「この乗り物は、穏やかなのだな」

座席に着いたがくぽの姿勢は、わずかに崩れている。今日一日の疲れが、さすがに重くのしかかっているのだろう。

ラウンドラウンドゴウ-03-

結局のところ、絶叫系制覇となった一日だった。制覇といっても、それほど広い遊園地でもなく、平日で並ぶこともない。同じ乗り物に、二度乗ったこともある。

ひたすら、「絶叫系」に。

途中で一回音を上げたがくぽが、穏やかな乗り物はないのか、と訊ねて――カイトが連れて行ったのは、メリーゴーランドだった。

遊園地で、穏やか。代表格だ。

しかしがくぽは、別の意味で引きつった。

白馬に馬車。

優雅に上下しつつ、音楽とともに、ゆったり回転するだけの乗り物。

「…………………………………………………………………………絶叫系で良い」

「うんまあ、俺もね。ミクとかリンちゃんがいるんなら、乗るんだけどね………」

いい年をした成年男子ふたりだけでは、この乗り物はハードルが高過ぎた。

いくらカイトがお子様傾向で、理性が飛んでいてもだ。正気に返すだけの力が、メリーゴーランドにはある。

そうして結局、絶叫系に費やされた一日となった。

ランチを摂ったあとには、がくぽも大分、感覚に慣れた。とりあえず、グロッキーとなって看護されることだけはなかった。

好きかと訊かれると、今はまだ、微妙だ――なにゆえああも、感覚を引っ掻き回す必要があるのか、さっぱり理解が及ばない。

けれど、嫌いではない。嫌いではないから、そのうち、ああいうものが好きだと思えるようにもなる。かもしれない。

なにより傍らに、全力で楽しむカイトがいて、その笑顔を始終見ているのだ。

疲れはしても、満ち足りた。

そして、そろそろ家族と取り決めていた集合時間だ、となって、カイトが締めに選んだのが、観覧車だった。

もちろん観覧車は、穏やかな乗り物だ。

さらに言うと、メリーゴーランドほど、敷居も高くなく思えた。少なくとも、がくぽにとっては。

球のような妙な形のゴンドラに乗って、ゆったりと回るだけの乗り物だ。しかも、珍しくも外界と途絶される。

高みからの景色をのんびりと楽しむものだ、とカイトは説明した。

向かいに座ったカイトは、うれしげに外を見ている。

がくぽもカイトの視線を追って外を眺め、瞳を細めた。

沈みつつある、暮色の空。彼方に見える、街の灯り。今日一日を掛けて遊び倒した、遊園地の全景――

走り回って叫び回って、笑い崩れて。

ばたばたと過ごした一日が、穏やかに、緩やかに閉められていく。

「がくぽ、あのね」

「ああ」

外を眺めたまま、がくぽは応える。

「たのしかった?」

「…」

訊かれて、がくぽはカイトへと顔を向けた。カイトは微笑んで、がくぽを見つめている。やさしい笑顔だ。

しばらく見惚れてから、頷いた。

「ああ」

「良かった」

「っと?」

笑ったカイトが、がくぽの隣に席を変える。ぴったりと寄り添われて、がくぽは戸惑う顔を窓の外へと向けた。

カイトの笑顔は、今日いちばんの穏やかさで、艶やかさだ。

そう、艶っぽい。

困る。

外では自重しなければ、と慎重に振る舞っているのが通例のがくぽなのに、今日は何度、抱き寄せて、くちびるにキスしそうになったことか。

デートだ、とはしゃぐカイトは愛らしく――家族には見せない、がくぽにだけ向ける、甘やかな笑みを浮かべて、うっとりと見上げてくる瞳は、どこまでも理性を試してくれた。

絶叫にも疲れたが、そのカイトに手を出さないようにすることにも、精神力を削られたがくぽだ。

自分の常識人ぶりなど、たかが知れていたのだな、と痛感した。

まずいことに、ここは密室だ――ガラス張りで、外から丸見えだが。

だが、高度が増すにつれて、暮色が濃くなるにつれて、中を窺うことは難しくなる。ふと視線を投げても、ほかのゴンドラの中は見えない。

余計、まずい。

理性が飛ぶ。

「あのね、がくぽ………今日、デートでしょ?」

「………ああ」

カイトが、甘い声でさえずる。耳を塞がないと理性が切れるが、生憎この声に耳を塞ぐ機能がない。

そっぽを向いたまま頷くがくぽに、カイトは身を乗り出した。がくぽの膝に、そっと手をつく。

「ゆーえんちで、デートっていったら、お約束があるんだけど………」

「お約束?」

思わず振り向いたがくぽは、そのまま動けなくなった。暮色に沈んでも、カイトの微笑みは見える。恥じらうような、うれしそうな。

その顔がそっと近づいて、がくぽのくちびるに触れた。

「………」

外では控えろと言い渡して、カイトも普段はきちんと守っている。そもそもがスキンシップの激しい性質だから、控えろとは言っても、たかが知れているのだが。

けれど、キスは――くちびるへのキスは、決してしない、のに。

凝然と見つめるがくぽに、カイトは俯いた。

「あのね………ゆーえんちで、デートしたら……………最後は、観覧車で、キスするの………ちょーおやくそく……………」

最後は消えるように、つぶやく。

がくぽは呆然と知識を漁り、該当を見つけた。確かに古典的な――ひどく古典的なお約束だ。

だがなぜカイトが、穏やかな乗り物を求めたときに観覧車を選ばず、最後の最後にようやく持って来たのかは、わかる。

がくぽの膝に手を置いたまま、カイトは俯いている。その耳が、暮色にもわかるほどに赤い。くちびるに触れるだけのキスで、こうまで赤くなるカイトではない。

さすがに、自分の行動がベタ過ぎて恥ずかしいのだろう。

がくぽはカイトを見つめ、手を伸ばした。寄り添う体をさらに抱き寄せ、俯く顔を持ち上げる。

「がく………っ」

開いたくちびるに、舌を差しこんだ。びくりと震える体をきつく抱きしめて、今日、散々に我慢したそこへ、思う存分食らいつく。

「ぁ………っふぁあ………っ」

震える手が伸び、がくぽの胸元を掴む。ぎゅ、と縋られ、がくぽはますます深く激しく、カイトのくちびるを貪った。

「が………くぽ………っ」

キスの合間に途切れ途切れにつぶやかれる自分の名前は、外界から途絶されたゴンドラの中では、よく聞こえた。その甘さをまったく損なうことなく。

ゴンドラが頂点に達し、もっとも景色が良くなっても、がくぽはカイトを離さなかった。

ようやく離したころには、高さは半ばも過ぎて、あとわずかで下に着こうというところだった。

カイトはこてん、とがくぽに凭れ、瞳を閉じる。

「……………あのね、がくぽ………キスするって、ここまでじゃない………」

「……そうだな」

理性が飛んだことを反省しているがくぽに、カイトはさらにすりついた。

「どーすんの…………俺カンペキ、腰ぬけた……………」