誇れノ花

昼間の熱さが残る屋根瓦に、カイトはへちゃんと腰を下ろした。笑顔で、傍らに立つがくぽを見上げる。

「ね、がくぽ!」

「………ああ」

がくぽのほうは、わずかに気忙しげに背後を振り返る。けれど素直に、カイトの傍らに腰を下ろした。

そうやっておいてもまだ、がくぽは気が散った風情で、ちらちらと辺りを見回す。気にすることなく、カイトはがくぽの手を握った。

「……」

「ぇへ」

そこでようやくこちらを見たがくぽに、カイトは暗闇にも鮮やかな笑顔を閃かせる。

「楽しみだね、花火!」

花火のように輝く笑顔に寸暇見惚れてから、がくぽは笑った。

「そうだな」

頷いてから、結局、堪えきれずに振り返り、叫んだ。

「マスター、メイコ殿!!屋根の上だ!!いい加減に酒はほどほどにしておけ、このとんちきども!!」

幸運にも、花火大会の日と、オフの日が重なった。マスターが画策したわけではなく、完全に偶然だ。

雨で順延された花火大会の再開催日が、ちょうどオフの日だったのだ。

家族が歓んだのは言うまでもなく、全員が口々に、自分の普段の行いのよさを言い立てた。

それぞれの言い分にそれぞれ、言い返したいことはあれど、がくぽだとて花火は楽しみだ。

しかしこの家において、伝統的に花火鑑賞とは、屋根に上って行われるものだった。

立地のせいで、部屋からでも十分に花火を観ることが出来る。

部屋の中がいやだというなら、広めに取られたベランダがある。これは画策されたのかどうなのか、ちょうどよく、花火大会の会場に向いた方角に。

だがだれひとりとして、屋根に上ることに異論を唱えなかった。むしろ、なぜ上らないのか、とさえ。

そうやって、ちょっとしたおつまみを詰めた重箱を持って、家族全員で上がった屋根――に、メイコとマスターは当然のごとく、酒を持って行った。

そこのところでがくぽと熾烈な攻防戦はあったものの、結局押し切って、二人は酒にありついた。

押し切られたがくぽのほうといえば、未だに思い切れていない。屋根で酒酔いなど、どこのとんちきかと思う。

いつ転げ落ちるかと気になるから、どうも他の家族のように、純粋に花火を楽しみに出来ない。

そのがくぽを気遣って、カイトは家族から少し離れたところに連れ出した。

へちゃんと並んで座れば、普段なら、がくぽはカイトだけに集中する。

とはいえ、屋根の上。

この至近距離に家族が揃っているとなると、そうそう忘我の境地ともいかない。

どうにも集中が切れるがくぽだが、カイトはめげもせず、腕に腕を絡め、凭れかかった。

「…………カイト」

「暗いからへーき」

「そうは言うが」

「それにみんな、花火観るからへーき」

「………」

外ではべたつくことを、厳しく規制するがくぽだ。カイトとてその理由は納得しているし、異論もない。

けれど、基本的には触れ合うことが好きだし、べったりしているのが好きだ。

こちらはこちらで渋面のがくぽを、カイトは甘える色で見上げた。

「…………ね、花火、始まるよ……?」

「………」

暗闇ですら、その瞳が湖面のように揺らいでいることが見て取れる。

がくぽはしばし見惚れ、ややして響いた轟音にはっとして顔を上げた。

「たーまやー♪」

「みーけやー♪」

「ぶーちやー♪」

はしゃいで上げた弟妹の囃し言葉は、なにかが違う。なにゆえ古今のねこの呼び名になっているのか。

そもそもの始まりである「たまや」は、ねこへの呼びかけではない。屋号だ。

呆れつつも、がくぽは上がる花火に瞳を細めた。

空気は暑いが、屋根の上は風が吹き抜けて気持ちがいい。なにより天井も庇もないから、ひどく開放感がある。

なるほど、屋根か。

家族が病み付きになる理由もわかる、と思いながら、がくぽは傍らのカイトを見た。きっとお子様傾向のカイトは、屋根の上ががくぽ以上に楽しいだろう。

腕を絡めて軽く凭れかかって来ているカイトは、やはり楽しそうに花火を見つめている。上がる花火の種類によって、その表情はころころと変わった。

「……」

がくぽはその顔に見惚れて、目が離せなくなった。

外だ。

それはわかっている。

普段なら、こんなふうに無防備に見惚れたりしない。自分たちが芸能活動をしていることを自覚しているし、いろいろな体面を保たなければいけないことを理解しているからだ。

けれど、いみじくもカイトが言っていたように、今は暗く、そしてだれもが花火に夢中になっている。

こうして見惚れているがくぽに、だれが注目するというのだろう。

そう思えば、がくぽはカイトから目を離すことが出来ない。

いつまで見ていても、決して見飽きることがないのだ。暗闇にすらきらきらと、楽しげに閃く表情のすべてが。

「ね、がくぽ、今の……」

ふとカイトががくぽへと顔を向け、瞳を見張る。しぱしぱと瞳を瞬かせてから、首を傾げた。

「………がくぽ。花火、観てる……………?」

「観た」

「……」

端的に吐き出された言葉に、カイトはがくぽを見つめたまま、わずかに瞳を細めた。指が伸びて来て、がくぽの着物を軽く掴む。

がくぽはカイトを見つめたままで、カイトもがくぽを見つめたまま、互いに目が離せない。

ややして、ふ、とカイトが瞳を伏せた。

俯いていく顔に、がくぽは手を伸ばす。頤を掴んで持ち上げて、くちびるを寄せた。

「がくぽ……」

甘く吐き出すくちびるに、くちびるを重ねる。軽く重ねて離れ、再び沈みこんだ。

「ん………んん………っ」

触れると口を開くように、きちんと躾けた。カイトは素直に口を開いて、がくぽを迎える。

カイトの応じ方は未だに覚束ないが、それでも最初のころのように、逃げるだけではない。

絡めあう舌が、小さく水音を立てる。普段なら耳を犯されるような気がする音だが、今は花火の轟音が掻き消し、弟妹が上げ続けるおかしな囃し言葉にも紛れて、ほとんど聞こえない。

「ぁ、ふぁ………っんく………っ」

カイトの指がますます力を込めて、がくぽに縋りつく。

がくぽは腕を回し、カイトを完全に抱きこんだ。腰を引き寄せ、伸し掛かる。

「ん………っん………っふぁっ」

屋根に組み敷いた体からわずかにくちびるを離し、がくぽは濡れるそこを舐めた。転がされたカイトはすっかりと蕩けて、ぼんやりとがくぽを見上げている。

がくぽの手が自然と、コートに掛かった。

瞬間。

「っっ!!」

「ひゃっ?!」

べちべち、と二人の頬に、冷たいビール缶が押しつけられる。

はっと我に返ったがくぽが見上げると、にんまり笑ったマスターが立っていた。

「アルコールも入れずに酔っ払えるとは、見上げたものです。もしやその根性を見習うべきですか?」

「ま、すたー…………」

「ぁ……っ」

咄嗟に言葉にならないがくぽとカイトに、マスターはビール缶のプルトップを開けた。軽く振って、笑う。

「ほどほどにしておいてください。屋根ですからね。腰が抜けても、抱えて下りられませんよ。ちなみに私は、あと一本入れると、屋根の上で夜明かし決定の状態です☆」

「マスター………っ」

マスターの自己申告に、がくぽはきりきりと眉をひそめた。

いつの間にそこまで飲んだのかと思う。ほどほどにしておけと言って、屋根の上に持ってくる量も制限したはずなのに。

酒に関しては魔法使いになるメイコといっしょに、監視もなく置いておいたのが間違いだった。

睨み上げるがくぽに反省皆無で笑い、マスターは組み敷かれたカイトを指差す。

「おそらくカイトさんも、このままだとお付き合いいただけるような気がするんですが」

「っ」

がくぽははっとして、カイトを見た。カイトはさっと顔を逸らす。

逸らしてから、おずおずと横目にがくぽを見上げた。

「…………ちょ、ちょっと休んだら、だいじょうぶ……………」

「だそうです、がくぽさん。れっつ忍耐☆」

「……」

笑って言い、マスターは離れていく。夜明かし決定です、と言うわりに、その足取りに不安なところはない。

がくぽはしばらくその背を睨み、それから組み敷いたカイトを見下ろした。

――つい、組み敷いてしまった。屋根だ。外だ。屋根だ………………。

「すまん」

気まずく謝ったがくぽに、カイトは笑う。

「いーよ。俺が弱いだけだし」

「そういうことではない………」

反省しながら、がくぽは体を起こした。転がった状態のカイトを引き起こすと、ふらついて不安定な体を膝の間に座らせる。

カイトは困ったように足をもぞつかせたが、抵抗はしなかった。基本的にカイトは、がくぽに対して抵抗を知らない。

「………さすがに俺も、屋根からお主を抱えて下りるのは無理だ」

「うん。がんばる」

こく、と頷くカイトのつむじを見下ろし、がくぽは顔をしかめた。肩に顔を埋め、カイトを抱きしめる。

「……………やはり、部屋で鑑賞していれば良かった」

「がくぽ………」

「俺もがんばるが、とりあえずお主は、かわいくしないことを第一に考えろ」

「うわ、なにその無茶ぶり……?!」

小さく悲鳴を上げるカイトを抱きしめ、がくぽは瞳を閉じる。

甘く香り立つ、カイトのにおい。

屋根に上がる前にシャワーを浴びて、それから香水はつけていないから、これはカイトの体臭だ。

「かわいくなーい、俺はかわいくなーい」

「………」

ぶつぶつつぶやくカイトの声を聞いて、がくぽはさらに項垂れた。

手を伸ばすと頤を掴み、振り返らせる。

「がくぽ?」

「かわいい。お主はかわいい。どこまでも果てなくかわいい」

「………」

きょとんと瞳を見張るカイトに、がくぽは諦めた。

「屋根で夜明かししよう」

「ええ、ちょ、どういう…………っぅくっ!」

慌てるカイトのくちびるを、がくぽは自分のくちびるで塞いだ。