「むーーーっ………むーーーーっ……」

ぴかり、閃く、稲光。

続く、家をも揺らす雷鳴。

「んんん……っんんんん………っっ」

外は土砂降り。

季節は晩秋だ――濡れたときの冷たさは、殊の外。

「きめたっっ!!リンっ、おにぃちゃん迎えに行ってくる!!」

雷音

「ああ?」

窓の外を見つめて唸っていたかと思えば、突然そんなことを言いだしたリンを、レンは瞳を眇めて見た。

雷雨だ。

豪雨だ。

雷雨、だ。

「バカ言ってんなよ、リン。危ねえだろ」

二段ベッドの下の段に寝そべってマンガを広げていたレンは、そのままの格好で、呆れたように相方を諌める。

諸事情――家族の人数と部屋数の話だけだが――あって、リンとレンは相部屋だ。

広くもない部屋なので、ベッドは二段ベッドを置いている。上段がリンで、下段がレンだ。

しかし上段は、これでもかとばかりにぬいぐるみが置かれ、小物が積まれ、完璧に物置と化している。いくら小柄なリンでも、寝るスペースなどない。

「だって、レン!」

至極まっとうなことを言ったはずのレンだが、相方は瞳を険しくして睨みつけて来た。

「おにぃちゃん、絶対ぜったい濡れてるもん!!」

甘くかん高い声で、主張する。

レンはぼりぼりと頭を掻き、顔をしかめてリンを見た。

「この雨と、しかも雷だぜぜっっったいに、どっかの店ン中で雨宿りしてるって」

レンの言うことのほうが、理があるはずだ。

確かに頓狂なところのある兄だが、この豪雨と雷の下を歩き回るほどには頓狂を極めていなかったはずだ。

しかしリンが折れることはなく、頬を膨らませると、ベッドへとにじり寄って来た。

「あのね、ちょっと考えればわかるでしょ?!おにぃちゃんの仕事場と、メールが来た時間と、電車の時間、それに帰り道のルート。おにぃちゃん、ちょぉど、雨宿りするお店もないとこらへんで降られてるんだよっ!!」

「………」

レンは上目遣いになり、「ちょっと」考えた。

わからない。

――そういった地理的なルート計算は、なぜかリンがもっとも得意とするところだ。レンを含めた家族には、魔法かサイキックにしか思えない。

一応、がくぽも近い機能を持っているらしいが、リンの精度には劣ると言っている。

頭脳を分けているはずのレンだが、彼にはそういった機能は皆無だった。唯一わかるのが、リンの居場所だ。

これなら計算も電波も要らない。

そっちのほうが魔法でサイキックだと言われるが、レンにとっては至極当然で、取沙汰するまでもない機能だった。

「そりゃそうかもしれないけどな………この雷の中、傘差して出掛けたりしたら、落ちてくれって言ってるようなもんだろ」

計算出来なかったのでそこのところを否定することはせず、レンは常識的な指摘をしてやった。ついでに手を伸ばして、リンの体を抱き寄せる。

素直にベッドへと上体を倒したリンは、それでも頬を膨らませたままだった。

「でも、おにぃちゃんが濡れてるのに……っ」

「大体にして、この雨が降り出した時点で、走ってるだろ、にぃちゃんだって。そしたら、そろそろ帰って来るんじゃねえのそれこそ、すれ違いになったらどうすんだよ」

「……」

リンが上目遣いになり、ルート計算をやり直す。

待っている間、レンはリンへと顔を寄せ、覗く鎖骨に擦りついた。

「………でも」

計算して、それでも折れる気配のないリンに、レンはわずかばかり、語気を荒くした。

「でもじゃねえ。いいか、この雷ん中をおまえが迎えに行ったとして、にぃちゃんが歓ぶか?おまえに危ない思いさせて、それでも笑って『うれしい』って言うか?」

「………」

重ねて言われて、リンは黙りこんだ。膨れている気配がする。

レンは構わず、リンの首をくちびるで辿った。

「………正しいことばっかり言うレンなんて、きらい………っ」

「ぁあ?」

ややして吐き出されたのは降参の言葉だが、八つ当たりも含んでいる。

レンは渋面で顔を上げ、ぷくくっと膨れたリンを覗きこんだ。

「なんだと?」

「だってだって、リンはそれでもやっぱり心配なのに、そーやって正しいことしか言わないなんて……っそーやって、へーぜんとしてるなんて………っ」

「………」

膨れて吐き出すリンに、レンもまた軽く膨れた。

瞳を伏せてレンを見ないリンの腰を掴むと、ベッドへと体を乗り上げさせる。自分の下に転がすと、強制的に瞳を合わせた。

「俺だって心配だよ。けど、悪いこと考えて、さらに悪いことにしてどうすんだよ。考えるなら、もっとマシなこと考えろよ」

「だからっ、そーやって正しいこと言われるの………っ」

きっと睨みつけて言い返してくるリンに埋まり、レンは自分と同じサイズの体を抱きしめる。

――同じサイズだと言うと、「ちゃんとおっぱいあるもん!!たぷたぷぱつぱつだもん!!」と、猛烈に抗議してくるが。

どう触っても、そこにたぷたぷぱつぱつな感触があった試しがない。

「………ちょっと、レン………なに、ごまかそーとしてるの…………そーいうごまかし方は、サイアクなんだよ………」

「誤魔化してねえ」

言い合いつつ、二人は地味な攻防を繰り広げる。

傍から見ると、じゃれ合っているようにしか見えない攻防だ。もっと踏み込むと――

「ちょっとの間、心配を忘れさせてやろうってんだろ!!」

「だから、そーいうやり方はサイアクだって言ってるでしょっっ!!どこのおやぢなのよっっ!!」

「だれがおやぢだ、びっちびちのショタっ子に向かって!!」

「見た目はしょたでも、頭ん中はじゅーぶんおやぢじゃないっ!!」

「いーから、これやらせろっ!!」

「……」

攻防に焦れたレンが、読んでいたマンガをリンに突きつける。

しばらく焦点が合わずに沈黙したリンは、中身を読んでさらに沈黙した。

沈黙。

沈黙。

果てなく――

ぴかり、閃く光。

そして。

「やっぱりおやぢじゃないのぉおおおっっっ!!」

家を揺るがすほどの雷鳴を掻き消す怒号が、響き渡った。