知らないの?」

「良くなったもん!」

容赦なく髪の毛を引っ張られて、剛は悲鳴を上げる。

病人に(回復したが)なんという仕打ちだ。

ぐいぐい髪の毛を引っ張られたまま、剛は懸命に明人に取り縋る。

「先生、もうお布団から出てもいいって言った熱だって今日は上がってこないし、良くなったもん!」

だから、頂戴。

懲りることなく強請った剛の髪から、明人は唐突に手を離した。そのまま、喜ぶ様子もなく、ぶすっとした顔になってそっぽを向く。

意外な反応に、剛は戸惑って瞳を瞬かせた。

おねだりには困っても、治ったことは喜ぶと思っていたのに。

「…あきと?」

恐る恐る声をかけた剛に、明人は鼻を鳴らした。

「じゃあ、もう、帰るんだ」

「え」

「帰っちゃうんだ…そうでしょ」

滅多に聞くことがない拗ねた声。

剛はきょとんとして、瞳を瞬かせながら明人を見つめた。

「わかってたけどね。帰らなきゃしょうがないんだし。そろそろかなとは思ってたよ。思ってたけどね…」

「…」

ぶつぶつ罵る明人の言いたいことはいまいち不明だが、もしかして。

もしかして、剛と同じように、離れがたいと思っていてくれたのだろうか。

自分のベッドを占領されて、部屋に居座られて、世話に明け暮れなければいけないというのに。

剛の顔が笑み崩れる。

反抗期の婚約者でもいい。

そこに愛があるとわかっているから、冷たい言葉も態度も全然平気だ。

「あきと」

「…」

愛しさを込めて名前を囁くと、黙りこんだ。手を握ると、眉をひそめて、大きなため息をつく。

「いいよ。僕たちはまだ未成年だからね。家が離ればなれだって仕方ない。通える範囲にあるんだから、せいぜい通うさ」

「うん」

「でも、快気祝いは今日はなしね」

「…えええ?!」

さらりと言われて、剛は不満の叫びを上げた。

前言撤回だ。

冷たい言葉も態度もちっとも平気じゃない。

お預けとか、ひど過ぎる。

ぎゅ、と手を握りしめると、明人はしかめっ面で見返してきた。

「医者がいいと言いました、はいそれではって、即ヤるわけないでしょう。
まずはおうちに帰って、落ち着いて、それから改めてお祝いするものでしょう、快気祝いって」

「やだやだやだっ」

「なんの駄々っ子だよダメだよ!」

「やだやだやだぁっ。あきとぉっ」

二歳年下の婚約者に甘えることに抵抗がない剛は、小さい子のように愚図った。強請っている内容は少しも小さい子ではないのだが。

しばらく攻防をくり返し、結局、反抗期だろうとグレ期であろうと、剛には甘い明人が折れた。

「…我慢するこっちの身にもなってよ…」

嘆息された、最後の言葉の意味はわからない。我慢するって、これから口の中に出してもらうのに。

俄然元気になって、剛は布団から出た。

「ちょっと待って、一度風呂行って…」

「やだ」

洗ってくる、と身を引く明人に伸し掛かり、剛は素早く下半身に手を伸ばした。

未だおとなしいそれを取り出し、抵抗の間もなく咥える。

「…ああもう…」

小さく慨嘆し、諦めた明人はベッドに深く座った。

汗を掻く時期ではないが、一日動き回った体は、それなりにそれなりの臭いがする。なんだかちょっとしょっぱさもあって、妙にそれが興奮をそそるのだ。

明人が諦めたのを確認して、剛は口を離した。

実際、剛の口は小さくて、まだ膨らむ前の明人でも咥えっぱなしはきついのだ。

なにより、経験がないので、どう呼吸を継げばいいかがよくわからない。

ついでに、体力の限界で、自分で自分のものを弄ることもあまりなかったため、男がどこをどうすると悦ぶのかもいまいち判然としないのだ。

一応その手の本は読み漁ったものの、こうして目の前にしてしまうと興奮してしまって、実践は難しい。

「ん…」

まずは、たっぷりと塗しつけるように、唾液を乗せた舌で上から下へ、下から上へと舐め回す。

襞を伸ばすように舌を潜りこませ、添えた手でもゆるく扱く。痛みを与えない程度に時折歯を立て、時にはがんばって咽喉に呑みこんでもみる。

「…つーくん…」

「んぅ」

上擦った声で名前を呼ばれて、首の後ろを撫でられた。ぞわぞわした感覚が、背筋から腰、下腹へと回ってくる。

切ない声と、口の中で成長していく欲望は、明人がきちんと気持ちよくなってくれていることを教えてくれて、さらに下腹に熱が篭もっていく。

足をもぞつかせながら、剛はより一層、熱を込めて明人を舐めた。

「んふ…んむぅ」

唾液と皮膚のわずかな塩味の中に、独特の味が混ざり出した。

癖のある味で、純粋においしいとはカテゴリできない。だが、好き嫌いの激しい剛は、この味を好きに分類した。

明人が感じているからこその味だからだ。

「つーくん…」

明人の声が忙しい呼吸に紛れる。さらりと髪を撫でられた。わずかに掴まれて、顔を上げさせられる。

「…のむ、の?」

「ん」

どこか困ったように訊かれたが、剛はきっぱり頷いた。

そんなところできっぱりされても、と明人がため息を吐く。

「…むりしちゃだめだよ」

「んーん」

なんで無理なのだろう。

明人が自分の口の中で出してくれて、それを全部呑むことが、ずっとずっと夢だった。

だいたい呑まないなら、どう処理をつけるのだ。ティッシュに丸めて捨てるのか?

なんと勿体ない。せっかくの明人なのに。

とはいえ、さすがは病み上がりだ。

これだけのご奉仕で、もう、息が切れて苦しくなってきた。

この間はとりあえず、咽喉奥まで押しこんでもなんとか呼吸が続いたが、今回はそれをやると酸欠で倒れるかもしれない。

わずかに悩み、剛は明人の先端を重点的に攻めることにした。

棹の部分は手で扱き、くちびるは先端を音を立てて啜り上げる。舌を差しこみ、誘うように蠢かした。

「ちょ、も…つーくん…っ」

「んぅっ」

びくびく、と一際大きく揺れて、明人が弾けた。

きちんと咥えていなかったせいで、うまく口の中に受け止められない。顔中に散った液体に、剛は顔をしかめた。

修行が足らないと反省する。修行を積む場もなかったわけだが。

「んん…ん…」

びゅくびゅくと間欠的に出るそれを口の中に収めると、数度に分けて呑みこんだ。咽喉に引っかかって、一度に呑みこむのは結構大変なのだ。

それから、顔についた分をなすり取り、丁寧に舐める。

「あー…もう…」

顔を覆った明人が、ため息を吐いた。

どこか呆れたような感じだ。

それなりに、がっついている自覚はある。これに関しては、仕方ないと開き直っているので、どんな態度を取られようが大丈夫だ。

名残惜しく舐めていると、体をひっくり返されて、明人に後ろから抱えこまれた。

きょとんとする間に、明人の手が剛の下半身を撫でた。

「…確かに、良くなってるよね。こう反応できるんだから」

「…うん」

ちょっと恥ずかしくて体をもぞつかせたが、明人にがっちり抱えこまれていて、うまく隠せない。

あんなに小さかった明人が、ずいぶん大きくなったと思う。きっといい男になると思っていたけれど、実際目にすると、ときめきが止まらなくて困る。

「…すごいにおい」

「あ」

首筋に顔を埋めて囁かれ、剛は我に返る。

そういえば、剛は結局今日まで六日間、風呂に入っていない。タオルで拭きこそしていたものの、垢が落とし切れるわけではない。

そのうえ、今は明人の精液まで被った。

慌てて離れようとした剛を、明人はさらにがっちりと抱えこんだ。痛いほどに抱きすくめられる。

「逃げないでよ。堪んない。つーくんのにおい、すっごくいい」

「…ぁう…っ」

そんなことを耳元で、切なく囁かないでほしい。

快気祝いは舐めるだけなのに、それ以上を強請りたくなってしまう。

もぞつかせる足の間に、明人が手を差し入れた。

パジャマの袷を割って、熱くなり出している剛を取り出し、剛より余程巧みに弄り出す。

剛のくちびるから、かん高い悲鳴がこぼれた。

「ぁ、あ、ふぁう、あき、と…っ」

「しー」

息を吹きかけ、空いている手が剛の顔を明人へと向けさせる。くちびるが降ってきて、未だ精液臭い口の中をまさぐった。

「…んん、んぁ…っはっ」

頭が眩む。

そうでなくても息が切れていたところに、下半身への刺激。それにプラスして、濃厚なキス。

力の抜けかけた剛に気がついて、明人がくちびるを放した。

「まだダメか。
じゃあ、こっちだけ、ね?」

やさしく囁きながら、剛の欲望を弄る。大きな手は巧みに剛の弱いところを突き、翻弄する。

「ゃ、はぁ、イく、い、ちゃうっ」

「うん、イって」

堪え性のない剛は長く耐えることもできず、小さく悲鳴を上げると達した。

下半身から熱が吹き出していく。一時的に酸欠に陥り、剛は一瞬、意識を飛ばした。

せいせいと肩で息をしながら、次に剛が意識を取り戻したとき、明人がひどく生真面目な顔で濡れた手を眺めていた。

そのまま、そっと口元へ持っていき、ぺろりと舐める。ちゅぷ、と音を立てて、垂れるそれを啜る。

「…ゃあ…っ」

視覚の暴力に、剛は泣き声を上げた。重怠い腕を懸命に繰って、明人の腕を掴む。

「ゃだ…あきとぉ…っ」

「自分は呑んでおいて…」

「ゃあ…」

腐そうとした明人は、剛の「やだ」の意味を正確に読み取り、黙った。

我慢が利かなくなる。今だって物凄く我慢しているのに。

ややして、明人はため息をついて腕を下ろした。

「今日はここまで。ここまで、だからね」

「んぅ…」

イったばかりの下半身が、まだ切なく疼く。触ってもらっていない奥が、物足りなさを訴える。

それでも、さすがに剛にも、今日はこれが限界だとわかっていた。できないことはないが、また同じことのくり返しだ。

あまりくり返すと、明人は快気祝いすら呉れなくなってしまうかもしれない。

聞き分けよく我慢した剛に、明人は微笑んでくちびるを落とした。

「これから、いくらでも時間はあるんだからね、つーくん」