VARCORACI
いとなるDOGROSEの牢檻
これまでの人生で、そんなものに積極的に参加しようなどとしたことはなかった仁だ。それは生育環境のこともあるし、仁自身の性質としてということもある。
とにかく縁遠いものだったが、ふと思い立ち、仁はスーパーに立ち寄った。
そう、今の仁にとって、ふと思い立つのみならず、行動にまで移す程度には身近な話になっていたということでもある。
それで結果だ。
「ぬっぐぅううううううううっ………っ!!」
ダーは自らの職場である医院の玄関口から内へ入れず、歯噛みすることとなった。
つまり、如月二月だ。節分だ。豆まきである。
仁はスーパーに立ち寄って福豆を購入し、まいた。職場である医院で。
そして自らがまいた種、もとい、豆であるにも関わらず、まるで他人事のように驚いた。
補記するなら、豆をまいた犯人は誰かということについてしらばっくれるため、わざとらしく驚いてみせたのではない。それによって起こったこの結果に、純粋に意表を突かれたのだ。
「あ?なんでだよ、種じゃねえだろ、種じゃ。豆だろ、豆。種と豆は、違うもんじゃねえのか」
「くぅうううっ!こんな程度の知識量の人間にしてやられたなど、いい笑いものある!吾はVarcoraciとして恥ずかしいあるよっ!」
ダーは地団駄を踏んで悔しがるが、仁が玄関先にまいた豆を越えることができない。
それがなんであるか、未だに仁は理解できていないのだが、ダーは人間ではない。
ではなにかというと、だから理解できていないのだが、とりあえず吸血鬼のようなものらしい。もちろん本人にそういうと、非常な勢いで反論される。違う、吸血鬼ではない、誇り高きV――…
異国の発音ということもあってか、何度も名乗られた氏族名だが、仁はきちんと聞き取れたためしがない。ので、さらに理解は遠のく。
それはともかくだ。
とにかくダーは、人間ではない。
微妙に万能感すら醸す力を誇る化け物なのだが、彼には妙な弱点があった。
『種』を撒かれると、そこから先へは進めなくなるのだ。
正体とともに理解不能なダーの弱点だが、弱点だ。微妙に万能感すら醸す力を誇る化け物の、弱点なのだ。
思う存分、容赦なく突かず、どうしろと。
――というわけで、そういえば豆ってのは種っぽいなという程度の発想により、仁は節分フェアでワゴン売りされていた福豆をワゴンごと購入した。
そしてとりあえず一袋を、医院の玄関先にまいたのである。
その結果がこれだ。覿面だ。
「それともなんだ、アレか?種じゃなくても豆でもってか、『オニは外』ってことか?吸血『鬼』って言うぐれえだし、祓えんのかもしかして?えっ、コレってそんなに効く風習だったのかよ?!」
動けないダーを見つめたまま、仁は驚愕に驚愕を重ねていく。
傍らの受付にいるクズが、紫色の瘴気の煙が見えそうなため息を吐きだした。
「豆って種っぽいなっていうかそのものだよっていうのをどう説明したところでこの脳みそ筋肉には理解できないだろうしさせたところでまったくいっさいのメリットが見えないので説明しないけど、ありとあらゆる意味でオニだったとかわかりきった結論過ぎて引く。とりあえず福豆食べて引いた気を戻すから、年齢分寄越せ」
「いくつなんだよ」
「………………………………………」
――仁はこれまでの人生で経験がないというほど、軽い気持ちで返した問いを後悔した。
常に無為かつ無闇と長文をしゃべり続けるクズが、黙ったのだ。黙ってじぃっと、じじぃいっと、じじじじぃいいっと、仁を見つめる。
見つめるだけだ。言葉はなく、当然、手も出てこないが――
「吾は吸血鬼でもオニでもないある!Varcoraciあるよ!!おまえたち、いつになったら覚えるあるか!!」
ほとんど絶叫というレベルで叫んだダーに、仁はクズへ殴りかかろうと構えた拳を下ろした。
やかましさに眉をひそめながら、ワゴンを漁る。
新たな福豆を取り出すと、袋の端をぴっと切った。ダーの顔よりも大きいのではないかというほどの大きさの、自らの手に中身を出す。
出した中身を自らの口に放りこむと、がりばりぼりと噛み砕いた。
やがてごくりと呑みこむと同時に、頷く。
「まあ、食えねえこた、ねえな」
気の乗らない口調でつぶやくと、仁は未だ中身の入った福豆の袋を掲げ、揺らした。
「で?なにがなんでも、どうでもいいけどよ………おまえらいったい、いくつなんだ?ここにあるんで、足りる年なんだろうな……」